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番外編:Moon Light ~再び光る~



「……う……ん……?」




目を覚ますと、視界には白い天井が広がっている。石のような、ドーム状の天井だった。


背中のクッションのような感覚と体にかけられている布から、私はベッドで寝ていたらしい。上体を起こし周りを見渡すも、他に人はいない。白い壁に囲まれ、白いベッドと、廊下につながっているだろう入り口しかないこの部屋には色がなく、正に殺風景な部屋だ。






………と以前と同じような景色を見ていたクレスは、また意識を失っていたのかと認識する。





「大丈夫かいクレス?過呼吸で倒れたんだよ」


「あわわわ…クレス…!無事でよかったぁ…!」




マロッサとパラディーズの心配する声がクレスの耳に届いた。




「……うん…ごめんなさい……」




返事こそするも、空返事であった。ソラの苦痛の表情が、クレスの脳裏にこびりついて離れないのだ。



あのままもしソラが死んでしまったらと思うと、嫌な汗も流れ、悪寒が身体中を走る。




「長が言ってたことは、あくまで神の領土にイビルが踏み込んできた時だ。気にすることはない」




パラディーズがそうフォローするが、それも近いうちだろう。


クレスの震えが止むことはなかった。












―――――――――――













どれくらいの時間が経ったのだろうか。部屋に一人となったクレスの頭の中では、やはり瀕死のソラが頭を支配していた。







終わりだ。何もかも。




下界も、アッパースカイもイビルに侵食され、支配され、世界は闇に満ちたものになるのだろう。




希望は絶たれた。しかも、自らの手によって。





日の光が差し続ける神の領土では、ポータブルサンは常に満タンである。よって、ソラの力を借りてチャージする必要はない。




その事実が、クレスを孤独に追い込んでいた。ソラが居ずとも、自分は生きている。ソラが死にかけている今も、そして彼の命が尽きても、自分は生きている。








クレスは、ソラがポータブルサンに手を添えてチャージする時間が好きだった。ソラの手から伝わる太陽の力と、ソラ自身の優しさと温もり。




それは、下界に不慣れなクレスにとって、信頼出来る仲間がいるという安心感と安らぎを強く感じられる時間であった。







しかし、彼は近くにいない。







アッパースカイに戻り、かつての仲間や知人に再会したものの、ソラがいない寂しさと痛みは癒えない。




自分の中に、埋めようのない穴が出来たようだった。








彼が居ないことが、彼が死ぬかもしれないということが、不安でたまらなかった。








『もはやこれまで』





長の言葉が重くのしかかる。






「……だよ……」






『あと二、三日が限界』






「やだよ……ッ!」







『現実は非情』






「やだよッッ!!!


だってッ………!!」





張り裂けそうな不安は膨らみ続け、破裂して言葉になった。






だが、我に帰り冷静になったクレスは、自分の言葉を不審に思った。










今、自分は何を言おうとしていた?







『だって』??


その続きは何??





疑問によって絶望を吹き飛ばされたクレスは、『だって』の続きを頭の中で考え始めた。


先ほどまでの絶望に比べれば些細なことだろう。しかし、何故かクレスはその疑問を解消せずにはいられなかった。




「だって……」




もう一度呟く。




「……だって……」




また、一度。



そうやって同じ言葉を呟き、その先にある自分の気持ちを捉えようとする。






そして、クレスは気づいた。



ソラを失うということは、アッパースカイが滅ぶということ……



そんな考え方……



……ではなかったということに。





……薄々感じてはいた。ソラに対する気持ちが、単なる信頼や仲間、希望を寄せる相手としてではなく、クレス個人の感情によるものになっていたことに。



ただ、次々に襲いかかるイビルとの戦闘の日々の中、気づく暇も余裕もなかった。




絶望となった今だからこそ、そして彼が側にいないからこそ、はっきりと認識することが出来たその感情を、クレスは言葉に出した。









「………好き……」








小さく呟いた後、クレスはまず羞恥心に見舞われた。しかし、その中にどこか心地よさがあった。





「好き」





その心地よさが、クレスの疑問を確信へと導く。








「だって……ソラが好き


ソラと一緒にいたい」








『だって』から続けて言った時には、クレスの中で歯車はぴったりと噛み合っていた。












「だから……死なせたくない!」








絶望に打ちのめされていたクレスは、もうそこにはいない。




長までも未来を諦めた中、下界でソラが倒れ、仲間も絶望している中、クレスはまた立ち上がり、戦い続ける決心をした。






諦めない


諦めたくない。






そう、胸の内に秘めて。











クレスは部屋を抜け出し、エンゼル達の目を掻い潜って、神の領土を出た。




懐に二枚の羽を持って。




天地神明の翼は四枚の羽根で構成されている。それが破壊されたために、アッパースカイの秩序が歪み、闇の侵攻を許したのだ。


それを半分でも元に戻せれば、光を少しでも取り戻し、戦う時間を稼げるはずだ。











神の領土の境界を出ると、暗雲に覆われ、光を受けることが出来なくなる。雲の上にあるアッパースカイのさらに上空に暗雲が立ち込めているのは、それだけ闇の影響力が強いということだろう。


ポータブルサンに溜まった光分の時間しか行動出来ない。イビルと遭遇すれば、射出してさらに時間を削られるだろう。イビルをかわしながら迅速に天地神明の翼があったところに辿り着かねばならない。




「ソラが生きて、目を覚ました時のために今出来ることをやらないと!」




クレスに、恐怖やためらいはなかった。




彼は再び立ち上がると、希望を持ち、未来を信じて。






そしてクレスは駆け出していった。











その背後に迫る影に気付かずに………








神の領土から離れるにつれ、どんどん暗くなっていく。闇の影響力がどれほどのものかを思い知らされる。



ここまでは誰とも、イビルとも遭遇していない。しかし、油断は禁物だ。ポータブルサンも徐々にその値を減少させている。






どうか、天地神明の翼にまで辿り着かせてほしいと祈りつつ、ひたすら早足で進んでいく。















「ハァ、ハァ…やった……あと少しだ!」




数十分くらい走り、目的地が見えてきた。天地神明の翼を司る、「大天使の像」である。


聖者のような衣を着て手を広げている姿のその像は、元々四枚の翼を持っていたはずだった。それが天地神明の翼である。完全であったその像は常に神々しい光を放ち、アッパースカイに結界を為し世界のバランスを保っていたのである。




今はイビルによって倒され光を失ったその像も、天地神明の翼のうち二枚を与えれば、少しでも光を放ち多少なりともイビルの侵攻を食い止められるだろう。






そして、再び下界に行くのだ。ソラを助けに。ソラを死なせたくないから、一緒にいたいから。




そう、一途に願う少女が大天使の像にあと一歩で触れようとしたその時………









「何してんだぁ?」


「一人かい?お嬢ちゃん……」


「ヒヒヒヒヒ……」









三体のイビルが現れた。








「……あ…う…」




イビルに囲まれるクレス。確かに、折角破壊した大天使の像に警備を配置しないというのもおかしい話だ。クレスは自分の浅慮を恨んだ。






「んん?その手に持ってる光るものはなんだ?」





今まさに大天使の像に与えようとした光るもの…天地神明の翼の内二枚の羽根を察知され、クレスは焦る。もし奴らの手に渡れば、さらに強力なイビルの元に行くことになるだろう。そうなれば取り返す手段は絶望的だ。


それだけは避けようと隠すクレスだが、その行為はイビルの興味をさらに引いてしまった。




「なんだぁ?隠すこたぁねーだろ。見せてみろよ、ホラ……



ってぇ!!」





イビルが伸ばした手を振り払うクレス。とうとうイビルはキレた。




「このクソエンゼルがあぁァァァァァァ!!」




イビルは、今度は手を振り上げてクレスに飛びかかった。クレスを殺してから確かめようというのだろう。




「くっ!!」




クレスは咄嗟にポータブルサンから光を放出、イビルを怯ませた。


しかし、これでは怯ませるだけで倒せない。窮鼠が猫を噛んでも倒せる可能性は限りなく低い。怯んだ瞬間に逃げる他に助かる道はない。





しかし、クレスはそれを選ばなかった。今逃げ出せば、それこそ自ら望みを絶つことになる。



クレスは一気に大天使の像に駆け寄り、手に握る天地神明の羽根を大天使の像に掲げた。



すると、羽根の光に共鳴するかのように大天使の像が輝き出し、今まで黙っていたイビル二体も危機感を覚えた。




「あまり調子にのるなよ小娘」




先ほどまでの楽しんでるかのような口調と違い冷淡に言い放つ様は、イビルの焦りと、それゆえの手加減無しに殺すという意志を示していた。




無情な爪が、クレスを引き裂かんと振り降ろされる。






「ぐあっ……!」




二体のイビルの爪がクレスに振り降ろされる寸前、イビルは粒子となって消滅した。不審に思ったクレスがイビルがいた方を向くと、細身の剣を両手で横なぎに振るった体勢のパラディーズがいた。




「なんだてめえは!?」




その背後からパラディーズに襲いかかる最後のイビル。しかし、彼の右から放たれた二筋の光によってその攻撃は阻まれた。光を放ったのは、パラディーズに着いて来ていたらしい、先刻神の領土でクレスが穢れ払いを手伝ったあの二人だった。


パラディーズが光で怯むイビルに振り返り、剣を縦に一閃、イビルは消滅した。




「まったく……クレス!いくらなんでも無茶だろう!なんでこんな危険な真似をしたんだ!予想外にイビルが少なかったからいいものの、命を捨てに行くようなものだろう!」




剣をしまいながら、クレスに説教を始めるパラディーズ。しかし、クレスはそれに対して反省するどころか、揺らぎない目で反論した。




「じゃあこのまま黙って滅びるのを待つの…?どうしてみんな動こうとしないの?未来を信じようとしないの!?未来を勝ち取ろうとしないの!?」




パラディーズはこの反撃に思わず一歩退く。クレスは、さらにたたみかける。




「私は諦めない、可能性があるなら掴みに行く!危険でも、その先に未来があるなら!


それを、希望を私に信じさせてくれた人は、今は生と死の境をさまよってる。けど、まだ死んだわけじゃない!


だから私は信じる!このアッパースカイの未来を、彼がまた立ち上がるのを!彼と一緒に歩き出せる未来を!!そのために、私が今やれることをやったまでよ!!」






「……………」






かなわない。クレスの目を改めて見たパラディーズはそう思った。と同時に、自分も信じてみたくなった。その未来を。





「……大天使の像を半分でも直せば、少なくともこの場所にまで光が届く。それを術で増幅させれば、イビルを食い止める結界になるだろう。さぁ、クレス」


「……うん!」




その言葉を受けたクレスは改めて大天使の像に羽根をかざす。倒れていた大天使の像が輝きながら浮き上がり、自ら体勢を立て直す。





そしてクレスの手から羽根が離れた。吸い寄せられるように大天使の像に向かった羽根は、像に触れると光となる。そして光は像の背中に宿り翼を象り、光が止むと像は四枚あった翼の内二枚を取り戻した。




それと同時に上空にも変化が訪れる。空一面を覆っていた暗雲が所々裂け、そこから太陽の光が漏れ出した。



光が、闇を少しだけ覆した証だ。




「よし、お前達の出番だぞ」



「合点!」


「承知!」




パラディーズの合図を受けたエンゼル二人は像を守るように座り、合掌してなにやら呪文を唱えると、大天使の像は輝きを増し、前方……未だイビルが支配する地に向かう形で障壁が形成された。



イビルの侵攻を防ぐ結界だ。





「よし……二、三人ずつくらいでローテーションすりゃ、結界はしばらくもつぜ」


「頼むぞ。クレス、君は僕と共に神の領土へ。


……君の行動に対して、長が話を求めてる」



「……分かった」





結界役二人を残し、クレスとパラディーズは神の領土へと戻ることにした。


長が求めてる話……今回の行動に対する弁解だろう。しかし、クレスに後悔は微塵もない。長に追求されたとしても、自分の心中、決意をはっきり伝えよう。そう、クレスは誓った。






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