第28話:拭えないもの、前向くべきこと
一応第二部開始としますが、話数カウントは継続です。
第28話です。どうぞ。
わずかな光しか入らない密室で、学習机程度の大きさしかない机にかじりつくようにする背の曲がった者が一人。
「おのれぇ、あのガキ共めぇ!!」
何やら書物をめくり、目に留まった部分があれば筆をとり、無作法に置かれた紙面に書き出す。筆を置きまた書物をめくり、筆をとり書き出す。
本来ならこのような書き写しなどいちいち筆を置いたりとったりせずとも可能だろうが、この者はそうはいかなかった。何故なら、彼は片腕を無くしているのだ。
以前の戦いで『ガキ共』の一人に腕を切り落とされたこの者、メディストルはその怒りを膨らませながら資料を書き写し、『ガキ共』を葬る新たな刺客の着想を進める。
材料は残っている。部屋には集めてきた黒い粒子を収めたカプセルが壁中にところ狭しというくらいに詰められ、保管されているのだ。
実は今メディストルが籠っているのは、かつての戦場である海底都市。以前自らの手で沈めたこの都市だが、イビルを作り出すための材料を残すためこの部屋は無事に出来るようにしておいたのだ。
まさか『ガキ共』も、メディストルが崩壊した海底都市に未だ留まっていたなどとは思うまい。
体勢を立て直し、右腕の恨みを晴らす準備をするには絶好の環境だった。
「待っておれよガキ共……フェッフェッフェッ」
海の底に潜む不気味な笑みが、表舞台に上るのはいつの日か。それまでは蓄える。恨みも、怒りも、研究の成果も、力も。
いつかガキ共と再び合間見えた時、その全てをぶつけ、絶望に叩き落とし、存分になぶってやる……。
その様子を想像し口角を上げたメディストルは、再び筆を取った。
―――――――――――
「大丈夫、ソラ?」
「ああ、大丈夫」
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だって…」
「…………」
「だから大丈夫だっての……」
クレスの心配する目線に冷や汗を流すソラ。あの再会の後、ソラが傷を痛む度にこんな調子だ。確かに無事とはいえないが、既に峠を越し、順調に回復しているソラからしてみればそこまでの心配は杞憂、砕けた言い方をすれば過保護だろうと思う。
もっとも、その傷をつけたのはセレネルナ……イビルだった時のクレスなのだから、責任と罪悪感から過敏になってしまうのも分かるが。
「あとは回復する一方なのだから、大丈夫だと医者も言ってたろう」
「そうそう、少しは前向きにならんと、治るものも治らへんて。」
言いながら部屋に入って来たのは、アルエとヤマト。食料の買い出しに出掛けていたらしく、両手には果物やパン、調味料などが入った紙袋を抱えている。
「し、心配なのは心配なんだもん!」
クレスは聞かれてたことが恥ずかしいのか、頬を赤らめながら声を上げて言い返す。
「さすがにしつこいぞクレス?」
「えっ!?…………うぅ……ソラまで……」
予期しなかったソラからの発言に反論出来なくなったのか、クレスは顔を更に真っ赤に染めつつ俯いてしまった。三人はその様子にクスクスと笑い声を上げる。やがて、クレスもそれに釣られたのか、心配し過ぎだった自分自身が馬鹿らしい、或いはおかしいと思ったか、フフ、と笑い出す。
そして、四人の大きな笑い声が部屋中を満たした。
かつての、ソラとクレス二人が死の危険に瀕した戦いの爪痕を感じさせないくらい、平和な光景だった。
笑い声が響く中、ソラの声が薄れ、表情からも笑みが消える。
それに気づいた三人も、不審に思って笑いを解き、ソラの方を見る。
「なぁ、クレス……どうして助かったんだ?」
辺りが静寂になった時、ソラはクレスに問いかけた。クレスは不意の質問に頭がついてこれず、呆けた表情になる。
「確か、イビルは死ぬと黒い粒子になって消えちまう。そして、元になった生物は助からない……だったよな」
ソラ、ヤマト、アルエの三人は今まで幾体ものイビルを殺してきた。それは、元にされてしまった生物を殺してきたということでもある。それは、若い三人には酷な事実である。
そして、人為的にイビルになってしまったクレス。彼女がこうして蘇ったことは喜ぶべきことだが、自らの手でソラを殺めかけた過去を拭うことは出来ない。
四人にとって心の内を抉るような、忌まわしい記憶を、ソラはあえて突きつけた。それには、理由がある。
「あの時は奇跡だったのかもしれない。でもそれは、起こすことが出来るって可能性じゃねーのか、って思うんだ」
「それって……どういうこと?」
「もしあの奇跡を自在に起こせるとしたら……イビルにされちまった多くの生き物を助けられるんじゃないのか?」
ソラの言葉を聞き、三人共はっとした。確かに、あの奇跡の結果クレスはここにいる。しかし、そんなことが本当に出来るのか。理想論と言われても仕方のないことだろう。
「せやけど、どうやってものにするいうんや?どんな仕組みで起こったかも分からへんのやろ?やからお前も奇跡て呼んでるんやろ?」
その理想には賛同するが、ヤマトにはそれが実現出来るかどうかが不安だった。
「けどこのままじゃ、あのジジイが言ったように俺達は殺戮者だ。なんとかしたいって思うだろ?」
あのジジイ、とは海底都市で戦ったマスターイビル、メディストルのことである。先の事実を忌々しい笑みと共に告げ、さらにクレスをイビルへと変えたのは、他でもない、奴であった。
「そりゃあ……なんとかしたいのは山々やけどな……」
「やろう!!」
渋るヤマトをはねのけ、ずいっとソラに詰め寄ってきたのはアルエだった。
「このままジジイの言うように殺戮を続けていってはイビル達の思うつぼだ。その奇跡を解き明かして奴らをギャフンと言わせようじゃないか!」
その決意は立派だが、ソラはアルエの妙な点に気づく。
キラキラキラキラキラキラキラキラ…………
ここ最近見ることのなかった、歳相応の『あの目』だ。
「……本音は……?」
「そんな特別な力、格好いいじゃないか!!」
包み隠さずにあっさりと本音を漏らすアルエ。その清々しさに当てられ、ソラは一瞬うむ、素直でよろしいと的外れな思考をした。
「……それが出来るようになれば、本当に希望だよ!イビルの中には、エンゼルが元にされたものだってあるもの!もし救い出せれば、形勢を逆転出来る!」
続いて声を上げたのはクレスだ。エンゼルの立場上、決して諦めないと言った誓い、何より、ソラならきっと出来るという信頼が、彼女の語気と説得力を強くした。
「全く、しゃあないなぁ……」
わんぱく坊主の疾走を見守るようにやれやれと賛同したヤマトだが、その表情は穏やかであり、肯定の意志を示していた。
「あの時、いつもと何が違っていたんだろうか?」
「そういえば……いつもはすぐ消えるイビルやのに、あの時のクレスは消滅遅れてたな」
「それに、黒い粒子が金色に変わってた」
「あの時私は、意識が戻ったんだっけ……」
四人は話し合っていた。あの奇跡を起こせるようにして多くのイビルを救い出そうと決めたはいいが、あの現象は何なのかがはっきりしないことには始まらない。
そこで四人は、現象を思い出すことから始めた。それは、四人にとって忌まわしい記憶を更に掘り返すという、苦しい作業であったが、四人はその先に希望があると考え、堪えながら話していた。
とはいえ、掘り返す度に悲しい表情を見せるのはクレスだった。自分がイビルとなった事実は、ソラを刺した事実に直結する。それは、クレスにとってあってはならなかったこと、最も思い返したくないほどの酷い過ちであった。そんなことを思い返して、クレスの心は段々と沈んでいった。
「クレス!」
「!?」
突然かけられたソラの声にびくりとする。反射的に首を向けたクレスの目には、少し悲しみを含んだソラの笑みがあった。
「大丈夫か?」
「あ、う、うん……」
「悪いな、嫌なこと思い出させちまって」
「う……ううん!そんなことないよ!」
「でもさ、もう嫌な過去は拭えない。それは、分かるよな?」
「………………」
クレスは沈黙を以て答える。拭えないからこそ、痛々しい記憶として抱き続けるのだろう。
「でもさ、傷つくことが出来るってのは、悪いことばかりじゃねーよな?だって、だからこそこうして次に活かそうと出来るんだから」
「!」
「クレスの嫌な記憶と、お前を守れなかった俺やヤマト、アルエの傷み。それらがあるから、こうして策を立てられる。あの出来事がなけりゃ、目処も立たないからな。
あまり思い詰めるより、解決に力入れようぜ」
「……うん……ありがとう」
ソラの言葉に幾分か気が楽になったクレスだが、ソラは『気にするな』とは言わなかった。
過去の罪は拭えない。また、簡単に忘れていいものではない。そして、謝罪や反省で終わらせてはならない。それを背負った上でなお、次に踏み出さねばならないのだ。でなければ、これまで殺めてきた者達の犠牲すら否定してしまう。
それでも、クレスはソラの言葉に心地よさを感じる。それはソラ自身の、不思議とそうさせてしまう魅力か、クレス自身の、彼への好意によるものか……。
(ソラは凄いな……いつも簡単に私の心を救ってくれる。辛い状況にいても彼といると……暖かくて安心出来る。どんな時……
………で……も……?)
「そういえば……あの時……私、消える時も暖かい感じがあった……」
ぽつりと呟いたクレスの一言は、奇跡を解き明かす重要な鍵となる。
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