第37話:クレスの初陣
今回の話は構想が早い段階で出来ました。しかし、次回以降はどうだか……。
とうとうクレスが戦います。
37話です。どうぞ。
この日は生憎の曇りだった。空は、鈍重な灰色の雲に覆われ、海はその雲の色を映し、濁ったかのような暗い印象を与える。
波は荒れ蠢き、水飛沫が飛び交い、まるで嵐の到来を予兆するかのようであった。
そんな海の上に、貫かん勢いで突き進む鮫のような水柱があった。
一つではない。何十という水柱が、蠢く波を物ともせずに突っ切っていく。
よく見るとそれは、海の下で動く者が突き進んでいる勢いで作られているらしい。
柱達は、真っ直ぐに一つの島に向かっていた。
影が向かっている島では、五人の影が並んで海を見つめていた。
五人の視線が捉えるのは、遠くの海を走る幾つもの水柱。
「……今日は何か胸騒ぎがしてたんじゃ……」
五人の中で、二番目に背が低い老人と思わしき影がそう呟く。
「あの速さではすぐここに辿り着く。逃げられやせんじゃろうのう……」
言葉とは裏腹に、老人は冷静だ。何かが迫っているというのに、まるで動揺がなく、冷静だ。
そしてそれは、他の四人も同じだった。
「……みんな」
青年と思わしき影がそう呟くと、他の影のうち三人が刀を、苦無を、短剣を取り出し、呼応するかのように、ざっ、と彼の前に並んだ。
そして青年も、すっ、と剣を抜き、三人の前に突き出した。その刃は、黄金の光を放っていた。
三人は各々の武器を黄金の刃に当て、その光を武器に宿す。
緑の鱗と黒い爪、蜥蜴のような頭を持った化け物の群れが、ザバアッ、と水を割る音と共に、牢から解き放たれた獣のように次々と飛び出してきたのは、その直後だった。
「いくぜ!」
まず駆け出したのはソラだった。光り輝く剣を右脇に構え、最初に飛び込んできたイビルに真っ直ぐ向かう。
イビルは駆け込んできたソラに合わせ、爪による横なぎの一撃を繰り出すが、ソラは体勢を低くしてこれをかわし、脇に構えた剣を横に振るい、イビルの胴を切り裂いた。
「ギャアアアア!!」
イビルの上半身と下半身が離れた瞬間、その体が一瞬ソラの剣と同様黄金に輝き、そして金の粒子となって霧散して天に昇っていった。
それはかつて、マスターイビルとなったクレスを救った時と同じ現象。確証は持てないが、きっとその命は救われたのではないだろうか。
ここ十数日の訓練により身につけた、イビルとなった命を救う手段。その手段が間違いではないことを願うように、ソラは霧散した粒子を目で追っていた。
「助かってくれたことを祈るぜ……
………おわっ!?」
感傷に浸っている場合ではない。イビルは次々と襲ってくるのだ。ソラが一人先陣を切ったせいか、何体ものイビルと刃を交えるハメになった。
「何やっとんねん!」
「加勢するぞ!」
続いて飛び出したのはヤマトとアルエだ。ソラに集中していたイビルのうち、二人の接近に気づいた何体かが迎撃に向かう。
「なんのっ!」
アルエはイビルの攻撃をジャンプしてかわし、イビルの頭を飛び越えると同時に、苦無でその首筋を切り裂いていく。
「うりゃぁ!」
ヤマトはアルエと対照に足を止め、二本の刀でイビルの爪を防ぎつつ、隙を突いて反撃の一手を繰り出す。
二人が倒したイビルも、金の粒子となっていく。どうやら武器に宿したソラの力が効いているらしい。
しかし、何体やって来たのか、イビルは次々と海から現れ、ソラ達に襲いかかる。いくらソラ達といえども、物量作戦をとる相手に対しては対応力に限界がある。
「!? ちっ!」
ソラは舌打ちした。背後をとって来たイビルの存在に気づきはしたものの、体が間に合わない。ソラが防御のために剣を構えるよりも速く、イビルの爪がソラに振り下ろされる。
「ギャア!」
しかし、その爪がソラに届く前に、イビルは悲鳴を上げつつ金の粒子となって消えた。直後、キン、と音を立てて、貫いた対象を失った鉄の矢が地面に落ちる。
ソラはその矢の持ち主と思われる人物の方を向き、彼に感謝の意を込めて会釈した。
会釈を受け、応じるように笑みを浮かべたのは、矢を放った張本人、セルビスである。彼の左腕には、弓を小さくしたような飾りと筒が取り付けられた籠手がはめられている。この籠手から、バネ仕掛けで鉄の矢を撃ち出していたのだ。籠手にも太陽の光が纏われており、これによって放たれた矢にも、その力が伝わっていたらしい。
「なるほど、飛び道具でも使えるようじゃの」
再び戦いに身を投じるソラを一瞥し、セルビスは左腕を伸ばし狙いを定め、ソラ達三人の迎撃が追いつかないイビルを中心に撃ち抜き、援護射撃に徹した。
しかし、三体のイビルが矢の軌道からセルビスと、近くにいたクレスに気づき、攻撃に向かう。
「しまった!」
ソラも、ヤマトとアルエもイビルの行動に気づきはしたが、加勢に行きたくとも、ソラ達も目の前にいる敵を倒すのに必死だ。
だが、ただ守られるだけの者はもういない。以前までなら、悲鳴を上げ、光による防御をしつつ加勢を待つしかなかった筈の者はしっかりと敵を見つめ、静かに、ただの防御策であった機器から流れる光を四肢に集め、三体のイビルに立ち向かっていった。
「ハッ!!」
クレスは、向かってくる三体のイビルに駆け出し、真ん中の一体とすれ違う瞬間に交差法の飛び蹴りで迎撃した。
他二体のイビルが爪を振り上げ、挟み撃ちを仕掛けるが、クレスはその内一体の懐に入り、振り上げた腕と肩を掴んで足を引っ掛け、体落としの要領で投げもう一体に投げつけた。
その直後、先ほど蹴られたイビルがクレスの背後から迫るが、クレスは察知したかのように左足の後ろ回し蹴りで頭部に打ち込む。更に、起き上がった二体を拳打で退ける。
クレスは、三体のイビルを相手に怯まず、寧ろ全く寄せ付けない。イビル達も、一筋縄ではいかないことを本能で悟ったのか、ジリジリと三角形にクレスを取り囲んだ。
イビルの体を見ると、太陽の力を纏った打撃を受けた箇所は金色に染まり、僅かにサラサラと砂のような粒子を撒き、崩れかけていた。
中心となったクレスは、いつでも迎え撃てるよう余計な力を抜き、自然な構えを取り、四者は膠着状態に入った。
最初に動いたのは三体の内一体、クレスの背後にいたイビルだった。イビルは頭を掻き取らんと爪を横に振るが、クレスは前を向いたまま咄嗟にしゃがみ、低い体勢で右足を軸に回転、イビルの足を払った。勢い余ったまま足を払われたイビルは宙を一回転し、背中から地面に落ちる。それを機に、残りのイビルが一体、二体と、転ぶイビルを飛び越えてクレスに襲いかかる。
クレスは立ち上がり、その場でジャンプしつつ左に一回転、その遠心力を利用した右足での回し蹴りでまず一体目、再度ジャンプしてもう一回転し、二体目と、それぞれのイビルの頭を正確に打ち込んだ。
そしてすかさず、仰向けに倒れたイビルの、先ほど腹に打ち込まれ崩れだしていた箇所に正拳突きを加えた。正確に脆くなった箇所を捉えた正拳によりイビルの腹は突き破られ、イビルは「グエッ!」と蛙のような悲鳴を上げて粒子になり霧散した。
頭に回し蹴りを喰らった二体は、その箇所に当てられた太陽の力に耐えきれず、痙攣しながら霧散した。
「ハァ…ハァ……やった……!」
クレスは、自力でしかも無傷で、イビルを倒し初陣を飾ったのだった。
クレスが三体のイビルを倒した頃には、ソラ達の手により他のイビルは全滅されていた。
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