第二話 迷える子羊達 6
こんにちは。
第二話の「6」になります。
たしか、二つ前くらいに「再開する」と言っておきながら、まだ再開していません(苦笑)
けど、年始の多忙時期も収束してきたので、今度こそ再開宣言します。
これからもよろしくおねがいします。
俺は、先程買ったミルクを持って、あの公園に戻ろうとしていた。
日はまだ沈まず、ガキ達もまだ公園で遊んでいるだろうが、俺は構わず向かった。
「・・・・・・」
橘花穂里か。
受け取った紙切れを片手に収めながら、俺は考えた。
アイツ、もしかすると明美と知り合いの可能性があるな。
共通点は、ペット禁止のマンションに住んでいるという事だけだが、
しかし、見た目は俺たちと大差ない程だったし、同じ年と言われても強ち納得はできる。
ま、どちらでもいい話ではあるがな。
「着いた」
ガキどもの騒ぐ公園の中に俺はゆっくりと飛び込んだ。
ガキどもは、変な男が来たと思っているだろうが、俺には関係のない話だった。
だが、ダンボール箱を囲うようにガキどもが座っている。
内心、どけ、と言いたかったが、アイツ等の中の誰かがガキ猫を連れて帰るかもしれない。
そう思うと、無下にできない自分もいた。
仕方なく、近くのベンチに座る。
スケッチブックを隣に置き、俺は袋の中身を確かめた。
ミルクが入った袋が、ガサリと音を立てる。
ガキどもは、まだそこで屯しているが、会話までは聞こえてこない。
聞き耳を立てようと、他の音をシャットアウトしたが、全然だ。
「ミャー」
耳に染み付いた鳴き声が聞こえた。
それにガキどもが反応する。
しかし、そこから先の進展がない。
「・・・・・・」
さっきのガキどもの会話を思いだした。
夜に、不気味な声が聞こえてくる———
あの会話の本人達なのではないだろうか。
立ち上がり、その集団を見てみると、男が三人と、女が一人。
あの時、会話していたのは・・・
男と女が居てたのは覚えているが・・・
「・・・・・・」
変な真似だけはして欲しくない物だが。
「・・・ダメだな、俺」
やはり、心のどこかで、アイツの幸せを願っているようだ。
しかも、前よりも強く傾いている。
それが、明美による物なのか、橘花穂里による物なのかはわからない。
だが、もうこの際どちらでもよかった。
「・・・・・・」
袋の中にあるミルクを掴み、袋から取り出した。
「これだけ置いて帰るか」
袋の音によって、ガキどもの視線がいつの間にかこちらに集中していた。
「・・・・・・」
俺も、それに気づいてからは一歩も動けなくなっていた。
「おい!」
仕方なく、手招きをして、ガキ一人をこちらに連れてこようとする。
しかし、そう簡単ではなかった。
ガキどもの視線は、驚異から動揺に変わっており、俺が手招きしても一向にやってこない。
まるで、毒虫を見るかのような間だ。
「ミャー」
ガキ猫の鳴き声だけが、俺と人間のガキどもとの間に割って入った。
このまま動けないでいても埓があかない。
俺は、仕方なくガキどもの集まりに近づいた。
それを見たガキどもは、蜘蛛の子を散らすように、一斉に、しかし速さはバラバラにダンボール箱から離れる。
そんな事を気にせず、俺はミルクをガキ猫の目の前に置いてやった。
「ミャー」
待ってましたと言わんばかりの飲みっぷりを俺の目の前で披露し始める。
それを眺めながら、俺はそのダンボール箱から一歩二歩と離れた。
ガキどもは、まだ俺の姿をガン見していた。
それを気にせず、俺はベンチに置きっぱなしにしていたスケッチブックを再び手にし、公園をあとにした。
その日の夜、俺は明美に電話していた。
「なんで今日アイツの所へ来なかったんだよ?」
「それは・・・その・・・」
「お前、アイツを助けたいんじゃないのかよ」
「うん、助けたい」
「じゃあ、なんで来なかったんだよ?」
質問攻め。
逆の立場だと、かったるいとは思うが、前の明美の意志の強さに反する今日の行動には納得できなかった。
しかし、それは裏を返せば、俺がアイツのもとへ行ったことを報告している事であって・・・
「どう・・・だったの?」
「・・・・・・」
当然、こんな返しがやって来た。
俺の怒りも、コイツには通用しないのか・・・?
「ガキども、あそこに集まってたぞ」
明美の言動に辟易してしまうと同時に、怒りもゆっくりと収まっていった。
「誰か、拾ってくれたかな・・・」
「・・・・・・」
「だったら、いいな・・・」
「・・・・・・」
遠まわしに、今から見に行きたいと言っているようなものじゃねえか。
大きなため息を吐きながら、俺は電話越しに伝えた。
その言葉に明美も、申し訳ないとつぶやいていたが、声は喜んでいた。
「公園の前で待ち合わせだからな」
「うん!」
そう伝え合って、俺はスマホの画面を押した。
「・・・三度目じゃねえか」
そろそろ不審者と思われても仕方がない。
いや、もう手遅れかもしれない。
「仕方ねえ」
自分の部屋の扉を開けて、階段を降りる。
リビングの電気はついているが、ババアの気配はない。
俺は、気づかれないように靴を履き、音が出ないように玄関の扉を開けては閉めた。
「公園までどれくらいかかるかだよな」
俺が着いた時、アイツの姿があったら、若干申し訳なさを感じてしまいそうだ。
そう思った矢先、俺の足はいつもより早く動いてくれていた。
人の気配は少ないものの、数人とはすれ違う。
少し奇異な目で見られているような気はしても、俺は構わず足だけを動かした。
やがて、目的地が見えてくる。
人影はない。
もう、中に入ってたりしてな———
公園の前に近づいてきた所で足を動かすスピードを緩めた。
その直後に足にドンと負荷がかかる。
公園の街灯。あのチカチカした光が見えたところで、俺は立ち止まった。
「時間決めるの忘れてたな」
何時に集合と決めていれば。
まあ、アイツが来ないというのは無いだろうが、それでも米粒程度の不安がくっついてきた。
「・・・・・・」
公園はもう静まり返っており、ガキの姿も当然ながら見当たらない。
「しまった!」
スケッチブックを持ってくるのを忘れた。
あの駄作、明美にやろうと思っていたのだが、電話の事で頭がいっぱいになってしまっていた。
「ま、いいか」
今日がダメなら明日渡せばいい。
明日もダメなら、明後日に渡せばいいだけだ。
「あれ?」
遠くから声が聞こえた。
聞き覚えのあるような、ないような。そんな声だったが、明美の声じゃなかったのはわかった。
その方に顔を向けると、こちらに向かって一人の女がやって来る。
背は小さく、カバンを肩にかけている、高校生くらいの女だった。
が、近づいてきて、見覚えのある顔だとわかった。
「ずっとここに居てたんですか?」
女っていうのは、髪型一つ変えただけで、案外同一人物だと気づくのに時間がかかるように思う。
髪は下ろしており、暗がりではあったが、誰かはようやくわかった。
「コンビニの仕事は終わったのか?」
「ええ、さっき終わって、今帰ろうとしてたとこです。ついでに、これも」
そう言い終えると、カバンの中から見覚えのあるミルクの袋が出てきた。
「もう飽きちゃってるかもしれないですけど、無いよりはマシですよね」
「・・・・・・まあな」
適当にあしらうと、橘はソレを持って、しかし公園の中には入ろうとはしなかった。
「それで、なんでここに?」
「知り合いと、ここで待ち合わせしてる」
「知り合いと・・・って、なんでまた?」
「その知り合いも、あの猫のこと気にしてるみたいでな」
「へえ、有名猫ですね」
笑顔でそんな事を言う橘は、どこか感慨深げに見えた。
「私も・・・」
「ん?」
「・・・私も、私の友達も、そういった所の学校に通ってるから、気になっちゃうんですよね」
「・・・・・・」
たしか、アイツも・・・
その時だった———
「あの・・・ごめんね・・・」
小走りで近づいてきた明美が、俺の目の前までやって来ては謝りだした。
「かまわん」
それだけを伝えて、公園の中に入ろうとすると・・・
「明美ちゃん!」
「あ、りっちゃんも来てたの?」
「うん、バイト帰り!」
「あ、そうだったんだ」
「うん、だからこれ」
「あー、それが今日のあの子のごはん?」
「そうそう、でもお昼もそうだったの」
「それじゃぁ、喜んでくれるかな?」
「わかんないけど、あげてみようかなって」
「うん!」
「・・・・・・」
公園に先に一歩踏み入れた俺を蔑ろにし、その前で二人で盛り上がっていた。
公園の敷居が、まるで別の世界へ飛ばされるワープゾーンのように、その時だけ感じた。
公開は毎週土曜日の予定です。
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