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TALES OF 【暗闇と変装】

 レバンヌの報告を受けたエディアールは、汽車が出発して速度が安定するとすぐにアステルナータとセキレイがいるコンパートメントへと入ってきた。もちろんフォックも一緒だ。


「まずいな、こんなに早く気付かれるとは思っていなかった。今晩くらい、ホテルでのんびりしていてくれないものなのかな」


「おそらくは、部下が見張っていたのでしょう。……迂闊でした」


 アステルナータはソファに座ったまま、立ち上がっている三人を見上げる。レバンヌは再びアステルナータの膝の上を陣取り、現在は姿が見えるようにしていた。自分も話に加わるためだ。


「マイクは、ほとんど駆け込みだったから最後尾の車両に飛び乗ったはずだ。あんた方はもちろん、今は協力者としてアステルも探してるんじゃないか?次の町で降りたとしても、それまでの一時間を乗り切れるか?」


「そ、そうよね……。きっとこの汽車のコンパートメントを探し回るだろうし。あ、姿を隠す魔法は、高度すぎて私じゃとても。魔術も、ここじゃ無理だと思うわ。……先に言っておくけど」


 エディアールはアステルナータの方を向き、頷く。そして神妙な面持ちでフォックの方を見た。


「やつは、今の僕の格好を知っているに違いない。そこで、目を欺く必要があるのだけれど……成功すると思うかい?」


 フォックは一瞬考え込む。


「成功の可能性はありますが……まさか、アステルナータさんと?」


 そう訊ねられたエディアールは、首を振って否定した。


「いや、……全員だよ。あ、レバンヌは含まれてないからね」


 エディアールの言葉に、いまいちついていけないアステルナータは、首をかしげた。





「だ、だ、だからって! なんで私がエドの服を着なきゃいけないのよ!」


「仕方が無いだろう? 変装でもしなければ、いずればれてしまう」


 エディアールが考え出したのは、服装を取り替えて別人になりすますというものだった。余分な服はアステルナータの着替えしかない。


「身長が合わないわよ! 私はフォックと交換するから、エドはセキレイと交換すればいいじゃない」


「……マイ・ロード。その方がいいかと思います」


 セキレイはそう言い、エディアールを隣のコンパートメントへと追い立てる。


「どうせなら、アステルの服でもいいと思うぜ? そんな燕尾服着ても、やっぱりバレるだろ」


 レバンヌが二人の後姿に声をかける。ついでに、本人が望んでいたことなんだしな、と皮肉を交えるのも忘れない。


「それもそうですね。マイ・ロード、異論は?」


「……ないよ、セキレイ」





 アステルナータはフォックの燕尾服を着たまま、ソファに腰かけていた。長い髪は低い位置で縛ってある。アステルナータの着替え用の服に身を包んでいるフォックは、部屋にもともと設置されている鏡の中の自分と睨みあっていた。


「似合ってるとは思うんだけど……。ねえ、レバンヌ?」


「オレに聞くな」


 似合う似合わないの問題ではないことは解っていたのでなにも言えずにいると、エディアールが先程まで着ていた服に身を包んだセキレイが、アステルナータのいるコンパートメントに入ってきた。


「エドの着替えはすみました。フォック、エドの所へ。アステルは私と一緒に。よろしいですね?」


 フォックはできれば外には出たくないという表情をしながら、出て行った。セキレイはアステルナータの座るソファの向かいにある一人掛け用のソファに腰かけた。


「一応、エドと考えた作戦を話しておきます。あらかじめ、扉には就寝中という札はつけてありますが、追っ手がはじめにこのコンパートメントに入ってくることを想定して、私はアステルの執事のフリをして、隣のコンパートメントは淑女二人が寝ていることを伝えます。話の流れにより、一度隣も僅かに覗かせます。そして納得してもらい、帰るよう促します。なにかご質問は?」


 アステルナータは一度頭の中でセキレイの言った事を整理し、そして訊ねる。


「さっきから、エドって呼んでいるのはなぜ?」


 的外れなアステルナータの質問に、セキレイは苦笑した。


「それは、エドが今は主人じゃなくて、ただの淑女だと仰ったからですよ。ちなみに、偽名はエリアーゼです」


「私はたしかアリオンだったわね。それで、セキレイがセレウス、フォックがフェリア……よね」


「ええ、そうです」


 実際に呼ぶ機会はなさそうだとは思いつつ、アステルナータは忘れないようにしようと努める。


「それと、私は姉妹二人と帰宅途中の兄っていう設定だけど、本当に何も喋らなくていいのね?」


「アステルは声も顔も知られているでしょうし、なにより、男性のように喋るのは苦難かと」


 セキレイはアステルナータをよく解っている。アステルナータは安堵した。

 アステルナータがベッドの上に横になり、できるだけ頭まですっぽりと布団をかぶり寝ているフリをしていると、突然、扉がノックされた。それだけで心臓が高鳴るアステルナータを安心させようと微笑んだセキレイが、そっと扉を開ける。

 そこには、案の定マイクが立っていた。しかも、相当量のコンパートメントを見てきたせいなのか、僅かに苛立っている。セキレイは笑顔を作った。


「なにか、我が主にご用が?」


 マイクは頷き、簡単な理由を述べる。


「実は極秘任務で人探しをしているのですが、金髪で長髪の男性を見かけませんでしたか?」


「いえ、まったく。すみませんが我が主は就寝中なので、できれば明朝お越しいただけるとありがたいのですが」


 セキレイが丁重にお断りしたにもかかわらず、マイクはどうしても中に入って、少しだけ探させてもらう事はできないかと頼み込んだ。もちろん執事の独断ではそんなことはできない。


「……では、隣の部屋は?」


「隣は、我が主のご姉妹がご就寝なされております。とにかく、主の睡眠を妨げ、さらにはプライバシーの侵害を手助けするつもりはございませんので、主がお目覚めになるまでお待ち下さい」


 セキレイはぴしゃりとそう言い放ち、マイクは断念したのかこの車両を去っていった。セキレイはその背中を見送り、そしてコンパートメントの扉を閉めた。


「アステル、とりあえずは安心していいかと。あとは、次の町に着くまでにどうするか考えましょう」


 アステルナータは布団から脱出し、ベッドの端に腰かける。


「レバンヌ、エドに連絡をお願いできる?」


 レバンヌは美味しい缶詰を交換条件に、エディアールのもとへと連絡しに行く。しばらくして、着替えを持ったエディアールとフォックが、変装した姿のままコンパートメントに入ってきた。

 アステルナータの寝巻きに身を包むエディアールは、髪をおろしているという事もあり、背が高いだけの美少女に見えた。一方のフォックは、やはり不機嫌な顔をしていた。


挿絵(By みてみん)


「うわぁ、なんだかエドに負けたような気がする……。なにがとは言えないけど……」


「アステルは、何を着ても似合うね。燕尾服姿もなかなかいい」


 エディアールの軽口は無視するとして、アステルナータはレバンヌの姿を探した。が、しかしレバンヌはどこにも居ない。


「エド、レバンヌはどこへ?」


「レバンヌなら、僕からの依頼でマイクの行動を監視しているよ。高級チョコレートと引き換えにね」


 食い意地がはっているレバンヌは、きっと自分の気がそそる食べ物と引き換えならどんな仕事でもするのではないかと、たまにアステルナータは思う。レバンヌがマイクを監視してくれるのはとてもありがたいのには違いないのだけれど。


「予定が狂っていなければ、あと十五分で次の町へと着きます。その町では十分停車し、その後はノンストップで終点へと向かいます。レバンヌが何かこちらに不利な情報を仕入れてこない限り、その十分の停車時間を利用して、窓から外へと脱出しましょう」


「残念、その不利な情報だぜ」


 とつぜん声がしたかと思うと、扉の前にはレバンヌが二本足で立っていた。


「どうやらマイクはこの車両が一番あやしいと思っている。朝まで踏み込むつもりは無いらしいが、万が一のことも考えて見張るんだそうだ。どこから見張るかまでは言っていなかったが、まあ、たぶん次の町で下車できないようにするつもりだろう。ちなみに、終着駅には部下をわんさか送り込むようにと無線電話機で喋っていたぞ」


 それを聞いた全員が、渋い顔をした。


「窓から逃げたとしても、すぐに気付かれるだろうね……」


 エディアールがそう呟く。セキレイもフォックも同意を示した。

 アステルナータは深く考え込むように、口元を掌で覆う。


「もし、偽装できるなら、どう?」


「偽装?」


 エディアールはアステルナータに聞き返す。


「ええ、そう。例えば、どちらかの部屋の……そうね、クローゼットの中からでも、怪しい音がしているってマイクさんに嘘をつくの。そうして、マイクさんの注意をひきつけることはできないかしら」


 アステルナータは言ってから、この数時間で自分に悪知恵ができてしまったのではないかと思ってしまう。よくよく考えれば自分は無関係なはずで、エディアールが目の前に現れた時から、色々間違っているような気はするのだ。しかし今マイクに捕まりでもしたら、間違いなく監禁されるだろう。アステルナータは結局保身のために、エディアール達の逃亡を手助けしなくてはならない状況に追い込まれているのだ。


「できる……と思う。隣のコンパートメントのクローゼットの中から音がしていることにしよう。それで、姉妹が気味悪がっているから、かわりに見てくれないかと持ちかける」


「でしたら、出発間近にそう持ち掛けましょう。そうすれば、上手く逃げ出せた時には汽車は出発しているでしょうし」


「そうだなセキレイ、それがいい。次の町には運河が通っている。今夜はホテルにでも宿泊して、服なんかを着替えて変装して行こう。移動手段は船になるが、まあ……大丈夫だろう」


 アステルナータは頷いて、その作戦に同意したことを示す。それをエディアールは確認して、手を一度打った。


「さて、それじゃあ着替え直そう。なんせこんな格好じゃあ動きづらいからね」


 とりあえず、もう隣のコンパートメントには何も荷物は無いので、全員がここで着替える事になった。まず初めはアステルナータ、そしてフォックが、エディアールが着替える。しかし、完璧に着替え直したアステルナータやフォックとは違い、エディアールは上着をセキレイから返してもらおうとはしなかった。


「なぜ、上着を着ないの?」


「それは、セキレイがさっきとは違う格好をしてマイクに会いに行ったら、疑われるかもしれないから。それだけだよ」


「ああ、そういえばそうよね。わかったわ」


 アステルナータは理解し、頷く。丁度その頃から汽車は減速を始めていて、もうそろそろで町に着くというアナウンスが流れていた。


「作戦決行は丁度二分前になってからだ。フォックはアステルの荷物を。僕はアステルを守るから、よろしく。セキレイはやつが隣のコンパートメントに入った瞬間こちらのコンパートメントに入り施錠をして、そして後を追う。もしはぐれた場合の落ち合う場所は、駅の外にある大きな時計塔の正門、中央街にあるハトの石像の前、今夜宿泊するホテルのいずれかだ。まあ、アステルは覚えなくても、僕がしっかりエスコートするから大丈夫だよ」


 そう言って、アステルナータに向かってウインクしてみせるエディアールは、頼もしいのだか頼りないのだかわからない、とアステルナータは思う。


「一番は僕だ。二番目にアステル。三番目にフォックという順番で、窓から出よう。……もう止まるよ」


 エディアールがそう宣言した途端、本当に汽車は止まった。それから十分間の休憩に入る旨が放送で流れ、エディアールが懐中時計で時間を確認する。アステルナータの鞄はフォックが用心深く持ち上げた。


「さあ、あと一分だ」


 エディアールが呟く。あと一分しかないという事実に身を固めたアステルナータの肩に、不意にレバンヌが登った。姿は見えないようにしてあるので、誰も気が着いていないようだった。


「ど、どこ行ってたのよ? なんか姿が見えないと思っていたら……」


「親切にマイクの行動を見張ってたんじゃねーか。あいつらが捕まろうとオレの知ったことじゃねーが、あいつらが捕まると高級チョコの約束が長引きそうなんでな」


「まったく……レバンヌはもう少し自分の身の振り方を考えた方がいいんじゃない?」


 アステルナータとレバンヌがこそこそと話をしているうちに、時間が来てしまった。


「時間だ。さあ、行こう」


「あっ、うん」


 アステルナータは引っ張られ、窓際へと近寄る。エディアールは軽い身のこなしで飛び降り、軽やかに着地した。


「さあ、おいでアステル」


 自分にむけて手を伸ばすエディアールを見下ろしたアステルナータは、一瞬こいつに身を預けてもいいのだろうかと心配になったが、そんな時間が無い事は分っていたので、心配事はこの際考えなかった事にして、思いっきり窓から飛び降りた。アステルは恐さのあまり目を瞑ってしまったが、ふと目を開けると、目の前にはエディアールの整った顔があった。


「うっ……は、早くおろして」


「わかった。お気をつけて、レディ」


 アステルナータはゆっくりと砂利の上に降ろされた。アステルナータが後ろを振り返ると、今まさに窓を飛び越えたフォックが、着地したところだった。


「さあ、あとはセキレイだけだ……」


 エディアールは緊張しているからなのか、声を強張らせる。その時、急にエディアールの前にフォックが歩み出て、エディアールにアステルナータの鞄を手渡した。


「少々てこずっているようなので、手伝いを」


 そう言って窓からまたコンパートメントに入っていったフォックは、アステルナータから見てもかなり緊張している面持ちだった。たぶん、少々てこずっているどころではないのだろう。

 それはエディアールも承知したのか、だまって歩き始めた。アステルナータの手を引くのは忘れない。


「あ、あの、二人を置いていってもいいの?」


「僕は、あの二人を信用している。再び僕の前に生きて現れるってね」


 エディアールはそう言うと、これ以上の会話はなしだという意味で、立てた人差し指を自信の唇に当てると、アステルナータに頷いてみせる。

 アステルナータも意味をなんとなく理解して、頷き返した。

 二人は早足で汽車の最後尾の車両を迂回し、そして駅のホームへと登れる階段を登ると改札口で切符を見せ、終点で降りるはずがこの町で降りなくてはならなくなった訳を適当に誤魔化し、口止め料としてチップを払う。駅員は頷いて改札口を通してくれ、エディアールは再びアステルナータの手を引いて普通の速度で歩き出した。

 深夜だということもあり、閑散としている駅前通は、恐怖心を煽るのにはもってこいだった。


「ねえ、あの二人大丈夫かしら? 私たち……逃げ切れるわよね?」


 つい喋ってしまったアステルナータを責めるわけではなく、優しく微笑み返して、エディアールは返事を返した。


「大丈夫。なんせ僕がついているからね。 ――ほら、後ろをご覧」


 そう言われて後ろを振り返ったアステルは、二人の黒い召し使いが駆け足で近寄ってくるのを見た。

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