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番外編:Moon Light ~絶望~


クレスが消滅してからソラと再会するまでのお話です。


長引きそうなので何話かに渡りお送りします。






「……これで……許される…とは…思ってない……けど……



ごめん……ね………」




剣を持つソラの右手を掴み、自分の腹に刃を突き立ててなお、彼女は笑いかける。




「ソラ……こんなことになっちゃって……ごめんね…?でも私…満足だった。みんなに……ヤマトにアルエに……ソラに出会えて……本当によかった」



「あ……あ………」




ソラは既に言葉を発する事も出来ず、目の前で消えゆく少女の言葉に耳を傾け、ただ見ているしか出来なかった。




「こんなこと……私のわがままだって分かってるけど……


ソラは………私に出会えて………よかった………か………な………?」





こうして、クレスは跡形もなく消えた。陽が沈むと共に、ソラが意識を手放すと共に……。










―――――――――――




「……う……ん……?」




目を覚ますと、視界には白い天井が広がっている。石のような、ドーム状の天井だった。


背中のクッションのような感覚と体にかけられている布から、私はベッドで寝ていたらしい。上体を起こし周りを見渡すも、他に人はいない。白い壁に囲まれ、白いベッドと、廊下につながっているだろう入り口しかないこの部屋には色がなく、正に殺風景な部屋だ。




「……夢…だった…?


……ううん違う…」




夢なんかじゃない。


はっきりと覚えている。この手で……ソラを刺し貫いた感覚を……。




……ソラはどうなったんだろう……生きてくれているかな………それとも………。




「………ッ!」




私はなんてことをしてしまったんだろう……!!もしソラはあのまま息絶えたとしたら……!!




悲しみと罪悪感を押し殺すように、クレスは自分の体を両腕で強く抱き締める。



と同時に、奇妙な点に気づく。




(私……消滅したんじゃなかったの……?)



あの時ソラの剣によって致命傷を受け、自分の体は粒子となって消えたはずだ。痛みこそなかったものの、自分の体が消えていくにつれて感覚も消えていった。


最終的には意識も―……





だったはずなのに。





改めて自分の様子を見てまず驚いたのは、自分の姿が『セレネルナ』のものではなく、『クレス』になっていた。


確かに自我は取り戻したが、その時はまだセレネルナの姿だったはずだ。セレネルナになる前に尽きたはずのポータブルサンも、目盛り満タンの状態にある。



わからない。あれから、何がどうなったのか?そして……ここがどこなのか?




「あら、起きたかい?気分はどうだいクレス?」






突如聞こえた大きな声に、クレスはびくりと肩を震わせると、声のした方を見る。


部屋の入り口に茶髪の小太りな、しかし肝の座ったような雰囲気を持つ中年の女性がおたまを持って立っていた。





「えっ………マロッサさん?」





『マロッサ』と呼ばれたその人物はクレスと面識があるエンゼルだった。おたまを持つ右腕についたポータブルサンがその証拠ともいえる。




「大丈夫かい?あんた、二日も眠りっぱなしだったんだよ。何か食べるかい?」


「あ、あのっ……ここは……?」


「ここは『神の領土』の一角さ。ここまではイビルどもも簡単には攻めて来れないから安心しな」





神の領土――それは太陽に恵まれるアッパースカイの中でも特に強い光によって守られている、エンゼルにとって最後の絶対領域。



今、クレスはそこにいる。アッパースカイは死後に行き着く先ではないし、そもそもクレスがもと居た世界。




つまり、クレスは死んでいない。




「いやはや驚いたよ。神の領土へ向かう途中裂け目から落ちて行方不明になったあんたが、神の領土でぶっ倒れていたんだからねぇ。今まで何をして、どうやってこっちに戻ってきたかは知らないけどさ、まぁ無事でよかったよ」




神の領土で倒れていた…つまりそれは、ソラの剣によって散ったクレスの粒子がここに行き着き、再構築されたということ……しかもセレネルナではなく、クレスとして、再構築された。



ここまででクレスが立てた仮説は、息絶えたイビルの粒子が行き着く先がここだということ。つまり、今までソラ達が倒してきたイビル達も、同じように神の領土で生き返っているはずだ。




「他に神の領土で見つかったみんなも、ここに集まっているんですか?」


「他に?他にって何?神の領土で見つかったのはあんたくらいだよ」





何を言ってるんだい、といった様子のマロッサの言葉によって、クレスが立てた仮説はあっさりと否定された。





だとしたら何故……自分だけが……?






ズドドドドド………






「「……?」」




「うおおおお、クレスが起きたってえぇェェェ!!?」


「ぐへ!!?」





再び思考の海に潜り込もうとしたクレスを遮ったのは、マロッサをはねとばして部屋に飛び込んできた、長い白髪をオールバックにし騎士甲冑を着込み、涙を目に浮かべた男だった。




「ふぇ……?」


「よかったぁぁぁ!!目を覚まさなかったから心配してたんだよぉぉぉぉぉ!!大丈夫だったか?イビル共に何かされなかったか!?」




突風のような男の出現に、クレスはただ驚くしかなかった。にもかかわらず、目の前の男はお構い無しに捲し立てる。







困惑するクレスだったが、突如響いたコチン、という景気のよい音に冷静さを取り戻した。


その音の正体は顔を赤くした(壁に顔から叩きつけられたらしい)マロッサが、手にしたおたまで男の頭を打った音だった。



「痛ぁぁ……!」


「あんたねぇ!!人を壁に叩きつけてほっぽっておいて、謝ることもなくそのままクレスの心配かい!?」


「そんなこと、僕とクレスの愛の前ではミジンコのように些細な…」


「いい度胸じゃないかパラディーズ…!謝るどころか些細なことだって…?ご丁寧にミジンコのようにと付けて!!」


「痛ぁぁぁ!!」


「あはは……」




マロッサはさっきよりも強い力でおたまを振るい、『パラディーズ』と呼ばれた男の頭を打った。クレスは冷静にはなれたものの、目の前で繰り広げられる漫才に対しては苦笑するしかなかった。








帰ってきた。殺されたはずが、思わぬことでアッパースカイに帰ってこれたのだ。




目の前で未だ口論という名の漫才を繰り広げる二人を見て、そう思った。






その後も多くの友人や知人が彼女を訪ね、部屋からは笑い声が絶えなかった。


しばらく後、外を出歩いた。なぜか一緒に来たパラディーズが隣で喋りかけてくるが、クレスは律儀に相槌を打ちながら、久しぶりとなるアッパースカイの景色を見渡していた。


アッパースカイ、特に神の領土は常に太陽の光に照らされ明るい。久しぶりにこんな空を見た気がした。


そして、外でも彼女の無事に安堵する声、彼女を心配する声をかけられ、その度に笑顔で応えた。



そうするうちに、ある二人組の男がクレスに声をかけた。一人は腰に剣を差して立っており、もう一人は座って合掌している。




「やぁやぁ、もう大丈夫なのかクレス?」


「うん、平気」


「それはよかった。病み上がりのところ悪いんだが…『穢れ払い』を手伝ってもらえないか?コイツ、少し苦労しそうなんだ」




座っている男の傍らには幾重かに描かれた円がある。最も内側にある円の中心が五芒星、その周囲を文字のようなものが描かれた帯となっている、光でできた魔方陣が敷かれていた。その五芒星の上には六つほどの灰色の人魂がゆらゆらと浮かんでいる。




「分かった」




クレスは座っている男の隣に座り、手を合わせ何やらブツブツと唱えると、魔方陣が眩く光り、中央に浮かんでいた魂が硬直した。


その直後、今度は隣の男とクレスが共に口上を唱える。



すると、何かから必死に抗おうとしているのか、魂がブルブル震え、その魂から黒い霧状のものが飛び出した。



「ハッ!!」



今度は立っていた方の男が剣を抜き、一つ、また一つと黒い霧を切りつけていく。


切りつけられた霧は拡散、消滅していき、それを見た男は全身から力を抜いた。






「まだ一つあるぞ!」


「え?」




どうやら背後から仕留め損ねた霧が迫っていたらしい。振り返った男だったが、既にその霧はパラディーズが振り抜いた剣によって切り裂かれていた。



黒い霧を放出した魂は、灰色から真っ白になっていた。




「「転移天(てんいてん)!!」」




最後に座っている男とクレスがそう唱えると、魔方陣が地面から離れ、空中の魂を囲むと中心に向かって一気に縮み、魂を拘束すると上に向かって飛んでいき、やがて見えなくなった。






「ふぅ!助かったよ二人とも」


「全く、最後まで気を抜くんじゃない」


「タハハ、すいません」



パラディーズの説教に頭を下げる男二人。




「しかし、病み上がりだってのに相変わらず大したもんだな!クレスは」


「そんなことないよ、ちょっと鈍ってるし」


「え……あれで?」


「ま、本気のクレスなら魂十五人分くらい余裕で捕縛できるからな」


「ゲ――ッ!?今の倍以上を一人で!!?」




談笑の響きと穢れ払い…


あまりにも懐かしく、居心地がいい。




あの苦しい戦いが


自分がイビルになったことが




今まで下界にいたことが嘘のようだった。






「クレスよ、話がある」




クレスの思考を遮ったのは、パーマがかった白髪と白い髭を胸まで生やした、背の高い老人であった。




「……(おさ)……」




長と呼ばれたその老人は、アッパースカイの全てのエンゼルを統治する者だ。不気味だったメディストルと違い、穏やか且つ厳格といった、正に絵に書いたような人格者、といった雰囲気を纏っている。




「お話とは…?」


(やしろ)で話す。着いて来なさい」







クレスと長、そして何故か着いて来たパラディーズは長の住まい兼エンゼル最大の司法機関である、社の玉の間にいた。


玉の間には神殿を思わせる柱と玉座があり、天井が高く、天窓から光が差す。


そして中央には、青く澄んだ小さな泉がある。この泉に天窓からの光が反射して壁に水の流れや波紋が写り、なんとも神秘的な部屋である。


長が玉座に座り、泉を隔ててクレスとパラディーズが跪いている。




「天地神明の翼が破壊されアッパースカイ全土は混乱し、それに乗じ侵攻してきたイビルは、既に目と鼻の先にまで迫っておる。今はこの神の領土が最後の砦じゃ」




ゆっくりと長は語る。


それを聞き、パラディーズはクッと息を呑むのに対し、クレスは目を見開いて驚いた。


自分がいない間に、ここまでエンゼル達が追い詰められていたとは。




「ここを破られるのも、もはや時間の問題。我々は最後に打って出ようと思う」


「最後に打って出るって……どういうことですか!?」






絶望的であると、最後に打って出ると聞いたクレスが想像したのは、最悪の結果。


清廉な小川とて濁流の奔流に真っ向からぶつかれば、抵抗する間もなく呑まれる。




「戦える者は武器を持ち、イビルと衝突する。その間に、他の者は退避するのだ」




エンゼル全滅という最悪の結果は免れねば、と付け加えるが、神の領土を離れ、戦う者が全員出ていけば結局のところ同じだ。


足掻く、というほどの足掻きにもなりはしない。






「……もはや我々に希望はないのだ……」







長が自嘲気味に放ったその言葉を聞いたクレスは、若干の怒りを表情に含み、立ち上がった。




「そんな風に決めつけないでくださいっ!!希望はまだあります!私は下界に落ちて、ある人に……希望の光に出会いました!!嘘じゃありません!!」




クレスは懐から、二枚の羽根を取り出した。


天地神明の翼、地と風の羽根……。




「下界に落ちたこの羽根は、彼がいたからこそ集めることが出来ました。これからだって!」


「ク、クレス…下界でそんなことをしていたのか!?」




今度はパラディーズが驚いたが、長は眉ひとつ動かすことなく、何故か泉に手をかざす。すると泉の中央から、小石を投げ込んだように波紋が広がり、波紋が止むと





水面に見慣れた金髪の少年が映し出されていた。







「…ソラ!!」





泉に映ったソラは寝かされていた。上にかかった布団がソラの胸部と腹部の部分で上下しているところを見ると、ちゃんと息があるようだ。





「よかった……死んでなくて本当によかった………ッ!」





クレスは目に涙を溜めて笑みを浮かべ、ソラの無事を喜んだ。














『ガハッ!!!』










クレスの安堵の表情はソラが突然血を吐いたことによって歪んだ。



溜めた涙も渇き叫ぶこともなく、目を見開いてただ水面を見る。




『あかん!ソラがまた血ィ吹きよった!アルエ、先生呼んできぃ!』


『分かった!ここは任せたぞヤマト!』




映ってはいないが、ヤマトとアルエの声も聞こえる。どうやら何日にも渡ってソラを看病しているらしい。




『ヴ……ゲホッ…!


……ハァ…ハァ…』





布団をめくり、ソラの服を脱がせている手はおそらくヤマトだろう。


ソラの腹には晒しが巻かれており、その晒しがじわりと赤いシミで染められていた。


シミは、徐々に徐々に広がっていく。




『やっぱまた傷口が広がっとる……くそっ!』




ヤマトは新しい晒しを持ってきて、ソラの腹に強く巻きつけた。その新しい晒しも赤く染まるが、程なくしてなんとか血が止まったようだ。





『……グハッ……ス………ッ!』


『ス?なんや血ィ吐きながらうわべごとを…!』






『グ……ゲホッ……ス…





グッ………










ク…レ……ス………





ご……ッめん……』








「……………!」






再び水面に波紋が立ち、映像が消え泉は本来の水の姿となった。









「この泉を通して見ておったぞ…お前と太陽の力を持つ少年の戦いを


彼は確かに、アッパースカイの希望じゃった。だがもはやこれまで……彼の命もあと二、三日が限界じゃろう



ワシとて諦めとうはない。じゃが、現実は非情。手段はない。熟慮を重ねた結果、これしかないのじゃ。全員で逃げ出すより、戦闘に目を引き付ければより遠くへ逃げる時間を稼げる……」





長の話はもうクレスの耳に届いていない。






あと二、三日が限界





その言葉がクレスに重くのしかかっていた。







世界の希望として見出だした彼が





戦いを通して気を許せる存在になった彼が







あと少しで消えようとしている。








「…ッハァ…ハァ…」







ソラをそんな瀕死にまで追い込んだのは他でもない、










セレネルナとなった自分自身だ。






「ハァッ…ハァッ」





もう希望はない。希望は絶たれた。






「ハァ、ハァ、ハァ…」










アッパースカイと









「ハァ、ハッ、ハッ、」










下界を









「ハッ、ハッ、ハッ…」








絶望に追い込んだのは










「ハッハァッ、ハァッ」










「ハァ、ハァッ、ハッ、ハァッ、ハァッハッ、ハッハァッハッ、ハッハッ、ハァッハァッハァッハァッハァッ、ハッ、ハァッ、ハァッ……!!」






















自分だ――――――……











番外編の後から本編再会です。なるべく早く出来るようにします。



本年も菊一文字及び『Sun and Moon -in chaos world-』をよろしくお願いします。



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