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第35話:月と拳とエロジジイ


タイトルはふざけてますが、クレスにとって大きな転機となる第35話です。どうぞ。





「よし、それじゃあ一旦ここまでとして、飯にするかのう?」



ソラは昨日に掴んだ力を、維持するための修行に入っていた。内容は修行開始直後と同じ。真っ直ぐ立って両手で剣を握り、刃に意識を集中するものだ。最も周囲からの干渉を避ける自然の位で立ち、自分の心にある力と向き合うようにし、自分の力を感覚として捉え、剣の刃に伝うように意識する。


かつては自分の力を見つけるために行なっていた修行だったが、今のソラはコツを掴んだのか、光を刃に乗せることは、当然のように出来るようになっていた。


だが、未だに持続が出来ない。昨夜クレスの前で出したのが三秒ほどだった。今も必死で時間を伸ばそうとするものの、昼飯前までの最高記録は約六秒。昨夜の倍ではあるが、とても実戦で出すには心許ない時間だ。


おまけにこれは、直立して集中した時の保持時間。動き続ける戦闘時は、更に短くなるとみて間違いないだろう。




「どうもなー……少しでも気を抜くと力を手放しちまうんだよなー……」




五人で火を囲んで食事をする中、ソラは串に刺して焼いた魚を頬張りながらぼやく。ぶつぶつと呟きながら、頭の中ではイメージトレーニングが繰り返されているのだろう。




「前も言ったが、こればかりは何度も試すしかないからのう……」




セルビスにも、アドバイスは出せないようだ。力を出すきっかけは与えても、結局自分自身でモノにしなければならないのだから。


それを聞いて、わずかながらクレスの目線がチラリとセルビスの方に向いたのにアルエは気付いた。






「クレス、どうかしたのか?」




アルエがクレスに尋ねると、皆の目線がクレスに集中する。それを少し恥ずかしながら、わずかずつクレスは口を開いた。





「セルビスさん……お願いがあるんですが……」


「ほうほう?ワシにお願いとのう?」




ニヤニヤしながらクレスを見るセルビスの目は、まるで盛んなオヤジであった。ソラとアルエが、セルビスに冷たい目線を送る。




「なんやねん?そのお願いて」




一人冷静に見ていたヤマトが改めて聞くと、クレスは少しだけ躊躇ったが、やがてセルビスの目を真っ直ぐ見つめて言った。







「……私にも、修行をつけて下さい!」







少しの間、四人の刻が止まった。








―――――――――――




ワシに向けられた眼は、どこまでも純粋で、強いものじゃった。おそらくは考えに考え抜いた結果じゃろうことも分かる。


しかしまぁ、その根本的な理由は間違いなく『彼』じゃろうな。


『彼』と違ってこやつは『彼』への想いが分かりやすいし、自覚もしておるじゃろう。




覆したいのは……自分の力不足といったところかのう……。




「よかろう……」




断る理由はないのう。




―――――――――――








食事を終え、クレスは修行を続けるソラの傍らでセルビスに戦闘の訓練を受けることになった。


しかし、修羅場を抜けてきたとはいえクレスは直接戦いを経験していない素人。そこでまず、武器を持たない徒手空拳による戦闘を学ぶことになった。



……なったのだが……




「拳の握りはこうじゃよ」


「こう……ですか?」


「少し違うの。もっとこう内側に握り込んでだな……」


(何触ってんだよ……)




拳打の訓練のようだがセルビスは自らの手でクレスの指を握り込ませている。それを横目で見ていたソラは苛ついていた。剣に力を込めながらもその集中力はかなり乱れている。


その後も打撃の訓練の中で、セルビスはクレスの腕やら腰やら足やらを触りながら教えていた。クレス自身は修行への集中のために嫌がっている素振りを見せていないが……。






……………………。






「だああぁぁらぁぁ!!何堂々としてんだジジイィィィ!!!」






とうとうブチ切れた。流石にクレスとセルビスの修行も止まった。




「そりゃあ師があたふたしながら教えるのは威厳無いし変じゃろ?」


「そういう意味じゃねー!!」




クレスは叫び声を上げるソラにびびっているがセルビスはニヤニヤして対応している。それを見てソラは理解した。



(このジジイ……確信犯だ……!!)




「なんじゃなんじゃー?ワシがこやつに何かしているように見えたのかのー?」



(ぐっ……楽しんでやがるコイツ……!)



ソラの想像通りニヤついた笑みを崩さぬままのセルビスは、ソラの反応を楽しむかのようだった。




「そんな妄想で集中を乱しては力を操ることなど出来んよなぁー?」


「も、妄想じゃねー!!事実だろ!この目で見た事実だ!!」


「実際こやつは反応しておらんじゃろ?際どいところ触れても」


「際どいっつーこと自覚あるんじゃねーか!!」


「な、なんか恥ずかしくなってきた……///」




ソラとセルビスの口論に、被害者であるクレス自身にも恥じらいが生まれたので、結局セルビスはクレスに触れることなく指導することに。


しかし、ソラはセルビスがまた何か仕出かすのではないかと監視、集中力は戻らなかった。






そうして、時刻は夕暮れになり日も大分落ち、橙色の空の上に紫と紺の色が見え始めていた。



クレスはひたすらセルビスの指導の元で、拳打と蹴足の素振りを繰り返していた。


元々素人で、体力もそれほどないクレスの額には汗が伝い、息も荒くなっていた。それでも目だけは凛として強く、素振りも依然として鋭さを保っている。




(ソラの足手まといにはもうならない!私も戦うんだ。役に立つんだ!


ソラが苦しんだり死にかけたりするのは、もう見たくない!!)




ひた向きな、一途な想いを象徴する、真っ直ぐで、ぶれない拳を繰り出す。




「ホホウ、大分板についてきたの?ん?」



後ろからクレスの修行を見ていたセルビスはクレスを賞賛しつつ手を伸ばした。






……クレスの尻に。






(このジジイ!!)



それを見ていた(自分の修行に集中出来ていない)ソラが当然怒り、止めに入ろうとした瞬間……







ゴツッ、という鈍い音と共に、上半身を捻ったクレスの裏拳がセルビスの顔面を捉えていた。裏拳をもろに喰らったセルビスは、そのまま尻餅をつくように仰向けに倒れた。




「……あっ!!だ、だ、大丈夫ですか!?」




あたふた驚きながらセルビスの安堵を確かめるクレスだったが、誰よりもそれを第三者として見ていたソラが一番驚いていた。




(速かった……!偶然じゃない、自分の死角からやって来る危機を察知して、攻撃したんだ!)




クレスによってむくりと起こされるセルビスだったが、ソラは見逃さなかった。


セルビスの目が何かを狙ったように、ギュピーン、と光ったことを……。




「ひゃほおぉ!!」




クレスに起こされた体勢ながら、セルビスは再び彼女の尻に右手を伸ばす。




「っ!!」




クレスは咄嗟に、ビシッとその手を払い退ける。しかしそれもセルビスの読み通りだったらしく、セルビスは払われた手の勢いを利用して逆立ちジャンプ。宙返りしつつクレスから離れ、着地する。





「ふははは!!今度はそうはいかんぞぉ!!ひゃっほう!!」




完全にふざけたエロジジイの顔でそう宣言すると、セルビスはソラとクレスを囲うように四方八方を飛び回り始めた。


最初この島にやって来た時、ヤマトとアルエも含めた四人の前に姿を表した時と同じだ。やはりその素早さにより、影のようにしか見えず、目が追いつかない。





そういえば最初の時も……。






「どんだけ尻触りてぇんだこのエロジジイ!!」






そこまで思い出してソラは大声でツッコんだ。



一方クレスは、最初は慌てていたが、やがてすっと息を整え、全身から余分な力を抜き自然体で構える。その佇まいは、既に戦士のものだ。





「ハッ!!」





そして、気合いと共に背後に繰り出した右足での後ろ回し蹴りが、両手を伸ばして飛びかかるセルビスの脇腹を捉えた。


セルビスは蹴りを喰らったその体勢のまま、呻きながらどっとうつ伏せに倒れた。






「み……見事じゃクレスよ……」




全くもってそうだ。よくあの無駄に素早い動きを見切って攻撃したものだ。




「すげーなおい!いつの間にそんな強くなってんだよ」


「わ、私もなんでここまで出来たのか分からないよ……」




「……なあに、ここに至る素質は既に鍛えられていたのじゃ」




セルビスは語りだした。




「これまでの戦いでこやつ自身戦いはせずとも、戦いの場には常にいた。ならば戦いに孕む恐ろしさは身をもって知っておるし、身を守る必要性も感じ取っておる。


そういった環境が自然と『護身の心得』を鍛えておったのじゃよ。



あとはその心得に反撃の手段『拳法』を重ねたというだけじゃ……」




語りを締めくくったが、セルビスはうつ伏せに倒れたままであるため、イマイチ締まらない。




「……立ち上がってから言えよ……」


「……予想外の威力じゃった……」




セルビスは反撃の力を主軸にクレスを鍛えた成果を己の身をもって示した。しかし、どうやらそれ以上にクレスには格闘のセンスがあったらしく、先の回し蹴りがかなり効いているらしい。




「グフッ…き、今日はこんなところでいいじゃろ…明日は一歩進んだ修行を……ガクッ…」


「セ、セルビスさーーん!?」






翌朝まで、セルビスが起きることはなかった。









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