番外編:一方、ヤマトとアルエ
ソラとクレスがセルビスの元で修行する中、ヤマトとアルエは……
「ほんなら、やるか?」
「ああ」
セルビスの小屋から少し離れた林の中で、ヤマトとアルエは武器を構えて対峙する。
二人は実力伯仲だ。互いに迂闊に飛び込むことは出来ない。相手の隙を見つけようと睨み合う時間は長かった。それは、二人共隙を見せないことを意味する。
突然、ヤマトが左片手で隣の木を切った。動かしたのは左腕だけで目線と体勢はアルエに集中したままだが。
「ハッ!!」
それを受けてアルエがヤマトに飛びかかる。両手に握った苦無を同時に突き出す、最も打ち込みの速い攻撃。
しかしヤマトは二本の刀を交差させ、突き出された両の苦無の隙間を縫うように滑り込ませて防ぎ、交差した刃を一気に外に開く。当然刀を鋏む形になっていた苦無も同時に開かれ、両者とも両腕を外に開いた状態となった。
その体勢は双方にとって大きな隙である。故に、相手より速く打ち込まんと両者利き腕となる右腕に握った刃を横薙ぎに繰り出した。ヤマトとアルエの間に、金属を強くぶつけた音が響き火花が散る。
それを契機に、二人は手を止めることなく打ち込み続ける乱打戦にもつれ込んだ。足はそのままに、間合いも変えない。勝敗を別つのは、閃きの線にしか見えぬほどの技の速さ、双方の周囲に幾多の火花を散らす手数、閃光を捌く筋力と柔軟さ。
やがて、ヤマトの刀がアルエの首筋に突き付けられ勝敗が決した時には、ヤマトが切った木が倒れてから十秒ほど経っていた。
「十秒か……まだまだだな」
「身を捻る時の動作が大きいねん。伸びきった部分に隙あんのや」
「だが動作を小さくし過ぎると苦無が届かないんだよな……」
これはただの手合わせではない。彼らが時間を測っていたのは、手合わせの長さではなくアルエが負けるまでの時間である。つまり、アルエが負けること前提だったのだ。その証拠にアルエはあの素早い身のこなしの技術をほとんど用いず、その場に留まっての打ち合いに徹している。
このようなルールを定めていたのには理由がある。
ヤマトとアルエの二人を比較すると、ヤマトは腕力と打ち合いでの剣捌きに長け、アルエは移動の速さと多角攻撃に長ける。
それを二人は理解しており、それぞれの技を盗むためにあえてそれぞれが得意とする立ち回り方法に統一し、手合わせしているのだ。先程はヤマトが得意とする打ち合いの中で、ヤマトの技を盗もうとしていたのである。
とはいっても、二人は体格も武器も戦い方自体も違う。故に、互いの技の中でそれぞれのポイントやコツを掴み、己の戦法に織り交ぜて昇華させようというのが狙いであった。
「よし、じゃあ次はお前の番だ」
「おお、お手柔らかに頼むで」
「お手柔らかにしたら修行にならん!行くぞ!」
アルエはそう言うと、予め傷を付けて倒しやすくしておいた木を(一刀では倒せないので)苦無で切りつけ、ヤマトの周りの木を次々蹴って飛び回り出した。初めて会ったときのセルビスが使い、アルエも受け継いでいるものだ。
「うわわ!?いきなりかい!!」
ヤマトも急いで刀を構え直し、アルエほどではないが同様に飛び回り出した。
ヤマトが学ばんとするのは、アルエのように空間を使った戦闘技術。つまり、動き回りながら相手の死角を突く戦い方である。
有志軍所属時から、正面切っての真っ向勝負を得意としてきたヤマトにとって、アルエのような暗殺者流の戦い方は新境地だった。
しかし、今後激化していくであろう戦いの中で、ましてや少数精鋭として戦うことになる中で生き残るために、相手の死角と隙を作りに行く技、同様の技を持つ者からの抵抗手段が必要だと判断したのだ。
今度の立ち回りは、刃の閃光が飛び交うものとはまた違う。飛び交うのは人影、それが交差する瞬間のみ、刃がぶつかり、閃く。
「ぬあぁぁ!?」
しかし、ヤマトの目指すそれは剣捌きよりも遥かに難しい。立ち合いが成立していた時間も、アルエの時より短く、木が倒れきるわずか前に決着がついてしまった。
「無理矢理自分が速くなろうとせずに、相手を捉えるようにしろよ。そのための訓練だろ、これは」
十歳に満たぬ子供に苦無を突き付けられ、説教をくらう青年の図は痛々しいが、幸い無人島ゆえ無関係の他人は一人もいない。が、ヤマトはそんなことを微塵も感じず、何か思い詰めている様子だった。それを感じ取ったアルエは、苦無を下ろし、尋ねる。
「……?どうかしたのかヤマト?」
「……なぁ……ワイら、これからどないしていけばええんやろか?」
「……???……頭でも打ったか?」
「ちゃうわ!!ちゅーか真面目な話や」
何かを感じ取ったアルエは、流石にからかうのを止め真剣な表情でヤマトの次の言葉を待つ。
「ソラが目指しとんのは、『イビルにされたあらゆる命を救うための力』やろ?せやけどそれは『太陽の力』があってこそ。ワイらには出来ないことや。結局、ワイらに出来ることは『イビルを殺すこと』だけや……」
アルエはヤマトが喋りやすいように黙って聞き続ける。互いに議論がしたい訳ではないからだ。
「ワイら、戦力になれるやろか……アカンとしたら、ワイらはこの先どないしたらええんやろか……」
ヤマトは普段こそ気さくな態度をとるが、若くして戦いに身を置いてきており、いざというときには誰よりも真剣になる。仲間が関われば尚更だ。大事な局面では彼も仲間を強く支えてきた。
今も、これからの戦いに向け、仲間を支えるため、役に立つために発言している。
だが……こんなにも弱ったヤマトをアルエは初めて見た。そして、その質問を投げ掛けられたアルエ自身も、不安を隠せなくなった。
自分達はこの先、何が出来るのか……。
「……いずれにせよ、このまま指くわえてはいられないだろう」
それがヤマトの求める回答の仕方とは違うと分かっていても、アルエはそう言うしかなかった。それでもヤマトは、せやなと呟きつつ立ち上がる。
「もう一丁頼むで」
「…ああ」
立ち止まってはいられない。拭えぬ不安を押し殺し、二人は修行に明け暮れた。