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第26話:落陽



果たしてソラの剣がセレネルナのレイピアと衝突した際、その勢いでセレネルナを吹き飛ばした。狭い路上のためセレネルナは壁に激突し、その間にソラは剣を振りかざし、目の前にまで迫っていた。




もはやレイピアで防ぐ間も、無い。








セレネルナは表情一つ変えなかった。彼女の中ではもう、覚悟しているのだろう。


戦って、負ければ死ぬという、シンプルなこと。降り下ろされる白銀の刃を、セレネルナは受け入れる。









……はずだった。





セレネルナを頭から切り裂くはずだったその剣は、セレネルナの眼前で止まった。










―――――――――――






(やっぱり……斬れねぇ………っ!!)






ソラは泣いていた。己の不甲斐なさに。






迷いは絶ちきれてなかった。



絶ちきったつもりだった。いや、それすらもソラの中で理解していたはずだった。


不慮の事態……突然のセレネルナ襲来にあい、誤魔化していただけだったのだ。





自分が殺される前に、彼女を殺すべきか。自分が生きて、望みを繋ぐべきか。




望みが絶たれるよりも、ずっとマシなはずだ。ヤマト達もそれには同意している。


クレスもそれを望むだろう。








しかし、それでもソラは選べなかった。セレネルナを殺せなかった。




セレネルナを斬るはずだった剣は、ソラの全身の震えが腕から伝わり、カタカタと震えている。泣いているからではない。涙を堪えようと震えているのではない。


恐れているのだ。


初めて人を殺す時、相手の命を断つということに対して恐れることは珍しくない。


しかし、ソラはかつてヤマトと同じ軍に所属し、戦った経験もある。目の前にいる相手も、イビルという人外の者でありソラは何体も葬ってきた。




ソラが恐れているのは殺すことではない。



失うことだ。






ここでセレネルナを殺せば、ソラは永遠にクレスを失うことになる。


それを恐れている。







しかし、失う恐れはセレネルナには、ない。







それは、セレネルナの剣に表れていた。彼女は奪うことを恐れない。ソラの震える剣と違い、彼女の剣は真っ直ぐに、相手の命を奪えてしまう。





今も―――――……。















刹那の後だった。










ソラの腹と背に、棒状の物が、人体にはまず付いてないはずの物が、一直線状に付いていた。




外からは見えないが、ソラの体内で二本の棒は繋がっているのだ。



棒の先は、一方は太くなっている部分を掴む手と、その手を守るため、覆うように施された装飾。もう一方は、触れた者を傷つける、鋭利な先端。




それぞれの棒が付いた根本から、赤い液体が、生命の象徴たる液体が、滲み出るように溢れていた。それはやがて体と棒を伝い、その先に足場を見失うと、小さな雫となって地面に落ちる。




滲み出る赤い液体は留まることなく、また勢いを増すことなく滲み出ているため、それが体と棒を伝う速さにも変化はなく、結果地面に赤い液体がぶつかるのも定期的となっている。
















ぽつり、






ぽつり、






ぽつり、






ぽつり……








半端に閉めた蛇口から漏れる水滴のような、定期的かつ、淡々とした音。


その水滴は、『命』という名の蝋燭の火に垂らされている。
















ぽつり、






ぽつり、






ぽつり、






ぽつり……






垂らされる水滴が、徐々に徐々に、蝋燭の火を小さくしていくように。
















時刻は既に、西の空に闇が差し掛かる頃。東の空がオレンジに染まり、太陽が山に沈みきろうとする時刻。






レイピアで腹を貫かれたソラに、永遠の夜が訪れようとしていた。







「な……!」


「あぁぁ……!」




ヤマトとアルエがやっとソラの元に辿り着いた時には、既にソラは瀕死だった。




壁を背にして立つセレネルナの手から伸びるのは、ソラの腹を貫通したレイピア。






「ソラァァ―――!!」


「ソラッ!!」






叫びながら、ヤマトは刀を、アルエは苦無をそれぞれ抜く。




一足先に駆け出したのはアルエ。ヤマトは足の傷により素早く動けず、アルエよりも遅くだが、駆ける。





最悪の場合がとうとう起きたのだ。




「チクショウ!!チクショウッ!!ワイらは何も出来んかった…!!」


「私達は生き残り、ソラが殺されて…!!」



怒りとも悲しみともとれる感情を、セレネルナにぶつけようとする二人。


その時、セレネルナが口を開いた。







「……ソ……ラ……?」






ヤマトとアルエは足を止めた。セレネルナの、ソラの名を呼ぶ声があまりにも穏やかなものだったから。



二人が彼女の表情を伺うと、目を見開き、口も半端に開いている。まるで、信じられないものを受け入れきれていないといった表情だった。





やがて、目の前の光景を認識した彼女の表情は大きく歪んだ。





「…ソラッ!?ソラ!!


ソラァァァァァァ――――――ッ!!!!」





目に涙を溜め、大きく名を呼ぶ。ソラに届くように。




そこにいたのはセレネルナではない。





姿形はセレネルナだが、その表情は紛れもなく、かつて共にいて、見てきた『クレス』のものだった。








黒い粒子によって奪われたクレスの意識は、粒子と同化して消えていた。



次に気がついた時も、始めは朦朧としていた。まるで自分がイビルになる瞬間に意識が途切れるまでが永い夢だったように、夢から覚めたかのように微睡んでいた。



徐々に視界が捉える風景の情報を脳に伝達するのがひどく遅い。目覚めたばかりの脳が情報量に圧迫されないように、体が本能的に調整しているらしい。覚醒仕切っていない心の何処かで歯痒さを感じながら、情報をひとつひとつ処理していく。



まず視界に映ったのは、見慣れた金髪、次いで顔。表情は虚ろで、生気が感じられないが、紛れもなくその顔は……







「……ソ……ラ……?」






視界に映る彼の、変わり果てたかのような様子に、まさかという仮説を立て異様な悪寒を感じながら、脳は次に、嗅覚からの情報を読み取った。


鼻を突き刺すようなものではなく、どこか淀んだ、鉄のように鈍い匂い。その匂いが、葛藤に揺れていた仮説を徐々に確信の方へと傾かせた。


そして触覚。背中に感じられる固く平たいものは壁だろうか。そして右はが、冷たい管状の何かを握っているらしい。何かに固定されているように、簡単には動かせないが、固定自体は甘く、強く力を入れれば動かせるくらいの感触だ。その何かを握った手の上を、三、四本ほど何か生暖かいものがツゥー、と伝っているのが分かった。手を伝ったそれは手の丸みに忠実に沿って、最後の地点に溜まったそれは丸い形を作り、重力に従って落ちた。











ポチャリ













浅い水溜まりに水滴が落ちる非常に小さな音を、聴覚は捉えていた。



それに反射してクレスは目線を下げる。




ソラの足元に広がる赤い液体。


徐々に目線を上げていくと、ソラの情報を次々と認識していく。赤い液体で濡れたソラの服、剣が握られてはいるが、だらんとした腕、目は虚ろでまるで生気が感じられない顔、


そして、彼の腹に突き刺さる細い刃、その柄を握る、クレス自身の右手……。








「…ソラッ!?ソラ!!


ソラァァァァァァ――――――ッ!!!!」










その時、世界が真っ黒になったように思えた。





その一瞬で、俺の五感は絶たれた。









俺を貫いた刃を握る人物も見えない。




自分の呼吸の音も聞こえない。




腹から流れているだろう血の匂いも嗅げない。




口に含む血の味も分からない。




貫かれた痛みも分からない。






ただ、俺は貫かれた。

それだけは理解していた。







………ああ、どうやらいよいよ『その時』が来たみたいだ……頭がぼー…っとして……意識が…………薄……く……












悪いな…クレス……俺は『希望』にはなれなかったみたいだ……。



ずっと信じてくれてたのに、ずっと支えてくれてたのに、こんな形で裏切っちまうなんて……。



クレスも守れず、その意志も継げず……最低だよなぁ……。







クレス………。







死ぬ前に…お前のことが思い浮かぶなんてな…。



また………お前の笑顔が見たかったなぁ………。





最初は、どこか放っとけない、って感じだった。



けど………何時からかな……





その優しくて綺麗な笑顔が………



その澄んでいて高い声が………



愛し…………かっ……………た………。










『……ソ……ラ……?』





……え…?





『…ソラッ!?ソラ!!


ソラァァァァァァ――――――ッ!!!!』





クレス……!?

いる…のか?クレス!








クレスッ!!!!









ふと、呼び戻されたソラの意識が、彼の右手の感覚と視覚を取り戻した。





右手に感じる温もりは、二種類あった。






ひとつは、自分の手を包み込む肌の温もり。温かく、そして強い。






もうひとつは、一筋の液体が手を這う感覚。妙に生々しく生暖かく、寒気がする。







誰かの両手と、血。それが、右手が感じたもの。










そして、視覚が感じたものは………













「……これで……許される…とは…思ってない……けど……



ごめん……ね………」












剣を持つソラの右手を掴み、自分の腹に刃を突き立てて笑いかける、セレネルナ……





…いや、クレスがいた。











「な……何やって……んだよ……!!」



目の前でとったクレスの行動に驚き、そして言葉を絞り出した。




「だ…って…私のせい……で……」




クレスも、必死で言葉を紡ぐ。少し掠れた声が、彼女が弱まっていくのを認識させる。





「これが……私なり…の……けじめだから……ソラを…巻き…込んだ挙げ句に…殺した……私が…許せないの……


だから……私も一緒に……死ぬの…!」



「このバカ…!巻き込まれたなんて…覚えはねぇ…俺が自分で…飛び込んだんだ…!殺されること…だって…覚悟しているさ…!お前のせいじゃねぇ!!」



「違う!!私が会わなければよかったの…私がソラに希望を寄せたせいで……ソラだけじゃないよ……私が関わった人はみんな……みんな………!!」









「ふざけんなや!!!」





クレスの言葉を遮ったのは、今まで黙って二人のやりとりを聞いていたヤマトであった。




「出会わなきゃよかった?迷惑かけた?だから死ぬ?そんなんでワイらが、出会ったみんなが納得するかいな!!なんのために出会って一緒に駆けて来たんや!!」


「私達も、もう出会った!そのことは今更変えることは出来やしないし、第一クレスに出会ったことに後悔なんてない!!クレスが死ぬ方が、よっぽど辛いし後悔するんだ!!」



「ヤマト………アルエ………!!」






「生きてほしい……辛い…ことのあったお前…だからこそ…生きて…楽しく生きてほしいんだ……!…そのために…それが出来る…世界にする…ために俺は……俺達は戦って…んだから……!!」





「ソ……ラ…ッ!!!」





三人の、嘘偽りなど微塵も感じられない訴えに、クレスの目に涙が溜まる。と同時に、ある思いが湧いてきた。


先程まで償いのために投げ出そうとした命だが、ここにきて、生きたいと強く願い始めた。








しかし、皮肉なことに、クレスの体がほんのわずかに足から崩れ、粒子となり始めている。そう、今の彼女はイビルなのだ。死の時は粒子となり、天に昇る…。


通常なら一瞬で全てが粒子と化すが、この時は即死でないためか、徐々に粒子となっていくらしい。しかし、それはクレスが生きていられる時間…即ち残り少ない寿命を表していた。







「あかん!クレスが…クレスがっ!!」




いち早く気づいたヤマトの声にアルエが、そしてソラがクレスの変化に気づく。




「おい…クレス……クレスッ!?」





ソラの目に涙が現れ、顔に歪みが増す。彼女にかける声も、悲痛なものとなっている。




「急いで医者を連れて来る!!」

「駄目っ!!」




アルエが駆け出そうという瞬間、クレスに止められた。





「もう……私は駄目……だよ」




「まだ…まだ自分が悪いって言うんか!!?」


「そうじゃないの!!


……私だって……死にたく……ないよ……



…どうしてかなぁ……?私って……どうして身勝手で…自分のことばっかりで……残されるみんなのことを考えないんだろう……私……もっと生きていたいよ……!みんなと一緒に……いたいよぉ……!


でも…でもっ……!!」




目に涙を溜め、泣き出すのを堪えるように話す彼女に、ヤマトはそれ以上、何も言えなかった。


生きたいと願うクレスの足は、無情にも消滅していく。足が消滅していくと同時に、残った体が地につく足代わりを求め、段々と下がっていく。目の前にいるソラからしてみれば、まるでクレスが地面に沈んでいるように見えていた。




「クレス頼む……!!生きて……生きてくれ……!!」


「ソラこそ……死なない……で……私はいいの……イビルになってから……こうなる……って…分かってた……から……」


「ダメだ…ダメだダメだダメだぁぁっ!!


……こんなの……こんなの……!!」


「私だって……ソラが死ぬなんて……やだよ…


うっ……!」


「うわ…!」




クレスの粒子化は、腰まで達した。一気にバランスを失ったクレスは、壁に沿って左に倒れる。剣が刺さっているので、ソラも共に倒れた。




ソラとクレス…。互いに瀕死の身でありながら、相手の心配をする二人。しかし、どうやら逝くのは、クレスが先らしい。ソラの腹に刺さるレイピアよりも、クレスが自ら突き刺した剣の方が太く、致命傷になっているのだ。






「死ぬなクレス……死ぬな……死ぬなぁ!!」







これ以上見るには耐えられないという風に、目を瞑り俯きながらソラが叫んだその時、ソラが握る剣の刃が、黄金に光りだした。




同時に、崩れていくクレスの体が変化した黒い粒子が、黄金色へと変化した。




「不思議……なんだか……とても暖かい……」




ふと漏らしたクレスの言葉に、はっと顔を上げたソラが見たのは、まるでクレスの周りを、大量の蛍が飛び交っているような光景。


その蛍が削れていくクレスの命と引き換えに現れたものでなかったら、純粋に美しいものだっただろう。













不意に、クレスに握られていたソラの右腕が自由になった。と同時に、剣の刃も解放された。



クレスの粒子化が腹を通り越して胸にまで来たのだ。










あと僅かで………………










「ソラ……こんなことになっちゃって……ごめんね…?でも私…満足だった。みんなに……ヤマトにアルエに……ソラに出会えて……本当によかった」



「あ……あ………」




ソラは既に言葉を発する事も出来ず、目の前で消えゆく少女の言葉に耳を傾け、ただ見ているしか出来なかった。




「こんなこと……私のわがままだって分かってるけど……


ソラは………私に出会えて………よかった………か………な………?」

























陽が沈みきる頃には、クレスの姿は跡形もなく消えていた。







そして、ソラも喋ることも、声を上げて泣くこともなかった。











ただ、ソラの目から伸びる一筋の赤い跡は、彼がどのような気持ちでいたのかを語るには、十分だった。








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