その19
◇◇◇◇◇◇ その19
「お館様、うまくいきましてござる。」
揺り起こされて晴信が起きると改修したばかりの居室の中であった。
「お前は松蔵ではないか。なぜここにいる。」
「あの日に諏訪にいるはずのお館様にここでお会いして以来、またここに来られる日が来ると信じておりました。さあ、奥へどうぞ。」
晴信は気を失ったままの静を抱き起こすと素早く奥へ姿を隠した。
「お館様は一瞬のうちに諏訪からここまでこれるのでありますか。」
晴信は松蔵の質問に答える変わりに太刀を抜き去り、松蔵へ振りかぶった。
「松蔵、かわいそうだが、お前はここで死んでもらう。お前は知り過ぎた。その方、今川の間者であろう。」
松蔵はもはやこれまでと観念し、晴信の前で手を合わせ、首を差し出した。
「はっ、はっ、はっ。なかなか潔いな、山本勘助。」
本名を言われてぎくっとなったが松蔵は黙っていた。
「そちは妻と子を人質に取られてここへ送り込まれてきたのであろう。しばらくは今まで通りに過ごすが良い。ただし、この度の一件は他言無用じゃ。」
勘助は晴信に手を合わせたまま涙を流した。
「さて、諏訪まで戻らないといけないな、勘助、準備は出来ておるか。」
「はい、此度は着物も馬も準備出来ております。御案内致しますので屋敷の外までは例の荷車でお願い致しまする。」
「またあれか。」
晴信は勘助に微笑みかけた。勘助が奥の壁の一部を軽くたたくとその部分だけ回転し、中に止めてあった荷車に静と一緒に乗り込んだ。勘助は二人の乗り込んだ荷車を軽々と引っ張るとつつじケ崎の外へと出た。
「こ度はうまくいったな。」
晴信は馬を静に寄せると話しかけた。
「満月の夜だけ飛べるのかもしれぬ。」
「晴信様のお役に立ててうれしゅうございます。」
「もし、飛び方がわかれば、私は天下を取ることが出来る。」
晴信は今川がいつ天下を目指して上洛を始めるのか不安でならなかった。晴信自身はまだこの古府中と諏訪をまとめたばかりであり、信濃の平定には時間がかかりそうであった。だが、もし自在に飛ぶ事が出来れば上洛、天下取りの夢も満更夢ではなくなってくる。




