006【レベル】
心地よい風が吹く草原を育真と心は二人で武器を構えながら気軽に歩いていく。気軽にと言ってもしっかりと周囲への警戒、注意、足元頭上の確認全てを完璧に行いながらだ。それだけの事をやりながらでも気軽にと言えるレベルで進んでいけるのが今の二人の実力なのである。
心は時折地図を取り出しそれを確認し、間違いないかをチェックしつつ育真は自身が歩き見回った地点を記憶していく。地図は地図で役に立つ、信用できないとは言わない、それでも自身で確認しなければ安心はできない。そこに掛かるのは自身の命なのだからと育真は周囲の光景と状態を記憶し、位置や方角等まで全てを記憶する。
「いっくんのそれ便利ですよね? 覚えるまで凄く面倒だって話しだけど実際どうなの?」
育真が時折周囲を見回しじぃっとその全てを覚えると言わんばかりに見つめている光景を見ながら心は尋ねる。育真がやっているのは錬金の技術の応用で脳内に一部のスペースを作りだしそこに地図をその全てを記録していくという技である。その記憶が自動で育真が持つマジックリングの中にある記録媒体に記憶されていくのだ。
「クッソ面倒だぞ、これにかかりっきりで禿げるかと思う程頭を使って、前後不覚になって自分が誰かも解らなくなるレベルで取得が難しい。俺も身に着けた後に後悔した、何で俺はこんな事をやろうとしたんだってな。確かに便利だがしっかり自分でそうやって地図を書けば事足りる事だ、こんな面倒で馬鹿馬鹿しい真似をする奴は気が知れないぞ」
身に着けたいっくんがそんな事言うの? と心は笑う。身に着けたからこそ言えるんだと育真は鼻を鳴らした。時折飛び出してくるように現れるモンスターを見つけ次第雑草を狩るかのように気軽に切り捨て貫き、時折そのモンスターが身に着けているナイフやボロボロの皮鎧を回収していく。
「にしてもさっきから現れるのがゴブリン程度何だが、もしかして一階にいはこれしかいないのか?」
「ぴんぽーん! そそ、罠もちゃっちぃ草の結び罠や浅い落とし穴程度だしね。だから言ったでしょ? 楽だよーって」
また近場に突然現れたゴブリンを育真が現れてその意識が宿る前にその首を切って捨てる。僅かに剣についた血のりを顔を顰めながら振り払う。
「(やべぇ、怠けすぎて腕落ちまくってる、やる気はねぇがだからと言って落としていくのもしゃくだしなぁ。面倒だけど少し訓練に時間を割くかね)」
剣を鞘に戻しながらそんな事を育真は考え、心はそれを見ながらだから迷宮にもっと潜ろうって言ったのにと膨れる。育真はそれに訓練すれば落とさないで維持する分には問題ないから良いんだよと言い返し二人は迷宮の中を進んでいった。
「にしてもゴブリンだけだと一階じゃ真面に金を稼ぐこともままならねぇんじゃないのか?」
周囲を記憶しながらも育真は会話を続けていく、それに心も答え素直に頷いた。
「そうだよ、だからみんな大体は一階から五階まではさっさと通り抜けていくみたいだね。地図とかも真面に作っている人少ないと思うよ?」
「なんだそれ? 馬鹿なのそいつら?」
「あはは、いや、あっちの迷宮とは難易度が違うからさ、私もやっててこれやる意味あるのかなぁって思っちゃう位だしね、気持ちは解らなくもないんだよね」
「寧ろそれなら尚更今のうちにその手の技術を習熟し解くもんだろうが。いざとなってからやり始めて真面に出来る訳もねぇのに。階層を跨ぐ罠、仕掛けがあったらどうするつもり何だか……」
「まぁね、だから私達は出来る限り知り合いになった子達には教えているんだよ。面倒でも、意味が今は解らなくても絶対に癖を付けなさいって、いやいやで私達が言ったからって理由でもいいからやっておきなさいってね? 実際にちゃんとやってくれてるかは解らないんだけどね~」
そんなやり取りをしながら育真は溜息を付きながら本当に迷宮を攻略する気があるのかとぼやく。それに心は苦笑を浮かべながら首を振る。
「多分ほとんどの子達はそんな意識はないよ? 唯お小遣いを稼ぎたい、欲しい物があるから、強くなれるからって思ってやってる子が多いんじゃないかな。危ないけどさ、それが出来る迷宮みたいなんだよ此処。何時までそんな場所で射られるかは解らないけどね」
心は困ったよねぇと笑う。育真はそれに答えず自業自得だろうとしか思わなかった。死にたくないなら努力しろ、そうとしか言えないからだ。
「とと、そう言えばいっくんレベルはまだゼロなの? ゴブリンもそこそこ倒してるし一位は上がってるんじゃない?」
「さぁなぁ? ぶっちゃけ今更一や二程度のレベルが上がったってなぁ」
「むっ! 何を言っているんだいいっくん! 今自分で言ったばかりじゃないの! やっておかないと後から後悔しても遅いって! 小さなことからコツコツと、レベルも少しずつ地道に上げて行かなきゃいけないって誰よりも知ってるのに!」
「解ってる解ってる、ただな、ただ、なぁ」
育真は怒りながら詰め寄る心を宥めるように手を軽く振りながら空を見上げる。そこは青くやはり雲一つない空が広がっている。此処は何処なんだか、そんな想いと共に虚しさが育真の心を埋め尽くす。
「まっ、こうしてやってりゃ嫌でも上がるだろう、上げたくないって訳でもないしな」
「……そっか、うん、頑張ろう」
「ああ」
心も何かに感づいたのか育真の様子が少し変わったのに気付き、息を落しながら作ったような笑みを浮かべながら頷いた。それを見て見ぬふりをしながら育真は返事を返す。
「(レベルを上げて強くなって、それで俺はどうしたいっていうんだかな?)」
そんな事を思い浮かべながら迷宮の探索……とは言えない散歩の様な確認作業を二人は続けて行った。