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その25

◇◇◇◇◇◇ その25


 信州伊那谷の駒ヶ根には早太郎伝説で有名な光前寺がある。その昔、駿河の国に人を襲って食べるひひが出没し、民百姓は難儀していた。ひひの怒りを鎮めるためには毎年若い娘を人身御供に差し出さなくてはならなかった。


「光善寺の早太郎には気をつけなくては。」

 差し出された一人の娘が隙を見て逃げ出し、ひひがつぶやくこの言葉を伝えた。


 このことを聞いた旅の行者は早太郎を探して全国を行脚した。早太郎がよもや犬だと思わず、探し出すのに時間がかかってしまったが、ようやく信州信濃の光前寺に早太郎がいることをつきとめた。そして早太郎と一緒にひひを退治したという伝説である。


「あの寺は」

 晴信が勘助に話しかけた。


「高遠よりも尾張に近い。」

「されど、あれは寺であります。御柱というわけにはまいりませぬ。」


 晴信は既に天下を目指す事を念頭にすべての作戦を考えていた。駒ヶ根を手中にし、飯田から尾張、そして京へ至るための緻密な作戦で頭の中は一杯であった。


 伊那には保科や知久などの豪族がおり、晴信の勢力下にある。だが、これとて油断はならない。そして一番の問題は越後の上杉謙信である。


 謙信に信州の北からちょっかいを出されていては京を目指す事などはとうてい不可能である。へたをすると謙信の相手をしている間に晴信の命の炎が燃え尽きてしまうであろう。謙信は自分の欲では動かない男である。それだけにやっかいなのだ。


 甲斐が海を手に入れるには先の伊那谷を経由する道と駿河を経由する道の二種類が存在する。謙信を押さえつつこの二本の道を確保しなくてはならない。


「とにかく光前寺を押さえよう。。」

 しばらく晴信は思索にふけっていたが、ゆっくりと目を開けて決断した。信州駒ヶ根は諏訪から十五里、高遠からは五里ほどである。


 三千メートルを誇る西駒ヶ岳を西に背負い、赤石山脈を東に迎える伊那谷の中心部分にある。この地方の豪族の勢力はそれほど強大ではない。晴信はこの駒ヶ根光前寺を「飛び」の拠点に選んだのである。




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