その8
◇◇◇◇◇◇ その8
諏訪では代々諏訪大社を納める諏訪頼重と高遠頼継の争いの真っ最中であり、晴信が流したうわさはすぐに双方の耳に届くところとなった。
高遠はもともと諏訪の分家であったが、頼継は自分が諏訪大社の大祝になりたいという一心で武田に内通してきた。頼継の内通を知った頼重は上原城を捨て、桑原城へ移った。桑原城は出城に近い小さな城である。
「当家を諏訪大社の大祝と安堵していただかなければ死んでもここは動かない。」
頼重は「天下」ということなどただの一度も考えた事がない。頭の中にあるのは「諏訪大社の大祝」のことのみであった。頼重の返答を聞き、晴信は笑った。
「戦なぞしなくても諏訪は手にはいったわ。」
晴信は頼重の条件を全て承諾し、頼重を古府中へと召し出した。諏訪頼重亡き後、頼継は大祝の職を晴信に望んだが、
「そのような話しは聞いておらぬ。」
と拒否した。怒った頼継は武田の持ち物となっていた上原城に兵を向けた。これこそが晴信の思う壷であった。
「虎王丸こそ諏訪の正統である。」
頼重と晴信の妹ねねの間に生まれた甥を前面に押立て、諏訪の豪族達を自分の手元に集めてわずか四時間の闘いで高遠頼継を追い払ったのである。
諏訪を手中にした晴信は頼重と頼継が命をかけてこだわった諏訪大社を訪れた。
「大したことはないな。」
家臣の前では信仰心が厚いように見せている晴信であるが、頭の中は神仏をいかに味方につけるかで渦をまいている。奥の神殿まで来た時、晴信は言った。
「中を見せてくれ。」
「それはできませぬ。ここを守るのが私の先祖伝来の役目でありまする。例え天朝様の申しつけであってもできませぬ。」
天朝様と言った時、諏訪大社の神官長 守屋頼真の顔には勝ち誇った顔色がわずかに見えた。実際、神殿の中などどうでもよかった晴信であるが、そう言われると意地でも中が見たくなった。
「ならば力ずくでも見せてもらうぞ。」
家臣に命じて守屋を取り押さえた。
「どのような天罰、災いが起ころうとも決して後悔なさるな。」
晴信は守屋の脅しに顔色ひとつ変えなかった。




