007【ゴブリン】
「心、聞こえたか?」
「ふぇ?」
突然育真が立ち止まりそう声を上げ、心はそれに気の抜けた返事を返す。直ぐに首を傾げ何が? と尋ね返しながら耳を澄ませる。
「あ~何かに追われて逃げてるのかな? って言っても此処だとゴブリンしかいないからゴブリンにだよね」
「だろうな、俺は詳しくないから解らないけどそうなんじゃねぇのか?」
「どするの?」
「助けるしかないだろう」
答えは解っているという様子で心が育真に尋ねれば、溜息を付きながらそう返事を還す。にっこにっこと嬉しそうに心はやっぱりいっくんはいっくんだよねと笑った。
「なんだそりゃ? 取りあえずまだ騒ぎながら逃げられてるんだから余裕はあるだろうが急ぐぞ」
「は~い」
そんなやり取りをしながら育真が駆け出しそれに続いて心も駆ける。その速度は目を見張るものがあった。風を切りまず間違いなく自転車等で走るよりも早い速度、下手すればバイクや車等に匹敵するかもしれない速度で駆けて行く。
そして直ぐにその騒ぎ声が大きくなり、何でこんなにいるんだよ! もうやだぁ! 助けて、助けてぇ! 等と叫ぶ声が聞こえてくる。同時にその追いかけられている者達の姿も見え始めた。
追いかけられているのは三人組のPTで追いかけているのが五匹のゴブリンだ。
「あらぁ、随分と運の悪い子達だねあれ、この辺りだと殆ど一匹二匹、多くても三匹出れば多いってくらいなのに五匹だなんて」
心がそれを見てそんな事を呟いた。そうなのかと内心で思いながら心へと声をかけて行く。
「取りあえずあの三人組の保護を頼む、ゴブリンの方は任せろ」
「了解っ!」
それに元気よく心は答え、育真は三人組の脇を走り抜けゴブリンへと近づいていく。三人組はそれを見てえっ? あれ? 誰か、誰かが危ないっ! 等と声を上げる。そんな三人組に心は近づきその背中に声をかけて行った。
「まっ大丈夫だから安心してみてて良いよ、良い勉強にも……なるかなぁ? ちょっと自信ないかもその辺りには」
「だっだれだっ!?」
たははと困ったような笑い声を上げる心に、身体を飛び跳ねあがらせ驚きながら振り返る三人組、やは! と軽く手を上げて挨拶しながら取りあえずゴブリン達を倒すところを見てなよ~と心は三人組を促していく。
そして育真は三人組とすれ違い、すぐにゴブリンに接近すると突然すごい勢いで現れた育真に驚いた声を上げるゴブリン達を斬り飛ばしていく。近づいてまず一閃、そうとしか見えない剣の軌跡で気づけばゴブリン達三体の首が舞い上がる。そのままゴブリン達を通り過ぎ、その通り過ぎた時点でドンと強い地面を踏みしめる音と共に抉られるように育真の足元の地面が沈む。そして慣性を無理やり殺した状態で振り返り、まだ育真の方へと振り向いていない残りの二体のゴブリンの首も跳ね飛ばした。
一瞬、瞬きを二度三度する間に終わった出来事に三人組はぽかーんと口を開けて驚いたように見ながら、心は少し不満そうに見つめている。育真もまた剣に着いた血のりを見て顔を顰めそれを払いながらため息をついていた。
「少し本気で鍛え直した方がよさそうだよねいっくん」
「だな」
そして剣を鞘に納めながら戻ってきた育真に心はそう声をかける。それに全くだという様子で頷き返しながら三人組に視線を向けた。
「怪我はないみたいだけど、大丈夫か?」
「ふぁ? あっ! え、えと、だ、大丈夫だ!」
「ばっ! この馬鹿っ! 大丈夫ですでしょう! すいませんこの馬鹿がっ!」
「いや、二人とも取りあえず落ち着いて、あの、助けてくれて助かりました、ありがとうございます」
育真がそう声をかけると髪を飛び跳ねあがらせた元気のよさそうな少年が間抜けな声を上げた後、勢い込みながら返事を返し、その後ろにいた少女に後頭部を殴られた。そしてそんな二人を宥めながらもう一人の少年がペコペコと育真と心に頭を下げていく。
少年が何すんだよっ! と叫び、馬鹿は叩かなきゃ治らないでしょ! 等と少女が答える。残った少年はあわあわしながら、二人を宥め、育真と心を見てはペコペコとごめんなさいごめんなさいと謝っていく。
「あはは! まっ気にしないで良いよ、今回のこれは多分運が悪かっただけだろうしね? でも、迷宮に潜っているんならこういう事もあり得るって事は覚えておいて、今度は同じ事があったらちゃんと対処出来るようにしておいた方が良いよ」
そんな様子に心は笑い、そう声をかける。育真はそれを眩しいような、少し悲しそうな表情で一瞬見つめ直ぐに表情を変えて元気なもんだなと声をかけて行く。
「あっ! あの、本当に助かりました、ありがとうございます。あの、今度はこんなことが無いように気を付けます」
そして声をかけられて少女が気づいたように顔を赤くしながら頭を下げていく。頑張ってねとそれに心が返事を返した。
「ふん、俺だってすぐにあれ位出来るようになる、まぁ今回は助かったから礼はいっておくけっがふっ!? ってぇな! 何す……ぅ」
「馬鹿! 黙れ! またきついのかますぞっ! いい加減にしとけ大馬鹿っ!」
少しふてくされた様に言い始める元気のよさそうな少年の言葉は途中で遮られ、少女に全力で腹を殴られ呻き声を上げる。そしてその少女の勢いに飲まれ息を詰まらせ後ずさる。
「本当にすいませんっ! この馬鹿には後できつく言っときますので」
「気にしてないって、まぁ男ならそういう気持ちが沸くのも解らなくもないからな、そんなにきつく当たってやるな」
その様子に育真が苦笑を交えながらそう伝える。少女はあ、はい等と言いながら少年を睨み、元気のよさそうな少年は腹を押さえながらあ、ありがとうございましたと震える声で礼を言い始める。おいてけぼりにされた少年は一人苦笑を漏らしながらも、その二人の様子を楽し気に見つめている。
「(仲の良いPT何だな)」
それを見て育真は思う、助けられた良かったと。こういうPTは大事にしたい物だなと。その様子を心は見てにんまりと嬉しそうに笑っている。やっぱり変わってないよねいっくんは等と小声で呟くがそれが聞こえていたのは誰もいない。
「それじゃあ俺達はこのまま迷宮に潜り続けるから、お前等は一度帰った方がよさそうだな」
三人組がそこそこ傷ついて、回復もしていない様子を見ながら育真は告げる。ポーションの類等も切れてるか持ってきていないんだろうと言いながら。三人組はそれに頷きながらやっぱり必要なのかという事を尋ねて来る。
「そりゃぁなぁ、というよりも保険を用意しないで潜るのはお勧めしねぇぞ、本気で。せめて三人で潜るなら三つ、一人一本ずつ位は持って歩くべきだな。そして一本でも使えば帰る様な感じにした方が良い。安全を取りながら潜るならだけどな」
「お金に余裕があるならしっかり準備をしておかないとね、今回みたいなことは余りないとはいえ、絶対にない訳じゃないからね? 迷宮の中だと本当に思いもよらない事も起こったりするから」
「そう、なんですか」
それに育真と心は答えつつ、そんな物なのかと三人組は感心したように頷いていく。そしてがやがやと話し合った後、三人組は頭を下げて今日は帰って今度はちゃんと準備してから潜りますと言って去っていった。
「あの子達は死ななで良い探索者になると良いね」
「そうだな、本当にそうだな」
その背中を見送りながら育真と心はそんな事を呟くのだった。