第19話:その老人、マスターイビル
3月入ったのにまだ雪降るか…体調に気をつけましょう。
第19話です。
ソラとクレスは老人のイビルとイビル四匹によって連行され、武器を取り上げられた上で牢屋に入れられた。同じ部屋ではなく、通路を挟んで向かい合った二部屋にそれぞれ放り込まれてしまった。
手が届かないため、クレスのポータブルサンの回復も出来ない。
「しばらくそこで待っておれ、フェッフェッフェッ」
老人のイビルがそう言い残し、四匹のイビルと共に去っていった。
ソラはふと、正面に捕まっているクレスを見た。
満身創痍のクレスは俯せに倒れていた。もう立ち上がる気力も無く、心も折れているらしい。
「クレス!大丈夫か!?クレスッ!!」
ソラが必死で呼びかけると、クレスはそれに気づき頭をゆっくりとソラの方に向ける。
「う……ソ…ソラ…?」
つらそうに頭をわずかに上げ今にも消えそうな声でクレスは応える。
「ソラ……怪我は…してないみたい…だね………よかった……」
「俺なんかよりお前だろ!!大丈夫か!?」
「私は…大…丈夫……心配かけて…ごめんね……」
クレスは弱々しく途切れながらも答え、力を振り絞って笑顔まで作った。
そんな必死な笑顔など、「大丈夫」である根拠になるはずがないが、それでもソラの心配を軽くしようと努めている。
だからこそ、助けたかった。彼女にそんな無理な笑顔にさせない、自然と笑わせてやりたかった。
なのに…………
(くそっ…!目の前にクレスがいるってのに…!助けられずに俺まで捕まっちまって……牢の中でもあいつに何もしてやれないなんて……!)
状況は最悪。残された希望は、あの二人…とはいえ彼らは既にイビル達に見つかっている。
まだ捕まってなければいいが………
「ぬああ!」
「くおお!」
希望の二人…ヤマトとアルエはイビルの追手から逃走していた。隙あらば立ち止まって何匹か倒し、また逃げるということを繰り返し、数十匹いたイビルはいつの間にかその数を十匹以下に減らしていた。
「はあはあ…あ、あれ?あいつらあと残り僅かやんけ」
「ということは…」
二人、顔を見合わせて頷き互いの思考が一致していることを確認すると、立ち止まってイビル達の方に振り返った。依然奴らは追ってくる。
しかし、一切焦ることなくゆっくりとヤマトは二本の刀、アルエは苦無を抜く。
「あの程度の数なら!」
「怖くないわい!」
二人と数匹がぶつかり合ってほんの数秒後、そこに立っているのは二人。他は皆黒い粒子となって消滅した。
「やっと片付いたな……ここどこや?」
「走り回っている内に分からなくなったな……まず、ソラとクレスを探そう」
二人は、今度は隠れずに堂々と歩き出す。あれだけのイビルの見張りを片付けたのだから、もうイビルはいないだろうと踏んだのだ。
「ギャオオォォ!!」
獣のような声が聞こえた。声のした方に振り向くと、海岸で遭遇したあの半魚人タイプのイビルが一匹いた………
「まだいたんかい!!」
「もううんざりだ!!」
二人の中で、イビルがまだいた、という悲観より、もうイビルなんて見飽きた、という怒りが上回ったらしく、約七話ぶりに登場した半魚人タイプのイビルは一瞬にして撃破されてしまった。
その後も、二人はソラ達を探して海底都市を歩く。
時々猿タイプだったり半魚人タイプだったりのイビルと遭遇、今度は大事になる前に倒していった。
自分達は乗り切っているものの、これだけの数のイビルが潜む危険な場所だ。別行動した二人の仲間が気がかりだ。特に一人は戦闘力が低い。
「あの二人はどこにいるのだ?」
「私達の現在位置も分からんし…」
「どうしたものか…」
アルエが一人、言っている。話しかけたつもりの相手が、近くにいない。
おそらく…後ろか。
「ヤマト!聞いているのか!?」
怒気をはらみ、振り返って叫ぶアルエだったが、後方数十メートルにいるヤマトは、体をアルエの方にすら向けていなかった。その目線は、ある物を捉えていた。
只事ではなさそうだと思ったアルエは怒りを鎮め、ヤマトの元へ近づいた。
「ヤマト、どうしたというのだ?」
「おう…これやねんけどな……
これどう考えても人為的な穴やんな……」
そう言ってヤマトが示したのは、柱が遺跡に倒れかかり、壁を破っている様。
ヤマトはさらに、倒れた柱に注目していた。
柱は、切り傷を重ねられて倒れたようだ。まるで斧で木を切り倒すように…。
つまり、自然現象ではないということだ。そして、ここにいるイビルがこんなことをやってメリットがあるとは思えない。つまり、
「多分、ソラがやったんやろな」
「では、二人はこの中に…?」
「まず間違いないやろ。でも…なんでこんなことをわざわざやったんやろ…イビルはやるはずないけどアイツがやる理由もよう分からんな…」
「この中に何かあるということか…?まあ、合流出来れば分かるな」
「そやな、行くで!」
「うむ!」
二人は穴に飛び込んだ。
牢屋に捕まっているソラとクレスは、何も言わないままだった。
クレスは、頭をうなだれてもはやこの世の絶望のような顔をしている。体もぐったりさせ、かろうじて座っているようで、生気が失せている。もうさっきソラに見せたような笑顔を見せるような力も、気も、微塵も無い。
一方ソラは、膝立ちで両手は鉄格子を掴み、頭を垂らし絶望に怒りを含めた、唇を噛み締めたような表情をしている。しかし、目線はある一点に集中し、その目は何かを睨んでいた。
ソラから見て右の前方…クレスの牢の右の牢…
その中にいる人物……
「そんな睨まんでもええやん…しゃあないやんけ…」
ヤマトとアルエが中にいる。勿論武器は持ってない。
「不覚だった……不審な穴に入った先で待ち伏せされていたとは……」
「不審だと思ったんならなんで入ったんだよ…」
「何言うてんねん、あの穴開けたんお前やろ?せやからお前に合流できる思うて…」
「そうだよ、俺が開けたよ…だからこそ不審な穴としてイビル達が見に来ることくらい分かるだろうが…」
「逆に、お前が追われてるかもしれん思て来たんやないか」
「情けねえな……」
「先に捕まったんはお前らやろが!情けないのはそっちや!」
「何を!!」
「なんや!!」
「やめてよっ…!!!」
ソラとヤマトの口喧嘩にクレスの声が割り込んだ。それは、満身創痍の口から出たとは思えないほどに気迫に満ち響いた。ソラとヤマトも気圧されて鎮まった。
辺りの空気が鎮まった後、クレスは今度は消えそうなくらいに弱い声で言う。
「……やめてよ……二人とも悪いわけじゃないんだから……」
ソラもヤマトも、そしてアルエも、何も言わなくなった。
「そうじゃ。喧嘩はよさんか…」
老人の声が聞こえた。
「これから死ぬ者同士、仲良くやればいいじゃろ…フェッフェッフェ…」
老人のイビルが、猿タイプのイビルを四匹、ソラが捕まった時にいたトカゲ型のイビルを四匹連れて入って来た。
「準備が整った。さて、まずは出てもらおうか」
老人が指示すると、猿のイビルが牢屋を開ける。開放された四人の周りを計八匹のイビルが取り囲む。トカゲ型のイビルが口に黒い矢を形成していたため、武器を取られた四人は何も出来なかった。
「なんの準備をしてたってんだ?」
「フェッフェッフェ……貴様らにふさわしい舞台を用意した…」
ソラが老人を睨み、尋ねるが、老人は余裕の態度で答えた。
連行されるソラ達と連行するイビル達の一行は約十五分ほど廊下を歩いていたが、やがてひとつの大きな扉の前に来た。
老人のイビル自らがその扉を開け、一行を中へ招き入れる。
扉の中は大きな闘技場だった。ドーム状で、高い位置に観客席まであり、入って来た扉と反対側の奥にもうひとつ扉がある。まるで野球場だ。
ドームの天井から海が見えている。このことから、最初にクレスが触っていた海底都市を覆うガラス状の何かで出来ていて、遺跡とは離れた場所に作られたのだろう。
先ほど歩いた廊下は、おそらく渡り廊下だったのだ。
その闘技場の中央まで歩を進めたところで、先頭の老人が振り向いた。
「さて…まずはようこそ海底都市タツノミヤへ…ワシがここを統治するマスターイビル、メディストルじゃ」
メディストル…その名にいち早く反応を見せたのはクレスだった。
カプセルの部屋で隠れた時、イビルが口にした名前だ。
「あなたが…メディストル…!」
クレスが相変わらず弱い声で言う。目線だけはメディストルを睨もうとするが、力強さは無い。
故に、メディストルと名乗る老人は余裕だ。
「ほう…既にワシの名をどこかで聞いていたか…まぁ、どうでもよい」
一方ソラは、このメディストルというマスターイビルに疑問を持っていた。
過去戦ったフォルテアノやエンテロットは特異な能力を持ち、格闘能力もあったが、目の前にいる、このメディストルというマスターイビルは、見かけは老人で、格闘能力に長けているとは思えない。今のところ、特異な能力も見せていない。
「マスターイビルと言っても、ワシは見ての通りの老いぼれ、お前らと正面から戦う力など無いわい」
メディストルは、ソラの疑問を見抜いたように話し始める。
「では何故、ワシがマスターイビルの地位を持っているのか……それはいずれ分かるじゃろう……
嫌でもな……フェッフェッフェ……」
それを聞いた瞬間、ソラ達四人は背筋に何かぞくりとしたものを感じた。
単純な、圧倒的な武力に対する戦慄ではない。何か……歪んだものだ。
その歪んだものの正体こそ、この老人がマスターイビルである所以なのだろう…。
展開がなかなか思いつかない……ほぼ毎日次話投稿している方々は凄いなぁ……
未熟な私と作品ですが、今後もどうかよろしくお願いします。