005【管理局】
空が赤く染まる、真っ赤な灯りが町を同じ色に染め上げ人の歩みが多くなる時間帯。育真と心は二人他愛無い会話を繰り広げながら進み、目的の場所まで辿り着いていた。
二人の目の前に在るのは一つの建物、管理局と呼ばれる三階建ての大きな建物であり、入り口には警備の人が二人立ち見張りをしている光景が見える。建物自体は灰色のコンクリート、それを組み立てて作り上げられた大きめの役所みたいな形をしている。
二階、三階に飾り付けられている窓ガラスに夕陽が反射しその中を覗かせる事はないが、その中にはこの管理局に務める職員たちが忙しく動き回っている事だろう。三階は所長と呼ばれる者が過ごすスペースとなっており殆どの者はそこに足を踏み入れる事すらない。
二人は門番に軽く挨拶をして中へと入っていく。中へ入るのに身分証等の提示は必要としない、ただし出る時にはしっかりと確認される事になる。中に入った二人を出迎えたのは広い病院の受付や待合室の様なスペースであり、壁際には長いカウンターが設置されその奥に受付の人達が多数座りながら代わり替わり姿を見せる者達の相手をしている。
カウンターの近くには椅子が設置され、待っている人がそこに苛々とした様子を見せながら座っている光景が多々見受けられる。二人はそんな管理局の中を通り抜け小さなカウンターとその隣に口を開ける門がある場所へと足を進めていく。
天井からは全体を照らし出す照明灯が白い光を放ち、あちこちから話し声と時折怒鳴り声等の喧騒の音が鳴り響く。そんな音を傍らにその小さなカウンターの前まで来た二人は腕に付けたリングをなぞりその掌に一枚のカードを取り出した。
マジックリング、魔法の腕輪と言われるそれは迷宮探索を行う者全てに配られるゲームによくあるアイテムボックスの様な物となっている。ただ、そこに入れられる物の大きさと量は限りがあり、装備や必要なアイテム類を入れると残りは僅か、多少のモンスターからの剥ぎ取りや薬草、鉱石等を持ち運べる程度の空きしかなくなってしまう。
二人が取り出したカードは今のこの地、ノアに置いて自らの身分を証明する証明カード。カードには自分の名前とID、年齢と住所と言った基本的な事が書かれており、一番下に到達階層の項目がある。
「こんにちは、これからの探索ですか?」
カウンターの内側に座る女性は二人を見て、そのカードを受け取りながら確認する様に言葉を投げる。それに二人は頷き、女性はカードを確認しながら何かの書類に記載してそのカードを返される。
「はい、森中心さんと折曲育真さんですね。確認ですが迷宮に降りた後の生死確認は此方で責任を持つ事が叶いません、全て自己責任の元に在ります。よろしいですか?」
「ああ、うん、解ってるよ、大丈夫大丈夫」
「大丈夫です」
そう言えばこんな確認もされるんだったなと思い出したように軽く育真は頷き、それに続いて心も頷いていく。女性は大丈夫かしらという様子を見せながらもではお気を付けくださいと二人を見送り門へと促した。
小さなカウンターの隣にあるこの門は迷宮に繋がる入り口がある広場へと続く門。二人がそこを潜り抜けて先へ進むと体育館程度の広さがある広間にでる。そこには武器や防具、食料やアイテム類等多種多様な物が売られている露店が沢山広げられていた。二人はその中で適当な店を探し五日分の保存食を購入して奥へと進んでいく。
この広間の奥、そこには一つの人間大の大きさの虹色のクリスタルが設置されている。空に浮かぶ虹色のクリスタルと同じように七色の光りがふわふわと沸いては弾け消えていく、幻想的な光景を見せつけるクリスタルだ。
その脇に更衣室と掛かれた部屋が置かれており、二人はそのままその中へと入り着替えを済ませて行く。マジックリングから用意しておいたそれぞれの装備を取り出し、慣れた手つきで身に着けて行っていた。ちなみに更衣室は個室となっておりそれぞれ別である。
「さて、準備は良いな?」
「もっちろん!」
育真が更衣室から出て、同じくらいに出て来た心に確認する様に告げれば元気な返事が返ってくる。
二人の姿はそれぞれ先程とは全然違う。育真は全身を覆う様な薄い黒いタイツの様な物をインナーの様に下に身に着け、その上に傷つき何度も修繕された跡のある茶黒のレザーアーマ―を身に着けている。脛にはレガース、腕には籠手、指先は細かな作業がしやすそうな指先が開いたレザー手袋を付けていた。首輪には鉄線の入ったチョーカーを身に着け、頭部と耳を守るような形の鉛色の額当て、そしてその腰にはショートソードと言われる程度の長さの剣が備えられており、その脇には大振りのナイフも携えていた。
「あっ今日は剣なんだ」
「ああ、心が槍を使うのは解ってたからな、邪魔にならないで戦えるように考えるならナイフか剣辺りが良いと思ったからな。一応弓も持ってきているから都合に合わせて遠距離から近距離で対応していくつもりだ」
「そか、ありがとう! いっくんがしっかりと私の事を考えてくれてるんだし私は私でしっかり頑張らないとねっ!」
総笑みを浮かべて嬉しそうに笑う心は白いワンピースを脱ぎ捨てやはり下半身は薄い白いタイツの様な物を身に着けその上に膝上まで伸びている黒いぴっちりしたズボンを履き、上は黒鉄色の薄い金属で作られた胸当てとその下に肌をしっかりと全て隠すような黒と白のジャケットの様な衣服を身に着けている。ポニーテールの髪形には髪飾りが身に付けられ首にはやはり育真と似たような鉄線の入ったチョーカーがつけられていた。そんな心が持っている武器は槍、自身の身長より尚長い槍を背中に背負っている。
互いに装備の不備がないかを確認し合い、問題がないと判断してクリスタルに手を振れる。すると二人は七色の光りに包まれ次の瞬間その場から消えていなくなる。そして後にはがやがやと背後で変わらぬ騒ぎを続ける喧噪の音が響いていた。