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第47話:月 対 鎧の騎士

色々な用件が立て込み、またしても投稿が大きく遅れてしまいました。申し訳ございません。


第47話です、どうぞ。


イビルは、生命体を媒体に作られることは既に承知している。

メディストルが自ら話し、私自身も体験したことだ。


あの時、貴方は異形の姿ながら、私の名を呼んだ。ならば、私はそれに応え、貴方を取り戻そう・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


握り拳に力を入れ、腰を落とし、キッ、と敵を睨む。クレスは大剣を携える騎士のイビル、アイアクロスを前に、戦闘体勢をとる。

しかし、相手はかつて、ソラを追い詰めるほどの強さを持つ。対してクレスは、格闘の才能が開花したとはいえ、ソラや、おそらくこのイビルの元となったであろう人物に比べ、遥かに経験に劣る。真正面からぶつかれば分が悪いのは明白だった。


「・・・足掻いても無駄なことは分かっているはずだ」

「ええ」

「・・・では何故構える?」


クレスはあっさりと答えた。しかし、死中に活というわけでもないらしい。 何か確信めいた目をしている。アイアクロスにはクレスの狙いが分からず、問い直す。


「ふっ!」


しかし、クレスは答えることなくアイアクロスに飛びかかり、左の正拳を繰り出した。

不意を突かれ驚きながらも、アイアクロスは咄嗟に拳をガードする。

クレスの攻撃は止まらない。アイアクロスのガードを掻い潜らんと、拳、蹴り、肘打ちなどを連続で放つが、アイアクロスはそれら全てを捌ききる。

そして、最後に繰り出された拳を強くはね除け、クレスを弾き飛ばし距離をとった。


「・・・後悔するなよ」


問答無用と判断したアイアクロスは、眼前の敵を叩き潰さんと、剣をゆっくりと抜いた。



「後悔するのは、貴方の方でしょ?」


クレスの一言に、アイアクロスの眉がピクリと動く。僅かな手合わせをしたことで力の差は分かったはず。にも関わらず、確信をもっている態度が、目が、気に入らないのだ。


「何をそんなに自信がある?」

「戦ってみれば分かると思うよ」


・・・・気に入らない、そう表情に見てとれた。この騎士のイビルは寡黙に見えて、実はかなりの激情家だ。

ソラとの決闘で見せた怒り・・・その原動力は分からないが、クレスにはある確信があった。


このイビルの正体は、きっと・・・




ーーーーーーーーーーーーーーーー


『よかったぁぁぁ!!目を覚まさなかったから心配してたんだよぉぉぉぉぉ!!大丈夫だったか?イビル共に何かされなかったか!?』


『まったく……クレス!いくらなんでも無茶だろう!なんでこんな危険な真似をしたんだ!予想外にイビルが少なかったからいいものの、命を捨てに行くようなものだろう!』


『……大天使の像を半分でも直せば、少なくともこの場所にまで光が届く。それを術で増幅させれば、イビルを食い止める結界になるだろう。さぁ、クレス』



私を心配してくれて、気にかけてくれて、そして理解してくれていた貴方は、どうして今、私達の前に立ちはだかるの?


どうして今、その姿になってしまったの・・・?



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


アイアクロスの振るう剣は、鋭く速い。その上巨大な刃は、それだけでも恐るべき威力を発揮する。標的を逃がさない速さと一撃必殺の剛を兼ね備えた連続攻撃を、クレスはかわし続けるしかなかった。


一見、戦況は圧倒的にクレスが不利だが、目に見えない精神面においては逆だった。



(一体何を考えているんだ・・・?)



アイアクロスは斬撃を繰り出しながらも、その疑問が晴れない。一方でクレスは、かわす事に徹しながらも、追い詰められた様子がない。


(・・・クソッ!)


次第に自分が追い詰められている気分になり、アイアクロスは敵を一気に叩き潰さんと剣を大きく振りかぶる。


「ぜああぁっっ!!」


そして、気合いと共にこれまでで最も速い横薙ぎの攻撃を繰り出した。


しかし、クレスはそれよりも早く飛び上がり、斬撃をかわしていた。攻撃の速度が速くても、振りかぶりにより次の剣の軌道を見切れば、かわすのは難しくなかった。



「はああああっ!!」


今度はクレスが気合いの叫びを上げ、空中で体を横に一回転させつつ、光を込めた足を振り上げる。その勢いを利用しての空中回し蹴りをかわす術は、剣を振りきった体勢のアイアクロスには、なかった。



「ッグゥッ!?」




横面に蹴りを叩き込まれ、アイアクロスはバランスを完全に崩し倒れこんだ。剣も手放してしまい、これがもし武道の試合であれば勝負あり、である。


しかし、あくまで試合であれば・・・これは殺し合いなのだ。アイアクロスはすぐに上体を起こし、追撃を避けようと片膝立ちで身構えた。




「ねえ、パラディーズなんでしょ・・・?」





その名を呟いた瞬間、アイアクロスの動きが止まった。



「パラディーズ・・・どうして貴方が・・・」



クレスはもはや、アイアクロスを見てはいない。彼女が話している相手は、マスターイビルではなく、外見こそ変わったものの、アッパースカイでのエンゼルの仲間、パラディーズに、話しかけていた。

確信を持っているとはいえ、それはクレスの、『そうだと思うという仮説、想像の範疇』の域を越えないものだったが、当のアイアクロスは動きを止め殺気も消え、ぽかりとした、しかし何処か穏やかな表情・・・パラディーズだと分かる表情を浮かべており、このイビルがパラディーズを元にしたものであるということを示していた。



「クレ・・・ス・・・?」



困惑した様子のパラディーズがポツリと呟いたが、すぐさまその顔つきを変えて地面を転がり、先ほど落とした剣を拾い上げ立ち上がる。

既に彼は、マスターイビルのアイアクロスに戻っていた。



(私と同じ、無理矢理イビルにされたクチだ!)



アイアクロスの殺気を真正面から受け、クレスもまた戦闘体勢をとる。


クレスがかつて、あのメディストルによってマスターイビル、セレネルナにされた時も、ソラの体を介して流れ込んできた太陽の力によって、クレスとしての意識を回復させた。今もまた、クレスの打撃に込めた太陽の力が、僅かばかりだがパラディーズの意識を戻したのだ。


ならば、やるべきことは一つ。



このまま戦い続け、パラディーズを取り戻す。さっきは少ししか光を送り込めなかったが、さらに攻撃を加えていけば、きっと・・・!



「はああああーーーーーーっ!!」




不意討ちのクレスの飛び込み蹴りを、アイアクロスは剣の腹でガードした。

クレスにとってはそれは想定内。咄嗟に蹴り足を曲げて剣に密着する形になり、剣を掻い潜るようにアイアクロスの顔に向かって拳を打ち込む。アイアクロスはそれを片手で受け止め、今度は動けないよう拳をしっかりと掴む。


「ここ!」


片手を封じたことを機に、剣を握る手をフットスタンプの要領で蹴って弾き、続けざまに剣をも蹴り飛ばす。

これで再び剣を手放させることに成功した。


さらに、剣を蹴った足でそのまま回し蹴りを繰り出すが、アイアクロスは剣を手放した手で足をもキャッチする。これで右手、左足を封じられてしまった。


「ふん!」

「カッ・・・!」


両手でクレスの動きを封じ、膝蹴りでクレスの腹部を痛打する。痛みと瞬間的な内臓の圧迫により、クレスの口から息が僅かに漏れた。

更にダメージを重ねるべく、アイアクロスは連続で膝蹴りを打ち込む。


「ふっ!」


クレスもやられっぱなしではない。掴まれていない左手で掌底を顔面に打つ。アイアクロスは両手を使っているためガード出来ず、まともに喰らい怯んでしまう。


その隙をクレスは逃さなかった。握力が甘くなったアイアクロスの右手から自身の左足を抜き、甲冑に覆われていない右の脇に蹴りを入れる。


「ガッ・・・!」


脇下への衝撃は肺にまで響き、一瞬呼吸もままならなくなったアイアクロスは、左手で掴んだクレスの右拳をも手放してしまう。

瞬間クレスは右拳を、今度は左の脇下に叩き込む。再び呼吸の出来なくなるダメージにアイアクロスはグッ、と呻き、たまらず痛撃を受けた左脇を両手で押さえ込むが、それは戦闘においてはより大きな隙となってしまうもの。


上体を仰向けに倒れこむようにしながら横に一回転、あえて立つことを放棄したことにより足に集中出来た体重と、回転による遠心力、さらに今込められる目一杯の太陽光を乗せた右足による渾身の一撃を、思い切りアイアクロスの頭部に叩きつけた。防御も受け身も全くとれなかったアイアクロスは吹き飛び、地面に倒れ伏した。


(素手での格闘なら、私に分がある!剣さえ使わせなければ勝てる!)





「・・・クレス・・・」

「・・・!」




「ここは・・・一体・・・?」


完全に雰囲気が変わり、戸惑う様子を見せるアイアクロス。先程までのように一瞬顔色が変わったのではなく、喋ることも出来ている。それを見て、クレスはアイアクロスに、元となった人物の意識が戻ったのだと確信した。


「パラディーズ?パラディーズだよね!?」

「え?あ、ああ・・・そうだけど?」

「よかった・・・!」


確認もとれ、クレスは深く、安堵のため息を吐いた。


「そうか・・・僕はイビルに・・・」

「覚えてるの?今までのこと」

「いや、僕が覚えているのは、イビルになる直前までだ。あとは意識が塗り潰されていくように・・・」

「一体何があったの・・・?」

「・・・いや、その・・・それは・・・」


パラディーズはばつの悪そうな顔をする。クレスは、彼が不安を拭いきれていないのだろうと思った。

クレスもそうだったが、イビルにされた者はその間の記憶がないのだ。クレスの場合はメディストルのソラと戦わせるという目的を知らされてからイビルにされたので、記憶が飛んでもソラを貫いたという状況から繋げ易かったが、パラディーズは違う。突然のことだったのかもしれないし、だとすれば記憶が混乱して整理仕切れていないこともあり得る。クレスは質問を投げかけるには唐突過ぎたかも、と反省した。


「無理しなくていいよ」

「ああ、すまないクレス・・・」



その時、クレスを、あの感覚が襲う。


ドクンッ

 

 

「かふっ・・・!?」

「クレス!?」

 

突然クレスが苦しみだす。パラディーズはうろたえるものの、その現象には思い当たる節があった。

 

「まさか・・・!クレス、腕を貸してくれ!」

 

クレスの右腕をとり、そこにつけられている機器の目盛を見る。すると、目盛はすでに黒く・・・ポータブルサンに蓄えられた光が底をついていることを示していた。それは、光の弱い下界におけるエンゼルの活動限界・・・そして、死が迫っていることの証明でもあった。

 

「まさか・・・僕を助けるために・・・!」

「グッ、き、気にしないで・・・!」

 

クレスは否定しなかった。最後のあの蹴りは、パラディーズを助けるためにありったけの・・・ポータブルサンの光すべてを注ぎ込んでの攻撃だったのだ。無論、クレスにとってはパラディーズを助けるための行動であり、一切の後悔はなかった。だが、助けられたパラディーズからしてみれば違う。自分のせいでクレスが死の危機に追いやられているというのは、自分が殺しかけているも同然である。しかし、パラディーズにはクレスを救う術はない。自らがイビルとなってしまったためにこのような事態を招いてしまったと、自責の念にとらわれていた。

 

(すまない・・・すまない、クレス・・・っ!!)

 

目をぎゅっと閉じ歯を食いしばり、心の中で、謝ることしかできなかった。

 

すると、視覚を閉じたためか聴覚が敏感になり、先ほどからぼそぼそとクレスが何かを呟いているのに気付いた。パラディーズはクレスに耳を近づけ、聞き取ろうとする。

 

 

「ソ・・・ラ・・・っ・・・」

 

 

その単語は、パラディーズの心に影を差した。

 

 

「ソラ・・・どこ・・・?」

 

 

クレスは、ソラがポータブルサンに光を溜めてくれるのを待っていた。それが、外科医でクレスが生存する唯一の手段である。そのことは、クレスの事情をある程度知っていたパラディーズも承知してはいた。しかし・・・いざソラを求めるクレスを見ると・・・何か黒い感情がパラディーズを取り巻く。

 

「大丈夫か、クレス?」

「ソラ・・・ソラぁ・・・!」

 

パラディーズが声をかけても、クレスはこの場にいないソラの姿を追い求めている。クレスが生きるためにソラの力が必要なのは理解しているつもりだが・・・感情は納得していなかった。

 

 

 

だから、つけこまれたのだ。

 

 

 

「クレス――――ッ!!」

 

 

クレスの名を叫ぶ声とともに駆けてくる影は、クレスが待ち続けていた人物であることは、すぐに察しがついた。

 

 

「離れろてめぇ!!」

「!!」

 

ソラは駆け込んでくる勢いのまま、パラディーズに蹴りを放つ。今はパラディーズの心を取り戻しているとはいえ、姿は騎士のイビル、アイアクロスのままである。ソラには、クレスにとどめを刺そうとしているように見えていたのだ。抵抗の暇なく蹴られたパラディーズは地面を転がされ、クレスから離された。ソラはすぐにクレスの手をとり、ポータブルサンに自分の手を添える。薄く光りだした手から太陽の力が注ぎ込まれ、ポータブルサンの目盛が回復していくと同時にクレスの苦痛に満ちていた表情が和らぐ。

 

 

「ソラ・・・ありがと・・・」

「無事でよかった・・・」

 

 

 

 

 

「ふ、二人とも、逃げろ・・・っ!」

 

 

 

何かを堪えるように籠った声が意外なほうから聞こえた。それは、自らの全身を抱き締めるようにしているパラディーズの声。ソラとクレスは、イビルのこのような事態に遭遇したことはなかった。特にソラにとっては、騎士のイビルが「逃げろ」などと言うのは不思議で仕方がない。

ポータブルサンの回復によって朦朧としていた意識をはっきりさせたクレスが、先に声をかけた。

 

「パラディーズ!?どうしたの!?」

「パラディ・・・どういうことだ!?」

「彼はエンゼルだったのよ!イビルにされていたの!」

「!?」

 

ようやく、ソラにも状況が理解できたようである。しかし、パラディーズとやらの、まるで、内から込み上げてくるモノを押さえ込んでいるかのような苦悶の状態は一体・・・?

 

 

「う・・・ぐあああアアアアアアアアアッッ!!!」



パラディーズは抱えていた腕を左右に開き一際大きな叫び声を上げると、クレスが蹴り飛ばした剣に向かって駆け拾い上げた。

そしてすぐさまソラ達の方へと向き直り、剣を大きく振り上げる。


「「!!」」


二人はそれぞれ左右に飛び退き、パラディーズの・・・


否、『アイアクロス』の渾身の一撃を回避した。


剣は叩きつけられた地は土砂を舞わせ、大きく抉られる。判断が遅れれば致命的だった。

土煙の中で剣を構え直す姿に、パラディーズの意識は感じられない。



もう、言葉では救いきれない。



クレスは、今ここで彼を打ち倒す決意を固め、拳を構える。

ソラも、その意志を受け剣を抜く。


(パラディーズ、ごめんね。中途半端なことをして・・・


・・・今、助けるから!)



「はあぁっ!」

「やあぁっ!」


ソラとクレスが二人同時に左右から駆ける。アイアクロスは一瞬どちらに対応するか迷ったが、すぐソラに狙いを定め、ソラの方へ向かう。既に距離を詰めている状態のため大剣を振りかぶることは出来ないため、剣を体の前に垂直に立て、その体勢でソラに突進する。

ソラはその反撃が予想外で、咄嗟に剣を立て鍔競り合いに持ち込もうとするが、鎧と大剣の重量の前に競り負け、後ろに突き飛ばされてしまった。


この突進により、ソラとクレスの挟撃タイミングに僅かながら誤差が生じたことで、アイアクロスは背後に迫っていたクレスの拳を、半身分体を捻って避けることが出来た。勢いそのままに目の前を通過するクレスの背中に手刀を当て、クレスを転ばせその隙に、その場を大きく飛び退き距離をとった。


ソラ、クレスもすぐに立ち上がり、構え直す。しばらく、互いに体勢を整え、間合いを測る拮抗状態が続いた。


(やはり簡単に倒せる相手じゃない・・・!)


かつて一対一で刃を交えた際も、ソラはこの敵に押されていた。クレスが加わったことで多少は渡り合えるようになったし、現に今の攻防は対応こそされたものの、追い詰めてはいた。

それでも、油断は出来ない。あらゆるものを打ち砕く大剣とそれを操る腕、重量武器のハンデを感じさせない身のこなし、そして判断力を兼ね備えたこの敵アイアクロスは、これまで対峙してきたあらゆるイビルの中でも最強に位置するだろう。


「ソラ・・・」


構えたままの状態、目は合わせないまま、クレスがぼそぼそとソラに声をかけた。


「ソラ・・・私が仕掛ける」

「!」

「その隙を突いて、彼を・・・救ってあげて」


クレスの声ははっきりとした、強いものだった。そこには、彼を助けたいという願い、そしてソラと一緒ならそれが叶うという信頼が込められている。ソラは、小さく頷いた。二人ともアイアクロスを見据えているのでその所作を目視出来ていないはずなのだが、それでも、確実に伝わった。



次の瞬間、クレスは体勢を低くしてアイアクロスに向かい駆け出した。足を狙ってくると読んだアイアクロスは剣を脇に構え、クレスを真正面から迎撃するべく低く横薙ぎに振るう。


しかし、それもまたクレスの読み通りだった。 足を斬られる寸前でジャンプし攻撃をかわす 。そのままクレスはアイアクロスの頭を踏みつけ、背後へと飛び降りた。


「うおおっ!!」


クレスに気をとられている隙に、ソラが片手で剣を突き出す。アイアクロスは咄嗟に剣の横腹で突きを防ぐ。


「はっ!」


が、その隙に背後に回ったクレスが、がら空きの背に蹴りを入れた。


「おらっ!」


瞬間、体勢を崩したアイアクロスの顔面にソラが剣を握らない手で拳打を浴びせる。


「やっ!」


間髪を入れず襲ってくるクレスの、勢いを乗せた正拳突きは体を回転させ受け流したが・・・



「「はあっ!!」」



クレスが受け流されたことで並んだ二人は同時に僅かな助走をつけて足を突き出し、アイアクロスの腹部に叩き込む。

蹴りを受けたアイアクロスは仰向けに倒された。鎧により痛みこそ少ないが、連続攻撃によってペースを奪われた体には大きな衝撃だったのだ。


そして、アイアクロスにペースを取り戻す隙は与えないとばかりに、クレスは右足を振り上げて飛び上がる。

アイアクロスはその動作から、次の攻撃は踵落としと予測した。そして、彼の戦闘本能とでも言うべき感覚が、反射的に的確な反撃を繰り出していた。

蹴り飛ばされてなお落とさずにいた剣による、落下してくるクレスに向かっての突き。

空中から襲い来る者への最速かつ最適な、不可避の攻撃だ。



―――相手に読まれていなければ。



クレスは振り上げた右足を突然折り畳み、左足を振り回して突き出された剣を弾き飛ばした。そして、右足でアイアクロスの鎧に着地すると、そのまま後方に飛び退いてしまった。



瞬間呆気にとられたアイアクロスだったが、すぐに二人の狙いに気がつかされた。クレスのさらに上に飛び上がっていたソラが下方向に構えていた剣が、深々と鎧を貫きアイアクロスの腹に突き立てられたのだ。





――――――――――――――




「すまなかった・・・」


剣を通じて太陽の力が注ぎ込まれ、アイアクロスは徐々に金の粒子となりつつあった。

その時、彼が発した一言が、謝罪だった。


そこには既にマスターイビル、アイアクロスの面影はない。クレスのよく知る穏やかな、パラディーズの声と、表情。


「いいんだよ、もう・・・いいの」


クレスは、パラディーズをなんとか安心させようと応えていた。

その様子に、意図が伝わっていないと気づいたパラディーズは、「鈍いんだから」と苦笑すると、再び口を開く。


「僕がイビルになったのは・・・クレス、君が再びアッパースカイから下界に降りてすぐのことだ」


ソラとクレスは、それが忌々しきセレネルナの件、正確にはその顛末のことであると理解した。クレスには、加えてパラディーズとの再会やアッパースカイの長とのやり取りなどの覚えもある。


だからこそ、クレスには信じられなかった。あの時は、パラディーズにそんな素振りはなかった。では、あの後に何かあったのか。



「アッパースカイに戻ってきてから、君はソラという少年のことばかりだった。生きていると知れば自分のことのように喜び、瀕死と知れば気を失うほどに動転し・・・挙げ句の果てには命懸けで彼の魂を探し共に下界へと戻っていった」


これには、ソラが驚いた。セレネルナに刺されてから確かに、夢の中で生死の境をさ迷っていた時があった。

その時は『声』に導かれていたが・・・まさかそれが、クレスが助けに来ていたからだったとは。

パラディーズはその身が消えゆくのも構わず、話続ける。


「僕は長からそのことを聞いて・・・いや、正直それ以前から、ソラという少年を妬んでいた。クレスに、そこまで想われている彼が憎らしいと思い、それは日に日に強くなっていったんだ。


その時さ・・・僕があの男に出会い、唆され、イビルとなることを受け入れてしまったのは」


「「!!」」


パラディーズは、自分の意志でイビルとなったのだ。ソラと戦い、あわよくば殺すために。


「バカだったよ、僕は・・・こんなことしたって、ますます君から遠ざかってしまうだけなのに・・・そんなことにも気づけなかった・・・」

「・・・パラディーズ・・・」


そこまで言われて、流石にクレスも、パラディーズから向けられていた想いに、好意にようやく気づいた。

しかし、クレスはそれに応えることは出来ない。彼女の想いは、既に別の者に向けられているのだ。


「ごめん・・・でも私・・・」


クレスは、誤魔化して励ますようなことはしなかった。金の粒子になりつつ悔やむ彼を、生半可な嘘でさらに傷つけたくはなかった。


「分かってる・・・ありがとう、クレス・・・


ソラ・・・クレスや、アッパースカイのことを・・・よろしく頼む・・・」

「ああ・・・まかせろ」


ソラの返答を前にパラディーズは満足そうに微笑み、消滅した。



今回以降、1話を長めにしようと考えています。よろしくお願いします。

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