第二話 迷える子羊達 8
こんにちは。
第二話の「8」になります。
今回で第二話は終了です。
前回お知らせした通り、執筆状況が一変し追いつかれそうな所まで書き直す事になったので、若干悲鳴をあげています(笑)
でも、今月最終土曜日というキリのいい所になったのが、少し気分良好です。
これからも、よろしくおねがいします!
「着いた」
自宅を目の前にして、一気に後悔が先立ってきた。
家の電気はまだ点いている。
人影までは見えないが、点いているという事は、玄関を開ければどちらかが来るのだろう。
「結構大きな家ですね」
「そうでもねえよ」
少なくとも、マンションと比べると米粒同然だ。
玄関の前で軽く深呼吸して、鍵穴に自分の鍵を差し込む。
それをクルッと半回転させて、鍵の空く音を確認しては玄関の扉を開ける。
「とりあえず、入れよ」
「あ、ありがとうございます」
俺が支えていた扉を横目に、二人が中に入っていく。
しかし、靴は脱がずに、どうすればいいのだろうというオドオドした感じが二人の顔に映し出される。
「とりあえず、それはそこに置いとけ。俺が話つけてくるから」
自分の靴を脱ぎ、二人をその場に残して俺はリビングへ向かった。
「おかえり」
「うぃ」
「もうすぐご飯だからね」
「ああ。でも、その前に少し話がある」
「?」
「言うより見た方が早い」
俺はそう言いながら、あいつらの居る場所へ誘導する。
ババアも怪訝な表情を浮かべながらだったが、そこで待っている女子二人の姿を見ては、深々と頭を下げだした。
それを見た相手二人も、深々と頭を下げる。
それを見たババアが、もっと深々と頭を下げる。
・・・なんだこれ。
「ミャー」
三人のやり取りに終止符を打たせようと、ガキ猫が一声あげた。
それにババアも反応する。
「あら、かわいいじゃない」
「あの、この子捨てられてたんです。それで、引き取り手を捜しながら色んなところに行ってみたんですけど・・・」
「あら、そう?」
暗い表情を見せる二人に対して、ババアの表情は変わらない。
他人の問題に首を突っ込むつもりはない、とでも言いたそうな口ぶりに聞こえたのだが、その考えが次の一言で一蹴された。
「だったら、ウチで飼うわよ?」
「えっ?」
「他にまだ引き取り手がいなかったら、ウチで飼うけど、どうする?」
「本当ですか?!」
女子二人が大いに喜んでいる中、納得出来てない人がここに一人。
いや、どうしても渦巻いていた後悔の念を押し出し、このガキ猫を追い出そうと考えていた。
「ちょっと待て」
「なによ?」
「飼う、つったって、こいつのエサ代とかそんな余裕無いだろ?」
「あら、だったらあなたが働けば良いんじゃないの?」
ドヤ顔で言い返すババアに苛立ちが湧く。
「あの・・・いいんですか?」
「いいわよ。この子も、女の子の頼みは断れないものね」
「人聞きの悪い事言うな」
そうぶつけはしたが、ババアは何食わぬ顔でリビングの方へと姿を隠していった。
「・・・・・・」
多少そんな予感はしていたが、まさか現実になるとは。
「ミャー」
何も考えていないガキ猫が一匹、いつも通りに鳴く。
「あの・・・」
「あん?」
「本当に・・・いいの?」
明美の心配顔を見て、俺は思わず溜息を漏らした。
頭の後ろを思い切り掻き、気持ちを整える。
「ここでダメって言ったら、それこそコイツの居場所が無くなるだろ」
不本意ではある。
しかし、ババアがああ言ったんだ。全ての世話を俺に押し付ける事は流石にしないだろう。
冷えていた廊下が足の裏から全身に伝わる。
「ミャー」
「よかったね、チャッフィー」
「チャ・・・フィー?」
「はい。チャッフィーですよ。一生懸命考えました」
「・・・今か?」
「いえ、この子を見つけた翌日だから・・・」
突然のコイツの名前の暴露に、俺は吹き出しそうになった。
チャッフィーだって。
だっせー名前。
しかし、口には出さないでおこう。
その名前を呼んで、とうのガキ猫は目を細めて鳴いているみたいだから。
ただ、その表情は喜んではいると思う。
そうだ、その程度の知識しかない。
「俺、猫飼った事無いからわかんねえぞ」
「大丈夫ですよ。嫌でも知識がついていきます」
橘は自信満々に言うが、本当にそんなので良いのだろうか。
しかし、多少なんとかなる部分もある。
例えば、遊び道具と爪研ぎが必要なのは、無知の俺でもわかる。
そして、その遊び道具はせいぜい猫じゃらしとか、そんなところだろう。
「わからなかったら、私達に聞いても良いですよ」
「・・・・・・ああ」
そう言われると、半ば信じ難かった『猫を飼う』という事が現実味を帯びてきた。
まだ俺の中では、納得出来ていないところはあるが・・・
「そうそう、丁度今から晩ご飯にするんだけど、一緒にどう?」
リビングからのろりと出てきたババアが、女子二人に問い掛ける。
それに答えるように、女子二人・・・じゃなく、ガキ猫が鳴いた。
「この子もご飯が欲しいのよね。ミルクとかでも大丈夫かしら?」
「はい、是非そうしてください。ただ、人が飲むミルクをそのままあげるのは危ないので、水で薄めた方が良いと思います」
「あら、そう。それじゃ、そうしようかな」
「それじゃ、私達はこれで・・・」
「あら、帰っちゃうの?」
残念そうな顔をするババア。
しかし、橘は早速玄関のノブを握っていた。
「これ以上長居したら、ご迷惑なので・・・」
おじゃましました、と扉が開いた途端に冷たい風が家の中に侵入してきた。
「待て」
「?」
「送ってく」
ガキ猫の事が頭に残ってて、思わず立ち尽くすだけになりそうだった。
こんな夜道、女二人で帰らせられるか。
ただでさえ人の通りも少ないというのに。
「先に飯食っててくれ」
それだけ伝え、ババアの返事を待つより先に玄関の扉を閉めた。
「あの・・・ありがとう・・・」
「気にすんな。俺がしたくてやってんだから」
「・・・うん・・・」
左に明美。右に橘。
両手に花というもんだ。
それだけで、少し気分が高揚する。
「にしても、暑い日が無くなってきたな」
ズボンのポケットに手を突っ込む。
「一つ聞いて良いか?」
「どうぞ」
俺の言葉に、橘が反応する。
「お前ら、仕事するなら何になるんだよ?」
「獣医ですよ。私も明美ちゃんも。一緒に獣医になって、同じ病院で動物達を助けていこうねって話してたんです」
「獣医か・・・」
俺と比べて、でっかい夢だな。
俺には到底到達出来ない、果てしない夢だ。
しかし、そこで一つ、妙案が浮かんだ。
「だったら、週に一回でもいい。アイツを見に来てくれないか」
「いいですよ、私は」
あっさりのオッケー。
明美に視線を向けると、俯いていて表情が読み取れない。
「おい」
「あ・・・うん・・・大丈夫」
「・・・・・・」
本当かよ・・・
明美の反応は相変わらずではあるが、なんとも不安が過る。
しかし、本人が言っているのなら大丈夫なのだろう。
「お前らのマンションの前までは行かないからな。ここまででいいってとこまでだ」
「はーい」
「うん・・・」
それから先は、他愛のない話ばかりだった。
終始、明美は俯いてて、時には何を言っているのか聞き取れない部分もあったが、それでも盛り上がれたと思う。
猫か・・・
懐いてもいないアイツを、果たして懐かせる事が出来るのだろうか。
ミッションの多さに、早くも心が折れそうになっていた。
公開は毎週土曜日の予定です。
予定は予告無く変更することがございます。
予めご了承下さい。