TALES OF 【魔術師と猫】
夜も更けた街の裏路地に、足音が響く。青年は息を切らしながら物凄い速さで石畳を駆け抜けている。その足音が何重にも響き渡り、まるで何十人もそこに人が居るかのようだった。――否、何十人もの人が、青年を追いかけて同じ石畳を走っていた。
「まてっ! この野郎っ!」
待てと言われて、待つ人間はそうそう居ない。青年は肩越しに後ろを振り返り、追っ手達を睨んだ。
「……フン、誰が……待つか」
青年は泥と傷だらけの四肢をこれでもかと言うくらい素早く動かし、ゴミ箱を踏み台にして二メートルはある石垣を飛び越えた。着地すると、青年の両脇に燕尾服姿で容姿が両極端な二人の召使いが現れた。
「こちらです」
右脇の召使いがそう囁き、青年は右の召使いの後について逃げる。左脇の召使いは青年の背後につき、時折追っ手が来ないか見張った。
水がゆっくりと流れる音がこだまし、淡い光がひとりひとりの顔を照らしている。三人は迷わず裏路地を進む。その裏路地の横には結構な幅がある水路がある。水路が近くにあるせいか、悪臭が三人の鼻をついた。
「……」
青年が嫌そうに眉間に皺を寄せる。先頭を走っていた召使いは、少し助走をつけて水路を飛び越えた。勿論青年も後に続く。その後に少し遅れて後ろの召使いが飛び越えた。そのとき、はるか遠くから午前零時を告げる鐘を音が響くのが聞こえる。青年は安堵したかのようにその場に座り込んだ。二人の召使いも座り、息を整える。
「逃げ切れた――」
青年は、溜息と一緒にそう洩らした。
近年、機械化が進み魔術や魔法は驚くほどのスピードで衰退していった。科学的思考が人々の脳を魅了し、魔術師や魔法使いはお年寄りくらいしか残っていない。そのせいか、近頃魔法生物を見ることのできる人が減少した。それは新たな魔術師や魔法使いがごく僅かしか居ない事を暗に示しており、また要素は持っていても魔術師や魔法使いにはならないという世代だ。
そんななか、町では変人として有名なアステルナータ・ヴィゼットは、高等学校を卒業してから自宅で“魔術屋”を営んでいる。魔法や魔術にかんしてならなんでも行うという、よろず屋に近いものだ。呪いや薬を調合したりして、風邪を治したりいい風を吹かせたりetc…。魔法生物とのトラブルも扱ってはいるのだが、魔法生物が見えないのにトラブルなんて起こるはずもなく、見えない存在である魔法生物と楽しそうに話したり遊んでいるアステルナータは変人、と印を押され町の人々からは遠ざけられているのだ。
よく晴れた日。アステルナータはいつものように庭で薬草の手入れをしてやっていた。その隣では黒猫のレバンヌが後ろ足で立ちながら新聞を読んでいる。
「アステル、今日も載っていなかったぞ」
レバンヌがアステルナータに見せたのは、広告欄だ。アステルナータは以前、一人でも魔法や魔術について困っている人が救えたらと思い、新聞社に“魔術屋”の広告を載せてほしいと頼んだのだ。勿論広告料は払った。だが、未だに隅にも広告が載っていない。アステルナータは新聞を見ていた目を薬草の方へと戻した。
「そんなもんよ、レバンヌ。明日も載っていなかったら、広告料を返してもらいに行きましょう」
アステルナータは、レバンヌから見てもおっとりとしている。だから、きっと明日も同じ事を言うのだろうなと想像して、レバンヌは溜息をついた。
そんな光景を、後ろから郵便配達員が見ていた。手紙は指の間にかろうじて留まっている。配達員に最初に気がついたのは、レバンヌだった。
「おい、郵便みたいだぜ」
アステルナータは急いで立ち上がる。
「あ、おはようございます、郵便屋さん。べ、別に独り言を言っているわけではないの! すぐ隣に黒猫のレバンヌが居てね、その子と喋ってただけなのよ」
その配達員はどうやら新人だったようで、手紙を強引にポストへと放り込むと一目散に逃げ出してしまった。ベテランならアステルナータの家なんて覗き込まず、ポストに郵便物を入れたらそっと行ってしまうのだ。
「あー……。私、今絶対変人だと思われたわ。レバンヌ、今度からあなた外出禁止にしようかな」
「おい、それはあんまりだろ。オレにも人権はある」
猫なんだから人権ではなく猫権のような気もするが、アステルナータはあえて言わない。向こうは自分のことを猫だと思っていないのだ。
「それより、お手紙見なくちゃ。薬草みててもらってもいい?」
レバンヌは新聞をアステルナータに手渡し承諾。アステルナータは先程郵便配達員がポストにねじ込んだ手紙をそっと取り出すと、庭にある椅子に腰掛けた。
しばらく手紙を読んでいたアステルナータは、雑草を器用に抜いているレバンヌを思いっきり抱き上げた。
「な、な、なんだよアステル、急に!」
「朗報よレバンヌ! 仕事の依頼がきたわ!」
レバンヌは目を丸くして手紙をふんだくった。
「嫌がらせか? それとも冷やかしか?」
「手紙には、明日朝にお伺いしますと書いてあるのよ? 嫌がらせなら内容しか書いてないとか、そんな感じじゃない?」
レバンヌは手紙をじっと見つめる。どうやら怪しい点は無かったようで、とてつもなく不服そうな顔してアステルナータに手紙を返した。
「ね? 明日のために、色々準備しなきゃっ」
アステルナータは楽しそうにクルリと回り、鼻歌を歌いながら薬草の間に生えている雑草をいつも以上に丁寧に抜いている。レバンヌは呆れて家のなかへ戻ってしまった。
次の日。持っている中で一番キレイにしてある服と普段着ているローブを羽織ったアステルナータの目の前には、出された紅茶をのんびり啜っている依頼人の青年が座っていた。名前は手紙にも書いてあったが、マイク・サウザンというらしい。アステルナータはもう一度、依頼内容を確認しようと手元にある紙をもう一度読んだ。人を探す依頼で、その人の身体的特徴は、黒髪に碧眼、背はひょろりと長く、名前はニック・リー。
「ええと……人を探してほしい、ですよね」
マイクは頷く。
「無理ですか?」
アステルナータは首を横に振る。
「そういうんじゃなくて、こんなに身体的特徴がはっきりしているのに、警察じゃなくて魔術を頼るなんて今時珍しいなーって思ったんです。あと、居場所を特定するだけっていうのも」
マイクは苦笑した。
「あっ、でも詮索は致しませんから。心配しないでください」
アステルナータは両手を胸の辺りでブンブンと振る。マイクは腰を浮かして椅子に座りなおすと、アステルナータの目の前に小切手を滑らせた。
「これは前金です。探していただいてもし見つからなくても、これは受け取ってください。探していただいたお礼という形で。もし見つかった場合はまた、お支払いいたします」
アステルナータが小切手を覗き込むと、そこには妥当とはいえない高額な金額が書き込まれていた。
「三百も、そんな……捜索料としては多すぎます!」
「いいんです。今時魔術師を頼る方もいらっしゃらないだろうし、個人情報は守ってくださるそうですし、高くはありませんよ」
きっとマイクなりの考え方があるのだろうとアステルナータは判断し、ありがたく受け取る事にした。
「それでは、明日までには捜索の呪いも効いてると思いますので。また明日、お越しください」
アステルナータがそう言って席を立とうとすると、マイクは険しい表情でアステルナータを睨みつけた。
「そんなに時間がかかるのですか? 呪いなんてすぐに出来上がるでしょう。いまここでやってください」
アステルナータはそんなマイクの視線に気がつき、身をこわばらせた。
「え、いや、でも時間がかかると思いますよ……」
マイクはマグに残っていた紅茶を飲み干し、不敵に微笑んだ。
「私は魔術を信じていても、あなたという人間は信じていないのですよ。万が一のことも考慮して、私はここに居させてもらいます。いいですか?」
仮にも依頼主にそう言われ、アステルナータは言い返すことが出来なくなり、仕方なく呪いが終わるまでマイクに作業の見学を許した。
「――なあ、こいつ夜中も家に居るきか?」
「知らないわよそんなこと。でもレバンヌ、追い出すとかそんな野蛮なことはしないでね」
「アステルが許すまではしませんよ」
「おい、何と話してるんだい?」
マイクが干した薬草がしまってある棚からアステルナータの方へと視線を上げた。アステルナータは必死でなんでもないことをアピールし、呪いに再度とりかかる。実はあと針を用意するだけなのだが、マイクが居ては取りに行けないような所……アステルナータの寝室にあるので、レバンヌにとって来るよう頼んだのだ。
「おい、取って来たぜ」
アステルナータはレバンヌから針を受け取り、お礼もそこそこにその針に呪いを込め、作った液体の中に漬けた。
「これで、呪いは完了です。あとは針が一人でに飛び出してきて地図に刺さっていくのを待つだけですが、今夜はずっと見てますか?」
アステルナータは不安になってマイクに確認する。もし居ると答えられたら、アステルナータは夕食や服やベッドのメイキングまでしなくてはならないことになる。それはとても面倒くさいのだ。しかし、以外にもマイクは首を縦には振らなかった。
「いえ、それでは迷惑をかけるでしょう。私は近くのホテルに泊まっています。もし何か事態が急変したら、ご一報ください。では、失礼します」
マイクはそう言うと出て行った。アステルナータは溜息をついて、自分のために淹れた冷めた紅茶を飲み干した。
「ふう。これでひとまずは安心ね。レバンヌ、お夕飯の支度をしましょう」
「いいぜ。あ、そうだアステル。あのマイクって人、意外と警察かもよ。探してる奴、指名手配中の殺人鬼だ」
「え? ……またまた、レバンヌったら冗談好きね」
「冗談じゃねぇって。新聞の一面見てみろよ」
アステルナータは受け取った新聞を見る。すると、たしかに殺人鬼がロンドン郊外に出没したとのニュースが大々的に取り上げられていた。身体的特徴は、黒髪に碧眼、背はひょろりと長く名前はニック・リー。確かに依頼と一致している。
「つまり、ワラにもすがりたいって訳ね」
アステルナータは呪いを実行中の針の入った液体へとかける。探す時の基準として“殺人鬼”を加えたのだ。すると、今まで決めかねていたのが解決したかのように、針は液体の中から飛び出し地図に刺さった。
「見てレバンヌ! 探す時の基準に“殺人鬼”を加えたら、あっという間に特定できたわよ! ……でもあれ、おかしいわね……マイクさんの居るホテルに刺さってる……」
「どういうことだ? まさか奴は自分を探してほしいわけでもないだろう?」
「そうよねぇ……呪いが上手く作動しなかったのかしら」
「いや、その呪いとやらは上手く作動しているよ。しかも正格にね」
突如玄関の方から、青年の声が聞こえてきた。アステルナータは急いで玄関へと向かう。そこには、傷と泥だらけの青年と燕尾服を着て両極端な容姿を持つ召使いが立っていた。
「あの、どちら様……?」
アステルナータが訊ねると、青年自らが名乗りだした。
「僕はエド。エディアール・ランサー。肌が黒い方がフォック。肌が白い方がセキレイ。よろしく、アステルナータ・ウィゼットさん」
エディアールは青い瞳でそう挨拶する。黒い髪は泥で汚れている。背はひょろりと長い。しかし名前が違う。彼はエディアール・ランサーと名乗った。
「あの、ミスター・エディアール。それで呪いが正格だっていうのは、どういう意味なの?」
アステルナータは呪いによって針の刺さった地図を指差す。エディアールはしげしげとその地図を眺め、針の刺さっているホテルの真ん中に刺さっている針を少し触ってみたりした。
「殺人鬼はマイクという男、という意味だよ。だが、探されていたのは僕だ」
エディアールはきょとんとしているアステルナータにわかりやすいよう、人差し指を自分の顔に向けた。
「え、でも、ミスター・エディアール。探し人の名前はニック・リーなのよ? あなたはエディアール・ランサーじゃない」
今度はエディアールがきょとんとする番だ。アステルナータは依頼の紙をエディアールに見せる。エディアールはしばらく興味深げに紙を読んでいたが、唐突にアステルナータへ紙を返す。
「これは、僕の条件と合っているようで合っていないな。まずニック・リーというのは偽名だ。ひょろりと背が高いのは認めるけれど、瞳も髪の色も変えてあるし」
「色を変えてある? それって、染めてたりしてるって事よね?」
エディアールは頷き、少しシャワーを貸してほしいとアステルナータに頼んだ。アステルナータは承諾し、着替えなどは父のお古を用意した。そしてエディアールが浴び終わるまで、物静かな召使い二人とアステルナータは、居間で気まずい空気を感じていた。
(向こうは召使いなんだから、きっと私に気安く話しかけられないのよ。でも、こっちから話しかけるのも、なんか悪いきがするし。あーもう、気まずいわね……)
結局、アステルナータはエディアールが戻ってくるまで一言も話しかけることができなかった。
「……呪いを解いてほしい? その髪と眼の色は、呪いで染めてたの?」
「ああ。正格には染められていた、だけどね。それと、僕らにかけられている追跡の魔法も解いてほしいんだ。これがあるせいで、僕はいつまでも殺人鬼と間違えられて終われる羽目になる」
アステルナータは次々と舞い込んでくる仕事と、その突拍子の無い内容について、しばらく頭を悩ませた。
「色くらいなら、簡単に解けるわよ。でも……追跡の魔法は強さにもよるわ。今完全に解けるっていう保障はできない。それでもいいかしら?」
エディアールは頷く。そして、フォックがおもむろに取り出した小切手に、なにやら数字を書き出した。どうやら仕事料のようだ。
「これは仕事料。追跡の魔法の分も入ってるよ。もし万が一今解けなくても、後で解く事もできるだろう?」
そう言ってエディアールがアステルナータに手渡した小切手に書かれていた数字は、八百。
「今日は揃いも揃って高額な仕事料ね。実際はたいした事無いのに。ミスター・エディアール、八百だと多すぎるから、三百くらいで手を打たない?」
エディアールはまさか減らす事を提案されるとは思っていなかったようで、突然笑い出してしまった。
「君は…あはは…欲がないのかい?…クックックックッ…五百も下げてくれなんて! それじゃあ僕の気持ちが良くないから、五百で手を打ってくれるとうれしいな…あっはっはっは!」
その後、アステルナータがいくらもう少し下げてくれと言っても、エディアールは笑うばかりで聞く耳をもってくれなかったので、仕方が無くアステルナータは五百で手を打つことにした。
しばらくして、エディアールの笑いも治まった頃。アステルナータは煮た薬液を、タオルにしみこませてエディアールの髪の毛を濡らした。すると、濡らした所から髪の毛が元の色を取り戻していく。エディアールの髪の色は、輝く金だった。すこしオレンジがかっているのが、またキレイに輝いている。そして眼の方は、薬液を水で百倍薄めたものをボウルに注ぎ、その中にエディアールが顔を突っ込んだ。水溶液の中で眼を開けると、碧眼だった眼が血のような紅色に戻っていく。エディアールが顔を上げたら、完璧に呪いが解けていた。
「……あ、キレイ……」
アステルナータが思わず見とれてしまうほど、エディアールの金髪と紅色の眼は美しかった。
(それに比べて私の髪は赤茶色だし、眼は緑色だし)
アステルナータは思わず自分のものと比較してしまうのだった。
「どうだい、戻っているか?」
エディアールはエディアールで、色が戻った事が嬉しいらしく、フォックとセキレイに隅々まで確認させていた。心なしかフォックとセキレイも喜んでいるように見える。
「あ、じゃあ私、追跡の魔法を解く方法を探してきます」
三人の環の中に入り込めないアステルナータは、逃げるように書庫へと駆け下りていった。
「なんだか臭うな、あの男」
書庫には、レバンヌが先客として居た。レバンヌの周りには読み漁られた分厚い魔術書が積み重なっている。
「そうかしら? まあ、マイクさんとなんか関係があるようだし。気は抜けないわね。それよりレバンヌ、なに調べてるの?」
「あの男の言っていた、追跡の魔法を解く方法。ちょいと興味が湧いたから調べてみたのさ」
アステルナータはレバンヌの仕事の速さに驚きつつ、積み重なっている本の一番上にあるやつを手に取った。
「やっぱり、高度の魔法だったわ……。完全に解くには、ちょっと特殊な薬草が必要みたい。とりあえず和らげる方法もあるみたいだけど……」
アステルナータが本を読み漁りながらメモをとっていると、レバンヌが薬草図鑑を持ってきてくれていた。
「アステル、オレの記憶が正しければ、その薬草はちょっとどころか、かなり特殊だぞ。昔はそこらへんの山でも自生していたらしいが、今は魔界の扉の近くにしか生えてないんじゃないか?」
レバンヌが、薬草図鑑を開き、前足である薬草を指差す。それはアステルが日頃慣れ親しんでいる薬草とは、外見が随分とかけ離れていた。
「なに、この茸と草の中間みたいな容姿。もしかして、だから名前がグリーンマッシュルームなわけ? 微妙ね……」
そして生息地を探してみるが、年々数が減少しているのかレバンヌの言うとおり、魔界の扉に近い山奥にしか印がついていなかった。そして、アステルナータが住んでいる町から一番近い山は、直線距離で百キロメートル以上は離れていた。
「さすがにこれじゃあ、明日中ってのも無理っぽいわね。それに、明日はマイクさんが来るし……。もう! 私はどうすればいいのよ! 素直にマイクさんに地図を見せるわけにもいかないじゃない!」
「なら、今夜逃げればいいじゃないか」
アステルナータが声に驚いて振り返ると、書庫の入り口にエディアールが立っていた。
「衣類や身の回りの生活必需品は僕の方で用意するから、きみは旅行鞄にそれらの本を詰め込めば良い。僕らの準備はバッチリだ。寝台列車に乗っても、明日の朝には十分隣の都市には居る事になるよ。どうする?」
アステルナータが返事に困っていると、突然、レバンヌが声を発した。
「怪しいな、あんた。そんなすぐに準備ができるか? 前もって計画していたんじゃないのか?」
アステルナータはどうせ見えないし聞こえないだろうとレイブンが喋るのを止めなかったが、エディアールの反応を見た瞬間、この性格の悪い猫が、自分の姿が見えるように仕向けていることがわかり、アステルナータは途端に額から汗が滲むのを感じた。
「ええと……お初にお目にかかります、エディアール・ランサーと申します。アステル、こちらの猫さんは?」
「あー、えーっと、レバンヌです。私の使い魔みたいな存在なんだけど……。あとミスター・エディアール? 私のことを愛称で呼ばないで。まだ知り合って間もないし」
レバンヌは後ろ足で立ってお辞儀をする。レバンヌにつられて、エディアールもお辞儀をした。それからアステルナータのほうへと視線を向ける。
「一緒に旅に出るのは、かなり親密な関係な証拠だよ」
「私、まだ一緒に行くとは言ってないけど!」
「でも、一緒に行かないと僕からの依頼は達成できないよ?」
「うぐっ……」
エディアールは悪戯っぽくウインクする。アステルナータは、次第にエディアールに対して疑問や怒りの感情がふつふつとわきあがってくるのを感じた。
「……わかったわ、一緒に行く! けど、親密な関係ではないから。そこのところは妥協しないわ!」
エディアールは残念そうに肩を竦める。
「まったく、こいつ信用できないな、やっぱり。オレ見ても驚かないなんて」
レバンヌは不服そうにエディアールをにらみつける。
「以前にも似たような存在に会った事があるから、あんまり驚かないんだよ、レバンヌ」
レバンヌには、余裕をもったような笑みを浮かべる。
「やっぱ怪しいな、こいつ……! アステル、こいつ信用しちゃだめだ!」
「失礼な。アステル、僕のことは信用してくれてかまわないからね」
アステルナータは仕方が無くといったかんじで分厚い本を抱える。しかし、瞳はエディアールを鋭く見据えていた。
「仕事だから、仕方なく、なのよ。さっきまでの会話で、あなたがどれだけ軽い男か解ったしね」
夜もだいぶ更けてきた頃。旅行鞄を持った召使いと少女と青年は、馬車に揺られながら駅を目指していた。