その14
◇◇◇◇◇◇ その14
晴信の居館、つつじがケ崎館には小さな祠が祭ってある。この時代、武士にとって神は戦の神であり、出陣の日を占いで定めるほど信仰が強い時代であった。この館の祠も家来が毎日念入りに拭き清め、掃除も怠りなく行き届いている。
下男の松蔵は今日も暗い内から起きだし、他の下男と共に館の掃除に精を出していた。武田の軍神を祭ってある祠がこの男の受け持ちであった。松蔵はいつものように祠の閂を開け、朝の新鮮な空気を取り入れようとした。
「そこにいるのは誰だ!」
祠の中に二人の人影を見つけた松蔵は浮浪者が入り込んだと思い、脅かすように大きな声を張り上げた。
「ここは武田の神聖なる祠であるぞ。そのような場所に入り込む以上覚悟は出来ているであろうな。」
動かない人影に向かって松蔵が大音声を張り上げた時、ようやく空が白々と明け始め、祠にも朝日が差し込み始め、その朝の光が照らし出した顔はこの館の主、晴信その人であった。
「お館様。」
松蔵は慌てて駆け寄り、晴信を抱え起こした。
「このような所でどうなさいました。」
「松蔵か。ここはどこだ。」
「何をおっしゃいます、ここは晴信様の館でございますぞ。」
晴信はようやく事態が飲み込めてきた。
「女はどうした。」
「そこにおりまする。」
「ううーん。」
静も気が付いたようだった。
「このことは誰にもいってはならんぞ。」
「御意。」
松蔵は晴信がただ単に女をここへ連れ込んだのではないことを悟った。第一まだ晴信は諏訪のはずである。
「松蔵、私とこの女をこの屋敷から他に知られぬように連れ出してもらえぬか。」
「お任せ下され。さすればもうしばらくお館様はこちらに御隠れあそばすように。」
松蔵は晴信と直接口がきけたのがよほどうれしいのか張り切って外へ出て行った。




