番外編:Moon Light ~そしてまた混沌へ~
遅くなってしまいすみません!多忙でしたため……(汗)
番外編、完結です。
「何故このようなことを?」
「アッパースカイを救いたかったからです」
「可能だと思ったのか?」
「可能性はあると思いました」
「………ハァ……」
長は頭を抱えた。今回クレスがとった行動は善行とは言い難い。結果として上手く事が進んだからよかったものの、もしパラディーズらが間に合わなかったら確実に殺されていただろう。仮にイビルの警備がもっと厚かったらパラディーズらも全滅していたかもしれない。
しかし、クレスには微塵の後悔もないらしい。こちらが投げ掛けた質問に対し、退くどころかこちらに食って掛かる勢いで即答してくる。最早このような質疑応答では埒があかないと判断した長は垂れていた頭を上げると自分の意思を伝えることにした。
「ワシはの、無茶をして命を捨てるなどということはしてほしくないのだ……
このアッパースカイは古くに神と通ずる者達がこの領域にまで上り築き上げてきた国。いわば人々が神に近づこうとしてきた修験の結晶。ワシはアッパースカイを統治する者としてこの場所を守りたい」
「だったらどうして抵抗しないのですか……どうして戦える者たちだけを犠牲にして最小限でも生き残ろうと考えるんですか!?」
「……この国が人によって作られたものだからじゃ。人さえ無事ならば、国は建て直せる。ましてや我々は人からこの地に適応するよう進化したエンゼル。最小の者さえ確保すれば建て直すことは出来よう。故に、その他を切り捨ててでも生き残らねばならん。決して無駄な死に方をしてはならんのだ」
それは一国を治める者としての判断であった。わずかなものだけでも未来へと繋ぐため、長としてその責務を重要視した結果である。
それを聞いたクレスは黙り込み、今まで長に向けていた視線を落とし頭を垂れた。
それを長は、彼女が納得した印と受け取った。
「分かってくれたか。ならば以後
「……そのためなら…」
クレスの纏う雰囲気が変わった。
「……そのためなら、目的のための捨て石も躊躇わないということですか!?」
クレスの反論は続く。
「私はアッパースカイのみんなに死んでほしくはない!!私ならみんなを守りたい!そのために立ち上がりたい!!」
「それは夢幻じゃ!甘い理想に過ぎん!今我々が置かれている状況を見よ!どのようにして叶えようというのじゃ!!」
「それは……っ……
…………!」
現実を突きつける長。クレスは反論できなかった。それはクレスが言ったことが夢幻であるという証明している。
「よいかクレス、『もしかしたら』という希望にすがるのは、思慮に欠けた曖昧な結論であり、それにすがりつくことほど危険な判断はないだろうとワシは考えている。その希望が外れたとき、事態は最悪にまで陥ることがあるからじゃ…。
……現に、あの少年は最早生き絶える間近じゃ」
『あの少年』
誰のことかは明白だ。
その単語にクレスは大きく反応した。
「前にも言うたが、あの少年は確かに希望じゃった。しかし今となっては彼の命も希望も風前の灯。これ以上待つことは許されんし、クレス、お前にもあんな辛い思いはさせとうないんじゃよ…
……あの少年もそうではないのか?」
クレスの肩が僅かに震えた。
「あの少年は最後に何と言った?お前に謝っておったろう。お前を殺したと思っているようじゃがもしお前が生きていると知ればどう言うかのう?
……おそらく二度とあんなことが起きぬようと考えるじゃろうな。あの少年は優しいからのう」
「…………」
長は言いながらも卑怯だと思っていた。今のクレスを折れさせるとしたら、ソラの名前が最も効果的だ。
死の淵にいる者の最後の言葉を無下に出来る者が果たして何人いようか。いや、まともな人間ならば耳を傾けぬはずはない。当然長が打ち出した、ソラの最後の望みは長の想像でしかないが、大方間違いないだろうという確信はあった。
「……わかりました…」
とうとうクレスは折れた。
「わかってくれたか……これからはこのような無茶は控え、あとのことは任せよ」
「はい……」
クレスは、ひどく落ち込んだ様子で社を後にした。
生き物である以上、エンゼルにも睡眠という文化は存在する。しかし、太陽に近いアッパースカイには夜はなく、専ら最小限の光を残して光を遮断することで擬似的な夜を作り出し睡眠に入る。
クレスはこの時間帯、そっと屋内を抜け出した。
そして、ある場所に駆け出す。
(あの時の裂け目を探すんだ、下界に下りて、もう一度ソラのところに!)
クレスが目指すのは、最初に自分が落ちていった、あの裂け目。
アッパースカイから自分を落とし、そしてソラと出会ったきっかけ。
あの裂け目を生み出した地震は、天地神明の翼が破壊された時に世界のバランスが崩れた時に起きたもの。そして、その乱れは未だ治まっていないことを示す、言わば混沌の刻印。
ソラとクレスが出会った刻印ともいえる。
クレスは長の言葉を無視して行動している。もとより、社を出るときからそのつもりだった。折れたふりをして、隙をついて下界へ下りる。
希望は捨てない。たとえ夢幻だと言われようとも、クレスは信じる。ソラとなら、夢幻をも真に出来ると。
「前までなら絶対に思わなかっただろうけどなぁ……」
裂け目という、始まりの場所に向かうからだろうか、ちょっと思い出す。
初めは、ソラを巻き込まんとして自分が犠牲になる道をとったのに。そんな自分を、ソラが変えた。信じることの強さを教えてくれた。
だから今、踏み出せる。
信じているから。
「どこへ行く? クレス」
後ろから長の声が響いたのは、裂け目にたどり着いた時だった。
「お前が本当は折れてなどいないことは気づいておった……」
長はゆっくりと、少し悲しみを含めた口調で言った。長はクレスの行動を見通していたらしく、裂け目で待ち伏せていたのだ。
「……だったら、引き止めるのも無駄だって分かっていますよね」
クレスは長に向き直り応える。裂け目は目の前にあるのだから飛び込んでしまえば止められる間もなく済むのにそうしないのは、長の意思を裏切る行為に後ろめたさを感じるからなのだろうか。
「そこから飛び込んだところであの少年に会えるとは限らん。たどり着くまでにポータブルサンがもつのも厳しいじゃろう……それこそワシの言うた通り、無駄死にじゃ」
「………………」
「じゃがお前の強い想いもわかるし、止めても無駄……そこで一つの可能性を与えよう」
「!?」
クレスは予想外の長の言葉に目を見開き驚く。
しかし、真の驚愕はこのあとだった。
「先ほど、あの少年の魂が肉体を離れた」
「え!!!??」
あくまで変わらない口調で告げる長。しかし、クレスにとってこれ以上のショックはない。魂が肉体を離れる……それは即ち、死を意味する。
「死んだわけではない。ただ、そうなりかけてはおる。彼の魂は今、下界と神の世界、或いはこのアッパースカイの間でうろついておる。文字通り『生死をさまよっておる』のじゃ」
苦しくなる呼吸と動揺を必死に堪えつつ、クレスは長の言葉を聞き続ける。
「そこで、可能性じゃが」
と長は、懐から一本の短剣を取り出しクレスに渡した。
「その剣で自らの胸を刺し、自らも魂をさまよわせ彼の魂を見つけ出すのじゃ。あとは説得次第」
長がクレスに示したのは、彼が生ける者には行けない領域にいるのなら、自分も同じ領域に赴き現世への道を示し、連れ戻せということ。早い話が、共に魂となって共に蘇生しろということだ。
しかし、蘇生に失敗すれば即ち死。ましてやソラの魂と確実に出会える保証もない。あくまで可能性……危険は余りにも大きい。
「さて、どうするクレス……」
選択の時が、クレスに迫られる。
ざくっ……
長の話を聞き終えたクレスは、躊躇うこともなくすぐに短剣を胸に突き立てた。
「なっ………!?」
余りにも早い決断と実行に、長は驚愕する。しかしクレスは、既に朦朧としている意識の中、長に微笑みかける。
「信じてください……必ず、ソラ…を…みん……な……を…………」
意識を失いつつ、クレスは背中からゆっくりと、裂け目から落ちていった。
再びソラと出会うために。微塵の疑いも躊躇いもなく。
長は、クレスの意識が朦朧としているにも関わらず放たれた言葉に、何故か頼もしさと、安心を感じた。
「……もしかしたら……
……一瞬でも夢幻に懸けてみたくなるとはの……ワシも馬鹿になったものじゃな……」
長は祈る。クレスがソラと出会い、二人で戻ってくるように。願わくば、彼らが世界の希望となって、闇を照らし出してくれるように。
「神よ、どうか彼等をお救い賜へ」
瀕死の状態でアッパースカイから落ちた私が気づいた時、私の周りは真っ白い空間で満たされていた。でも、全くの真っ白じゃない。よく見るとグラデーションのような影がちらほらあるし、それによって膨らみや凹みがあるのがわかる。この形は…………
その空間が『雲の中』であることに気づくまでそんなに時間はかからなかった。どうやら私は今、雲の中に浮かんでいるみたいだ。
下から、灰色の炎のようなものが飛んできた。それは私の横を通り過ぎ、上へ一直線に進んでいく。
アッパースカイでの穢れ払いでよく見たあれは、人の魂だ。おそらく下………下界からやって来た死者の魂だろう。そうして上にあるアッパースカイへたどり着く。
ここは下界の人にとっての、生者死者それぞれの世界の境界線。下界の言葉で確か……三途の川っていったかな?渡るか否かで生きるか死ぬかが決まる……。
長の言った通りならきっと、ソラの魂がここにあるはずだ。
「待っててソラ……絶対に見つけ出すから!」
言葉に出すことで改めて決意した私は、浮遊してソラの魂を探し始めた。
―――――――――――
どれくらい時間が経っただろうか……
半死人となり、生き霊のような状態の私は、魂に触れることで直接干渉しその正体を見ることが出来る。そうして幾つもの魂を見てきたのに、未だソラの魂は見つからない。
でも、絶対に諦めない。アッパースカイのみんながなんと言おうと、仮にヤマトやアルエですら諦めたとしても、私は、私だけは、信じ続ける。
私が諦めたら……月が光ることを否定したら……それはソラという太陽を否定することになる。
そう、私は月なんだから。貴方がいないと光れないんだ。
だから、ね……?
出来るだけ、近くで
光っていてほしい……
そしたら私も光るから、
一緒に光ろう……?
そう願った時、ひとつの、天に向かって駆けることなく雲の中をウロウロする魂を見つけた。
違う……今まで見てきた魂とは……。
間違いない、これは…!
そっと、その魂に手を触れた。
そして魂の抱える思念が私の中に流れてくる。
流れてくるのは深い悲しみと後悔、罪悪感、自分への怒り……いや、憎悪。
……辛い思いさせちゃったね…………
ソラ……………
今のソラの魂は、ひどく閉じ籠ってしまってる。いつもの、まっすぐで暖かな輝きがない。ひどく不安定にゆらゆらと揺れ動いている。
「大丈夫だよソラ……
みんなのところに、戻ろう?」
ふと、魂の不安定な揺らめきが消え、落ち着いた。何かを悟ったかのような感じだ。ひょっとして、私の呟きが届いた……?
『………今から俺は地獄の門をくぐる』
……え?
『どんなに長くても、どんなに苦しくても、どんなに痛くても、俺は罰を受けよう』
魂が私の手を離れ、ゆっくりと動き出す。天に向かって。
「ま、待って! 行かないでソラ! お願い!!」
私の言葉なんて全然届いてなかった!このままじゃソラが……本当に死んじゃう!!
魂を追って手を伸ばすけど、魂を掴むことは出来ない。お互いに精神だからだろうか。思念は伝わるのに、物理的に掴んで取り戻すなんて出来ないんだ!
どうしたらいいの…!?
そうこうしている内に、ソラの魂が少しずつだけど昇っていく。
駄目だよソラ!
手を伸ばす。
いやだいやだぁ!
届いてほしいと、
お願い……!
彼が生きることを願って。
ソラァァァァァァ―――――――――ッ!!!!
共に生きたいと、
願って。
伸ばした手を握る。
手先には、ただ掴めない魂が触れていただけ。魂は物理的に掴めやしないのに何故握っているのかは分からない。
でも、何故か何かを掴んでいるような気がした。放しちゃいけないとも思った。
その時、ソラの魂も昇るのを止めその場に留まる。
掴めないはずの私たちの魂は、今何かで繋がっていて、それがソラを止めている。そんな確信があった。
今なら……届く!
『だめ』
ソラの魂が、炎のようだった魂が、ソラの形に変化した。
私は今、ソラの手を握っている。ソラは、私の言葉に振り向いてる。眩しそうにこちらを見ながらも、その表情は驚いてるみたいだ。
闇に閉じ籠もった殻を破ってようやく見た光は、彼にとって眩しすぎるらしい。あの様子じゃこっちの顔は見えてないだろうな……。
そこはちょっと寂しいけど……
でも……
やっと繋がった。
伝わった。
『なんなんだよ…!俺は行かなきゃならないんだ!』
『どうして?』
『クレスを殺した罪を償うためだ!
こうでもしないと俺の気が済まねぇんだよ!』
気が済まない……か。
やっぱそっか……ソラ優しいからな……償わないと、って考えるよね。
不思議と、私の心は落ち着いていた。ソラを引き止めなきゃってことより、ソラと繋がってる安心感が勝ってるみたいだ。ただ一緒に、これからも一緒にって想いがそうさせてるのかもしれない。
私は、更に言葉を紡ぐ。
『月と太陽は一緒……
『あ?』
『月と太陽は一緒にいるべきもの……』
『そうだよ!俺とクレスも………だから……だからこそ俺は!!』
『だからこそ、貴方の行くべきはあそこじゃないでしょう?』
『…確かにクレスは地獄になんか行かないだろうし天国にいるんだろうけど、俺にはそこに行く資格はないんだ!!』
『……天国になんかいないよ……地獄にも……』
私はここにいるよ?
『だから、貴方をまだ、行かせやしない』
どこまでも手を伸ばして、貴方を引き止めて、
『…私が絶対にさせない』
《ここ》に、連れ戻す。
『………え?』
一緒に、
生きて、
いたいから。
私は、
《ここ》にいるよ……?
…………………………………………………………
私は、ううん、私たちは今、アルエの小屋にいる。私たちは下界に戻って来た。その瞬間ははっきりと覚えてないけど、これだけは分かる。
私たちはあれから、手を繋いだまま戻って来たんだ。今も私は、ベッドの上で寝ているソラの手を握ってる。ちょっと恥ずかしいけど、心地いい。アッパースカイにいた時よりも、ずっと。
小屋の天井は、左にある窓から差し込む月の光で青く照らされている。今夜は満月……。
ねぇ、ソラ……。月は太陽があるから光れるんだよ?
だから、私にはソラが必要なんだ。だから、わがままかもしれないけれど、一緒にいたいって思うから。
「生きている……のか。
なんでだろうな……」
だから、ソラが悲しそうに離れようとする度に、何度でも、言うんだ。
「私がさせないから………かなぁ?」
Moon Light
and Sun Light
Ones Again……
-in Chaos World-……
これにて番外編は完結、次回から本編再スタートです。
正直なところ安定した更新速度は保証できませんが、気長にお待ち頂けたら幸いです。
これからもSun and Moon -in chaos world-をよろしくお願いします。