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第27話:月と太陽は共に


あの化け物の群れが、最後に海に現れてから実に九日……。


漁船が海の大蛇に飲まれてから、八日……。








……あの悲劇の戦いから




四日……。








海に隣接した港町、レビタには活気が戻り、様々な店が立ち並ぶ大通りには多くの人で賑わっていた。




その通りから小路へと入る、フード付きの赤いコートに身を包む一人の子供。その子供は、大通りで買い込んだ食料を入れた紙袋を両手に持ち、その顔はフードで覆い被さり伺うことが出来ない。



しかし、歩みを見る限りその子の感情は、明るいものではないらしい。





5分ほどかけて小路を抜けると、大通りとはうって変わって廃虚に出る。



子供は、その廃虚の中でも小さな小屋に入っていった。





「おお、戻りよったかアルエ」



小屋に入ると、いつもしている青いバンダナを外した黒い髪の少年が迎えた。少年はアルエと呼んだ子供の持つ荷物を受け取る。


荷物を渡したアルエはフードをとり、少年に尋ねる。




「まだ……ソラは目覚めんのか?ヤマト…」



受け取った荷物を机に置いて、ヤマトと呼ばれた少年は答えた。



「……おぉ……奇跡的に内蔵はやられてないし命に別状はないんやが……生気が…生きようとする気迫が感じられへんらしい……ソラが生きようとせな目覚められへんのかもしれん……」


「やはり……あの戦いが……」


「……あいつと一番一緒にいて、あいつを守りきれなくて、


あいつを……殺すことになったんや……


そらショックやろな…」




そう話す二人の目線の先には、ベッドで寝たきりの少年、ソラが眠っていた――。







俺は真っ暗な空間に浮いていた。





足を動かしても、地面や壁なんてものはないから意味はないみたいだ。






確か俺は………?







自分の記憶を辿ろうとした時だった。




真っ暗な空間が、一瞬にしてある光景に変わっていた。




浮遊している感覚は変わらないけど、その光景は知ってる。










あの日……クレスと出会った時に見た道だ。










……ああ、なるほど。



こいつは『走馬灯』ってやつか。










始まりは










あの日だった












あの日、調味料しかない冷蔵庫に絶望してナルグの町に買い出しに行った帰り……





彼女は、林の中で倒れていた。






息を切らせ、表情は歪み、苦しそうだった。




見捨てることができなくて、駆け寄った。





「おい!おいっ!」





気を失っていたらしい彼女を、とりあえず家に運び休ませることにした。









「お前…この辺に住んでる人じゃねーな…旅人か?」


「…そんなところ」







目覚めた彼女に何者か聞いても、あまり語りたくない、って感じだった。




そんな彼女に、変に問い詰めても無粋だろうと思っていた。最初は、深く関わろうとは思わなかった。






黒い化け物が彼女を追ってくるまでは。






「ここにいて。絶対ここから出ないで。見つかっちゃうから」


「ちょっ…どういうことだよ!?」


「お願いっ……!」







何かを悟ったような、或いは諦めたかのような儚い笑顔で、彼女の発した言葉を聞くまでは……。







「……助けてくれて……ありがとう……」









過酷な世界を生き、重たい何かを背負う苦しさと、誰も巻き込むことなく、消えるなら自分一人という、悲しい優しさ。





それを抱えて出ていった彼女の背を見て、俺は彼女を救いたいと思ったんだ。





そして、ヤマトと一緒に訓練に励んだ軍から抜けて以来、振るうことのなかった剣を、俺は彼女のために振るった。







「聞かせてくれ。あいつは一体何なのか、お前は何者なのか、




…何を背負ってんのか」







少しだけ、その表情に光が差した彼女は、自分のことを話してくれた。エンゼルのこと、イビルのこと、アッパースカイ、天地神明の翼……。







そして………










「…今頼れるのは貴方しかいないの!





だから………お願い………!」










始まりは、あの日





林で倒れる彼女を見つけた日。










クレスと出会った日。







それからは色々あった。







そして、その度に色々なクレスを見てきた。






つくしを拾って荷物を落とす俺に呆れるクレス。





腹の虫を鳴らして恥ずかしそうなクレス。





俺を危険から遠ざけようと、必死になるクレス。





それでも手伝うと俺が言った時、泣きだしたクレス。





山で疲れたクレス。





夢を見た後の不安そうなクレス。





イシスの森で全滅した軍を見て、取り乱したクレス。





ヤマトにからかわれて、俺と一緒に顔を真っ赤にして叫ぶクレス。





アルエの動きを捉えられずに唖然としていたクレス。





初めて海の中に入って楽しそうに笑うクレス。





そこが敵地だと思い出してアルエと一緒に落ち込むクレス。





何かを心配してオロオロするクレス。





やると決めた時の凛々しいクレス。





優しくて、綺麗な笑顔を見せてくれるクレス。










それは、辛いこともあったけど、今では懐かしくも楽しかった思い出の記憶として残ってる。









これからは……










見れない。










俺が










消してしまった。












俺はクレスを守れなかった。







クレスがイビルにされるのを止められなかった。







クレスを、セレネルナにしてしまった。










そして………










俺がクレスを殺した。












クレス……









一緒にいたかった。









守りたかった。









でも、お前はいなくなった。









死んでしまった。










今までだって、二人いたから出来た。










二人いたから生き残れた。










だから俺もこのまま死ぬんだろう。










それでもいいか。










クレスがいなきゃ……










俺は何も出来やしない…










それほどまでに大切だった。










月は太陽の光があるから輝ける。










でもその月は輝けない。










俺が光れないから。










太陽が










死ぬから。









クレスが最期に見せた穏やかな表情……






そこで俺の記憶は途切れたらしく、ブツリ、とまた元の真っ暗な空間に戻った。








そして、今度は目の前に刺々しく禍々しい形の門と、その門に通じる架け橋が現れた。




瞬間、俺はそれが何なのか理解した。










地獄への門だ。










そうか……










………今から俺は地獄の門をくぐる。







クレスを守れなかった上に自ら彼女を葬った大罪を償うため。









どんなに長くても、どんなに苦しくても、どんなに痛くても、俺は罰を受けよう。









ここにきてやっと俺は一歩、足を踏み出した。






一歩、また一歩と、償いへの道となる架け橋を、踏みしめる。










歩みはゆっくりだが、この架け橋を渡り、門をくぐることを躊躇ってはいないつもりだ。









一歩踏み出す毎に、徐々に視界が暗くなる。








おそらく二度と光を見ることはない……










それでいい。










光……今の俺には、眩しすぎる。














『だめ』










声と共に、誰かの両手が俺の右手を掴んだ。








振り返ると、視界一杯に青白い光が溢れていた。





その眩しさに、俺は目を瞑った。









なんなんだよ…!俺は行かなきゃならないんだ!






『どうして?』








クレスを殺した罪を償うためだ!




こうでもしないと俺の気が済まねぇんだよ!







『月と太陽は一緒……』









あ?









『月と太陽は一緒にいるべきもの……』










そうだよ!俺とクレスも………だから……だからこそ俺は!!










『だからこそ、貴方の行くべきはあそこじゃないでしょう?』










…確かにクレスは地獄になんか行かないだろうし天国にいるんだろうけど、俺にはそこに行く資格はないんだ!!









『……天国になんかいないよ……地獄にも……




だから、貴方をまだ、行かせやしない。






…私が絶対にさせない』










………え?










「…………」








なんか見慣れた天井が視界に広がる。前の時とは色合いが違うけど。アルエの小屋のベッドの上……か。






天井は、右にある窓から差し込む月の光で青く照らされている。今夜は満月か……。








貫かれた傷の痛みと夜特有の肌寒さを感じているところを見ると、どうやら俺は生きているらしい。









「生きている……のか。



なんでだろうな……」





ちょっと自嘲気味に呟いた。虚しい静けさしか返って来ないと分かっていながら。










「私がさせないから………かなぁ?」










左手の暖かみに気づいたのは、その声が聞こえてからだった。









あの、優しくて澄んだ声が。










思わずその声のした方を向く。










………俺はまだ、夢を見ているのか!?










俺の左手を両手で握り、月の光に照らされて美しさを増すその微笑みを向ける……







愛しくて止まなかった天使が、そこにいるなんて……!!












月が高く昇る丑三つ時……青白い光が二人を照らす。


一人は眼前に座る者の姿に息を呑み、もう一人は仰向けに寝る者の手を握り、微笑みを向ける。




「……クレス……?」



ベッドに横たわる彼は、目でしっかりと横に座る彼女の姿を見据えて、名前を呼んだ。



「…ソラ」



彼女は、彼の名前を呼び返した。




……幻ではないのだ。


その姿も、声も、手に感じる温もりも。




「クレス……クレスッ!!」




ソラは目に涙を含め、勢いよく上半身を起こし、椅子に座るクレスに抱きついた。


腹を捩っているため傷に痛みが走るが、強く感じているクレスの温もりと再会への歓喜の念が、それを忘れさせていた。




クレスは初めソラを優しく抱きとめるが、ソラの温もりを感じるにつれ、目に涙が溜まり、腕に力が籠っていく。


彼女もまた、彼の目覚めを、彼との再会を心待ちにしていたのだ。




「クレス…クレス!クレスッ!!」


「ソラ…ソラ!ソラッ!!」




互いに名前を呼び合う。そうすることで、互いの存在を確認していた。




「クレス!!クレスゥッ!!!」


「ソラ!!ソラァッ!!!」




互いを呼ぶ声が大きくなる。








「喧しいわ!!一体何時や思うとるんじゃ!!」


「起きてよかったけど静かに起きろ!!」




バーン、と音を立てて開かれた扉に現れたヤマトとアルエだったが、ソラ以外にもう一人いることに気づき、停止した。


ソラとクレスも、驚いて止まっている。




「クレス…か…?」


「……クレス…?」




二人は鳩が豆鉄砲喰らったかのような表情のまま、未だ信じられない様子で尋ねる。




「ヤマト、アルエ…!」




クレスがそう言うと、ヤマト、アルエは歓喜の表情でクレスに駆け寄った。




「よう戻ってきたなぁ!!クレスゥ!!」


「よかった…本当によかった!!」






あの時確かに粒子となって消滅するのを見たのに、消えた彼女がそこに戻ってきた。



正に、奇跡の再会に喜ぶ一同。彼らの喜びの声は、一晩中廃虚に響いたという。








月と太陽は




また輝く。






光の世界と




闇の世界が






空の下と




空の上が






入り交じる混沌の世界に






再び昇り、此を照らす。










Sun and Moon……






-in chaos world-





今回を以て、第一部完とさせていただきます。


とはいってもキリがいいから形だけ、という感じです。今後も更新の仕方などは変わりません。


今回クレスの再登場に関わる謎が残っていると思いますが、それらを補完する番外編を投稿後第二部開始とさせていただきます。



今後ともSun and Moon -in chaos world-をよろしくお願いします。



それでは、よいお年を。





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