008【焚火】
パチパチと火花を上げて崩れていく焚火の明かり、そのすぐ近くで毛布をかぶり槍を胸に抱いたまま座り込み眠っている心の姿があった。育真はそこから少し離れ剣を振るっている。
「(久しぶりに戦闘を、っていう程でもないけど者を斬ると良く解る、かなりぶれてるな)」
剣を振るいながらそのブレル、前に扱っていた時よりも一段、二段は雑になっている剣の扱い方に顔を顰めながら少しずつ調整をかしていく。一日二日で直ぐに感覚を取り戻す事は出来はしない、でもと育真は剣を振る。しっかりと意識しながら振っていけば時間をかけてじっくり取り組めば取り戻す事は出来るだろうと。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」
ゆっくりとした剣の振り、予想以上に力を身体を使うその作業に何時しか息が上がり汗が拭き上がる。千を超えたあたりで大きく深呼吸をしながらその動きを止めた。育真は汗を拭きながら水を飲み焚火の近くへと戻る。
「みーちゃんかっわいい~んにゃ」
そして焚火の前で寝言を呟き幸せそうなだらしない笑みを浮かべている心を見る。小さな笑い声が自然と育真の喉から上がり、空を見る。そこには暗い空が広がっている。乱雑に適当に並べられた星ではない星の様な光が輝きそれが迷宮を僅かに照らし出す。明かりというにはそれは余りにも頼りなく、月光等よりも暗いだろう。
時折何かの音が上がった後その近くから姿を消し、ナイフやらボロボロのレザーアーマ―やらを回収して育真が戻ってきている事から度々ゴブリンが襲撃をかけてきているのが解る。その都度心もうっすらと意識を戻すが、すぐに終わるのが解りそれをまた沈めて行っている。
「誰かと一緒ってのは随分と久しぶりだな」
崩れ小さくなる山に新たな小枝を追加で入れていく。また大きくなる火に視線を投げかけ、揺らめく火の粉が舞い上がり育真の顔を照らし出す。マジックリングから肉と塩、乾燥させた野菜を取り出し小さな鍋の中へと水と一緒に入れて沸かしていった。
ゆでられた肉が軟らかくなり、野菜は水けを取り戻す、肉の脂身と塩の味付け、それに野菜の出汁だけの簡単なスープだ。肉がある程度まで柔らかくなった時点で肉を鍋の中から取り出し今度は焚火で直接炙っていく。
この手の干し肉は酷く味が濃く、濃すぎる程に作られており少しその塩や調味料で固められた味を薄めておかないと非常に喉が渇くのだ。中にはその濃さが良いんだろうという者もいるようだが育真はそこまで濃い味は好きではない、ある程度こうして水で薄め、味の濃さが落ちた時点で柔らかくなった肉を炙って齧りつく。
皮がカリッと、中はぐにっと噛み切れる丁度良い食べごろ、美味しいと言えないまでもまずくもないそれを食べながら、出来上がった汁を飲んでいく。
「ん、良い、匂い……」
「おはようさん、時間ピッタリだな」
「ん~ん、おはよっ! まぁ慣れてるしね」
「そりゃそうか、取りあえず肉は食べるんなら自分で、汁は多めに作っておいたから顔洗ったら好きに喰え」
「おぉ~ありがとぉ~、朝からちゃんとした食事が出るって素敵だね! 私達のPTだと誰もこんな事しないから食事が味気なくって」
寝ぼけ眼を擦り身体を伸ばしながら起き上がる心、鼻をひくひくとぼんやりした視線を鍋へと向けていた。簡単な挨拶を交わしながら体を軽くほぐし、嬉しそうに育真の言葉を聞き入れる。そして少し恥ずかしそうに自分達はと語りながらそのスープを口へと運んでいった。
「あっ、意外と良く味があるんだね、ただの塩スープかと思ったけど」
ずずずと野菜を噛みながら汁を啜っていれば嬉しそうにまた笑う。そうだと言いながらマジックリングからパンを取り出し汁と一緒に食べ始めた。私も少し位料理を覚えようかなぁ等と呟きながらまだ暗い夜空の中で軽い会話を交えながら食事を終えて行く。
「なら次は俺が少し寝るぞ、後は頼んだ」
「はいは~い、まっかせておいて」
そして食事を終えると今度は育真が毛布をかぶり、剣を胸に抱きながら目を閉じる。数分もしない内に小さな呼吸音が規則正しく流れ始める。浅い眠り、心もそうだが育真もまた何かが起こった時に即座に動けるようにと寝ていてもその態勢を崩さない。
それを見ながら心は起き上がり、身体を解すように動かしていく。ステップを踏み、槍を突き、石突でつきながら穂先を振り回す。ポニーテールが焚火の明かりで照らし出されゆらゆら揺れる。心にとっては軽い運動であり、軽くじんわりと汗が浮かぶだけで息を斬らせる前にそれを終わらせていく。
その後水を飲みながら育真と同じように時折姿を消してはゴブリンを倒し戻ってくるという事を繰り返した。暇だなぁ、そんな事を呟きながら心は焚火に小枝を継ぎ足し育真の寝顔を見る。
「寝てても表情変わらないんだよねぇ、迷宮の中だからかな?」
何時もの表情と然程違いを見せない寝顔に少しだけ不満そうに頬を膨らませ、もう少し面白みを見せてよと無茶な事を呟き始める。風で草が揺れる音と焚火の弾ける音だけが響く夜はまだもう少し続きそうだった。