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第33話:覆す力


年内ギリギリ……!本年度最後の投稿になります。



第33話です。どうぞ。







「う……うーん……」




木の壁に空けられた窓から差し込む朝日で、布団の中のソラは目覚めた。自分が寝ていたものを含めて布団は四つ。いずれも既にカラ。


どうやら自分が最も遅く起きたようだ。



「あ、起きた?おはよう」



声のした方を振り向くと、部屋の入り口にクレスが立っている。それはいい。だが、その両手には竹の棒が一本ずつ……。



「……なぁ……なんで釣竿?」



ソラは挨拶を忘れ、その竹の棒の理由を尋ねた。



「『飯捕ってこい』って。セルビスさんが」


「……セル…ビス…!」



セルビスという単語を引き金に、ソラは昨夜の出来事を思い出した。


と同時に、やり場のない怒りが込み上げる。理解はしていたこと、自分の甘さを抉られ、浮き彫りにされるような言葉。それを浴びせておいて今更……







ぐうぅ〜〜〜……






怒りと思考は、何とも抜けた腹の虫によって遮られた。音の出どころを辿ると、相変わらず竿を持ったまま顔を赤らめ、俯くクレスがいた。


なんだか怒気を削がれたソラはとりあえず朝飯の確保を優先することにした。







セルビスの小屋は孤島の上。当然、釣りをする場所は海になる。ソラは竿を持ったクレスと共に海岸を目指し歩いていくと、岩に囲まれた入り江を見つけた。


早速釣りを始めたがその数分後、ある問題があることが発覚する。





「ソラ……どうやるの……?」





クレスは釣りを知らなかったのだ。天空に存在するアッパースカイには、釣りという概念はなかったのだ。


そんなクレスに、一度はポカンとするソラだったが、あぁそういえば海底都市でも海に興奮してたなぁと思い出す。



「……ハハ……!」


「あっ!笑わないでよ!仕方ないでしょ……!」



ソラは自然と笑っていた。島に来て初めてのことだ。それに対し怒るクレスに悪い悪い、と相槌を返す。その態度に、まだからかわれてるのかと思ったか、むっと頬を膨らませ、まだ怒っていることをアピールするクレス。



それを見て、ソラは改めて彼女をいとおしいと思った。



今笑ったのも決してクレスを馬鹿にしたわけではない。ただただ、微笑ましかっただけなのだ。


彼女がこうして色々な表情を、生き生きと見せてくれる。自分の側できちんと生きてくれていると思うと嬉しかった。



それは、一度はクレスを貫いたあの戦いを経たからこそ、余計に強く思えた。だからこそ、これからは彼女を守り、あんな思いは決してさせないと誓えたのだ。




今もまた、誓える。






釣り場である入り江には潮の流れによって、小さめだが沢山の魚がいた。




「よっしゃ、またゲット!」




そのため、ソラは入れ食い状態となり次々と魚を釣り上げる。




「わわっ!こっちもまた来た!」




ソラから指南を受けつつ、クレスもソラほどではないが順調に釣り上げる。その表情は笑顔そのもの。初めての釣りを楽しんでいるようだ。


用意したバケツには、なんとか入りきった、というほどの魚が入っていた。


大漁大漁、と気分よく帰路に着く二人は終始笑顔で、端から見れば……






「恋人みたいやな、お二人さん♪」




大木の小屋前にいたヤマトの第一声がそれだった。





「「な、何言ってんだ(の)!!」」


「おーおー顔を真っ赤にして同じタイミング……シンクロするほど相性良し、か?」


「「ぐ……!」」


「やれやれ、若いのう」


「「ぬ……!」」




続いてからかいに入ったのはアルエ。最後がセルビスだ。この時ソラは自分では気づいていなかったが、最初持っていたセルビスへの怒りが、綺麗さっぱり消えていた。




「ま、まぁともかく朝飯を……魚釣って来たし」


「いや、まだじゃな」


「は!?」




ソラとクレスは驚いた顔になる。二人が釣った魚はだいたい二十匹前後。五人分の朝食には十分のはずだ。




「山の幸を獲りに行くぞ!ホレ御両人、ついてこんか!」




そう言うとセルビスはソラとクレスの手を引き、今度は島の奥、山の方へと向かう。二人は間際に見た手を振るヤマトとアルエに、少しイラッとしながらついていくしかなかった。





「転ばぬように注意するんじゃぞ娘さん」


「あ……ハイ」


「…………」




山の中に入った三人はずんずんと進んでいくが、ソラの機嫌は悪い。その理由は三人の手にあった。


セルビスの手に握られているのは、クレスの手。クレスの手に握られているのはセルビスの手。


ソラの手にあるのは……野草とキノコ両手一杯。





「だ――――ジジイてめぇぇ!!少しはこれ持ちやがれぇぇ!!」





とうとうブチ切れた。




「なんじゃ?うるさいのう……お前は山の中で娘を案じず、荷物を娘や老人に持たせるほど器量の小さい男なのか?」




ほうほうと皮肉めいた態度で言い切るセルビス。ぐうの音も出ないソラだったがイライラは更に増したようだ。




「ならばお前が荷物を持ち、ワシが娘さんを案じてやるのが妥当というもんじゃろ?んん?」




「くっ……クレスが……嫌がってんじゃねーか」




(やはりのう……若い若い)




ソラの言葉に、セルビスは確信を抱く。ソラがイラついているのは荷物を持たされることよりも、セルビスがクレスと手を繋いでいることだ。


だが、何故イライラするのかは分かっていないだろう。どうやら、鈍感というやつらしい。




(じゃが、どうしたいかは明確に掴んでおる。それこそが……)






……………………………





「ここで待て」




三人は山の奥に辿り着き、隠れるように茂みの中で座り込んだ。相変わらずセルビスはクレスの手を繋いでおり、相変わらずソラは不機嫌だ。




「ここから覗いてみろ」


「はぁ……」


「なんなんだよ……ったく……」




クレスは戸惑いつつ、ソラは渋々といった様子で茂みの隙間から覗くと、そこには高い木々の森に囲まれた泉があった。


山の外からは全く見ることの出来ない、正に秘境と呼べるようなその泉は、汚染された様子もなく、木漏れ日を反射して光り輝いている。


そこには、動物がいた。美しい茶色の毛並みに枝分かれした角……鹿だ。三頭の鹿……うち二頭は小さいので小鹿だろう。その鹿達が口を泉につけ、喉を鳴らす。水を飲むためにやって来たようだ。絵に描いたような、自然の美しい姿がそこにあった。その姿にソラとクレスは感動を覚えた。







その絵は、次に泉にやって来た客によって破壊された。







大犬だ。昨日ソラ達を襲ってきた犬が五頭ほどの群れとなって鹿達に駆け込んで来た。慌てて逃げ出す鹿達。それを追いかける犬達。




「食べられちゃう…!」


「くそっ!」




「待て」




鹿達を助けようとするソラとクレスを、セルビスが止めた。





「よく見ておけ。あの鹿は、お前達じゃ」








―――――――――――




「よく見ておけ。あの鹿は、お前達じゃ」




セルビスのジジイに連れられやって来た泉で、ジジイは犬が鹿を追い回すのを見せながらそう言ってのけやがった。


あの鹿が俺達?どういう意味だ。弱肉強食?所詮俺達はイビルにゃ敵わない、逃げるしか出来ねえってか?ふざけんな。


俺達が今までどんなに必死で戦って来たか知らないで、勝手なこと言ってんじゃねーよ。


俺達は逃げるしかない鹿達とは違う。犬相手にだって、イビル相手にだって足掻いてみせる。立ち向かえるんだ。








そう心の中で毒づいた時だった。








逃げ回っていた鹿のうち、親鹿が突然体を犬の方に翻し、前足を大きく振り上げて体を大きく見せ、威嚇を始めた。



これには一瞬犬達も怯んだようだ。その後も何度も、何度も前足を振り上げて威嚇する親鹿。


更には、負けじと近づいた犬の一匹を、振り上げる足で蹴飛ばした。



これにはたまらなかったのか、蹴られた犬は一目散に逃げていき、残りの犬も慌ててついていくように引き返していった。




この一連の流れは衝撃だった。俺達からすれば敵わないと思っていた天敵に立ち向かい、見事追い払ってみせたのだ。親鹿の勇気と強さに、俺は素直に敬意を持った。





「あれが、お前達の……これから辿り着くべき境地じゃよ」





俺は妙に優しいジジイの一言で我に帰った。



―――――――――――






「あの親鹿を見てみろ、子供達をしっかり背にして守っておったじゃろ」




親鹿の威嚇行為にばかり集中して見ていたソラとクレスは、セルビスに言われてもう一度思い返してみる。なるほど確かに、親鹿は子鹿を庇うように、常に子鹿を背にして威嚇していた。




「天敵であるはずの大犬を追い払ったあの鹿が、何を考えていたかは明白に過ぎる。


ひたすら『子供を守る』ということ……それがあの親鹿に力を与えた。


『覆す力』じゃよ」




ソラもクレスも、セルビスの言葉の意味が未だよく分からないらしく、複雑な表情を浮かべた。それを見たセルビスは、まぁ無理もないか、とふっ、と笑みを浮かべ、更に言葉を紡ぐ。




「世の中には(ことわり)というものがある。その中でも有名なものに、『弱肉強食』というものがあるな。力の弱い草食動物はより強い肉食動物に食われる……鹿は犬に食われてしまうのじゃ。


……まずここまで言えば、『覆す力』の意味が分かるな?」




今度は二人とも頷いた。『覆す力』とは、理を覆す力。あの親鹿は、『弱肉強食という理を覆して』犬を追い払ったのだ。





「……では、それをお前達に当てはめてみるとしよう。



……ソラ……だったのう。お前が昨日言った、『黒い化け物に変えられた命を救う力』。これはまさしく難題……なぜならあの化け物は戦って倒しただけならば、消えてしまうからじゃ」




ソラとクレスはセルビスがイビルと戦ったことがある、と言っていたのを思い出した。が、それは今さして重要なことではないためすぐに思考から外す。そして、黙ってセルビスの言葉に耳を傾ける。


セルビスは続ける。




「それもまた、理……ではソラ、お前に求められているのはなんじゃ?」



「……それを『覆す力』……」






「……その通りじゃ。」






それが、ソラの求める力を手に入れる最初の鍵。しかし、すぐに次の扉が現れる。理を覆す力とは、どのような物なのか。


理を覆す存在ならば、常識や叡知は通用しないのではないか……?それが、ソラの脳裏に浮かぶ次の扉であった。




身体能力、武器、技、知識……一般的に言われる、戦うための力、もの。それらは全て、理の元に成り立っている。命を殺すには、その形を壊せばいいという、知識。そのために用意された薄く研がれた刃、武器。その武器を振り上げて下ろすという、技。その技を扱う、腕とその力、身体能力。


それらは『物理』という理に基づき連なる答え。『覆す力』は、これを打ち破るもの……。それは一体……?






「お前は一度、体験したのではないか?




だからこそ、その力を扱うことを望み、ここに来た。違うかの?」






セルビスの言葉は、ソラにとって寝耳に水だった。


まさにその通りなのだ。自分が殺したと思っていたクレスが、イビルから解放され戻って来た。ならば、それを自在に扱う術を得たならば。そう思ってここに来た。




「……どうして分かった?」


「ひょっひょっひょっ……全ての命は理にすがり付いて生きているもんじゃよ。故に、奇跡を体験した者でなければ、そうしようとは思わん。


そうして命は、探求し、覆す力を以て解き明かし、新たな理を生むのじゃよ。そして、何が覆す力を与えるか……その鍵は、先程の鹿達が示しておる。」







―――――――――――




その言葉に、私ははっとした。




「天敵であるはずの大犬を追い払ったあの鹿が、何を考えていたかは明白に過ぎる。


ひたすら『子供を守る』ということ……それがあの親鹿に力を与えた」




セルビスさんが言っていたことと、私の体験が結びつく。


それは、死んだと思っていた私が、再びソラの元に戻って来る時のこと(番外編:Moon Light参照)。あの時の私は、確かに絶望を覆したのだ。




『ひたすら、再会を願って』




だからこそ私は諦めなかったし、迷いもしなかった。もし、再会に至るまでに何処かで一度でも諦めていたら……決して再会は出来なかっただろう。




その曲げない心こそ……

『覆す力』……?



そうだとしたら、ソラが私を助けた力は……



―――――――――――





ふとクレスが横目でソラの様子を伺うと、ソラと目が合った。すると、二人とも恥ずかしくなったのか、少し顔を赤らめてすぐに目を反らす。



その様子を見たセルビスは、二人が要点を掴んだことを確信し、それを明確な言葉にする。




「思い、願うことこそ、『覆す力』の原動力じゃよ。


全ての行動はまず『どうしたいか』を『思い』、『願い』、『そのために何をしたいか』『何が出来るのか』を選ぶ。しかし、『何が出来るのか』の中で選択肢を失った時、『諦め』を選ばざるを得なくなる。




そこで『諦め』を選ばず、『思い』、『願い』を貫き選択肢を探し続ければ、その果てに『覆す力』はある」





……………………………




「さぁ、戻って朝飯じゃ。そしたら稽古を始めるぞ」



「「えっ!?」」



「ソラ、昨晩のお前の気迫、しかと見届けた。それに免じて、お前の面倒見てやるわい。



ホレホレ行くぞ。山菜忘れるなよ!」




そう言うだけ言うと、セルビスはクレスの手を引き来た道を引き返していった。


ソラはポカンとしていたが、セルビスの言葉を頭の中で繰り返すと、自然とその表情が綻び、気づけばセルビスが引き返した方に向け、頭を下げていた。



しかし、同時に足元に広がる山菜を目にし、すぐに眉間に皺を寄せたのだった。







来年度も菊一文字を、

『Sun and Moon -in chaos world-』を、どうぞよろしくお願いします。




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