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崩壊世界の最後の希望  作者: 榊原
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003【折曲育真】

「いっくんっ! おっはよー! いるー?」



 朝も早い時間帯、まだ七時を回る前、そんな時間に突然元気な明るい大声が響き渡る。その声の高さからまだ幼さを感じさせ、その元気の良さから活発さを伺わせるだろう。いっくんと大声で呼びかけられた少年、彼はガリガリと頭を掻きながらため息を吐いて家の中を移動し扉を開け放つ。

 少年が移動した家の中、そこは広い居間と呼ぶべき空間であり、大きめのテーブルが一つ、そこに並ぶ椅子が六つ、そしてテーブルの上には今まで少年が飲んでいたコーヒーが湯気を立てているのが見えるだろう。テーブルも家の壁も地面も天井も全てが木材、その全てを少年が自らの手で作り上げた家と物だった。大きな大きなログハウス、それでいてしっかりと造り込まれ居間の右隣に見える部屋には厨房が、奥に見える部屋には階段があり二階がある事を伺わせながらその階段の更に奥には扉があり裏庭へと通じている。左隣の部屋には小さなテーブルと木のソファーが並び客室と呼ぶべき部屋も供えられていた。

 今は見えないが奥の扉を開け裏庭に回ればそこには小さな小屋があり、その中には鍛冶施設も備えられている。二階には少年の寝室と薬草部屋がある。全て少年が自らの手で作りだしたそれであり、それらがそこに存在している事を知っているのは極わずかの者達だけだ。これが知られれば大騒ぎになりこの辺りに人が大勢集まりかねない施設、だからこそ少年はこんな街の外れも外れ、人等用事がなければ絶対に足を運ばないような場所に家を建てたのだ。



「うるせぇよ! ったく、おはよう、何の用だよこんな朝っぱらから」



 第一声で怒鳴り、そして何時もの事だと溜息を付きながら挨拶をして中へと案内しながら要件を尋ねていく。えへへと笑いながら反省した様子を見せない声の持ち主はお邪魔します! と元気よく声を上げながら家の中へと入り込む。

 入ってきた少女は色素が抜けた元は黒かった髪、今は灰色になっているそれをポニーテールに縛り上げぴょこぴょこと揺らし、何故そんなに楽しそうで嬉しそうなのかという様な笑みを整った顔立ちにニコニコと浮かべ少年を見る。身長は高くない、大体百五十程度、身に着けているのは白いワンピースとその服装には似合わないゴツイ鉛色のブレスレット。ハイヒールの様なサンダルを入り口で脱ぎ捨て下は綺麗な指先の巣足を披露しながらてくてくと家の中を歩きテーブルに座り込む。



「あっ! 私のコーヒーは甘くしてね! 砂糖砂糖! 五杯くらいどばーって入れてね! 牛乳もあったら少し入れてくれると嬉しいなっ!」

「我儘で贅沢な、待ってろ」

「は~い!」



 少年は座りながら嬉しそうに注文を入れる少女をジト目で睨みつつ、素直に言われた通りにコーヒーを入れて手渡していく。ありがとー! と少女はそれを受け取りコクコクと呑み込んでいった。



「いっくんの入れたコーヒーは美味しいね! 直ぐにごくごく飲めるあったかさだから火傷もしないし、ってそうだったそうだった! いっくん! そろそろ迷宮いこー? 私一階の地図完成させたからさ、確認がてら一緒に回ろう!」



 カタンとコーヒーカップをテーブルの上に小さな音を立てながら置いた少女は、思い出したと言わんばかりにそう捲し立てて行く。それに少年は為気を付きながら断ると短く告げて自分のコーヒーを呑み込んでいく。ああ、そう言えば昨日の夜に作って冷やして置いたプリンがあったなと少年はそのままカップをテーブルに置いた後に厨房へ向かい、プリンを二つ持って席に着く。



「わぁ! プリンだっ! 私いっくんの作ったカラメル甘いから大好きなんだよねっ! って違うよっ! 迷宮! ディスホだよ! いっくんもう最初に一度中を覗いて以来一回も潜ってないでしょ? そろそろ怒られるしさ、その前に一緒にいこうよ」



 少年が持ってきたプリンに瞳を輝かせ嬉しそうに小躍りをして見せた後、ハッとした様子で少女は怒ったような表情を作り、そして困ったような悲しそうな顔でそう告げて来る。



「(止めてくれよそういう表情)」



 少年は目をそらしコーヒーを口にする、少女が向けてくるような心の底から心配する、気に掛けるという様な表情がとても苦手なのだ。申し訳なくなり、言う事を聞かなければいけない気がしてしまう、だからこそ見ない様に視線をそらしながら首を振る。



「怒られてからで良いだろう、適当に潜って適当に物を拾ったり剥いだりして帰ってくればそれでお役御免、また少しの間はゆっくりしてられるんだからさ。心もそんな必死になって頑張んなくたって良いんじゃないか? 前と違って切羽詰まっているって訳でもないんだしさ」



 少年がそういうと心と呼ばれた少女は悲しそうに少年を見つめる。今にも泣きそうな表情で。



「いっくん……そう、そうだけどさ。私ね、いっくんも知ってるかな? こよちゃん……妹がまだ生きてたんだ、でも妹は色々あって怪我しててさ動けくてさ、だから妹の分まで私が頑張らないといけないんだよね。それに、私が頑張ればそんな妹みたいな子が減らせるかなって、頑張れば妹の怪我とか治せる薬が見つかるかなって思ってる。だから私はまた頑張るんだ……ごめんね、ごめんねいっくん」

「馬鹿っ! 謝るなよ、謝る様な事じゃねぇだろう、喜ぶ事があってもな! まぁ素直におめでとうって言える状態でもねぇけどさ、それでも生きてる、生きて会えたってのは良いことだと俺は思う、だからおめでとうって言っとくよ。それに迷宮を進めばそれこそある程度、四肢欠損位ならまだ治る見込みがある薬も見つかるかも知れねぇしな」



 少年の事情を知っている心は目尻に涙を貯めながら少年を見て、少年の言葉を聞いてニパッと目尻に貯めた涙を飛ばしながら笑みを浮かべる。頷きながらそうだよね、ありがとう、だから私は頑張るよ! と笑う。それを見て少年もそうだな、頑張れと応援しながら少し待ってろと言い残し二階へと上がっていった。心は嬉しそうにそれを見て、少年がいなくなった後小声で小さく呟いた。



「ごめんね卑怯な事しちゃって、いっくんがこういう話し方したら絶対に断らないで一緒にいってくれるって解ってたんだ、ごめんね……でも、いっくんこのままじゃ駄目だよ、すぐには無理でも、身体を動かせば少しはましになるよ、だから、だから頑張るね私、だから……嫌いにならないでね」


 ポチャンと一粒の涙がコーヒーカップの中に零れて消える。直ぐにごしごしと目元を擦り残ったコーヒーを飲み干して、プリンに視線が映る。さっきまでの悲し気な表情等なかったかのように吹き飛ばし、嬉しそうな笑みを浮かべながら二つのプリンをその胃の中へと収めていった。



「あっ、い、いっくんごめんね、つい、あの、美味しすぎたから悪いんだよ! だから私は悪くないよね? えへへ」



 ついという様子で二つ目の、少年の分のプリンも食べ終えてから誤魔化すように誰もいない場所に向かい言い訳をしながら引きつった笑みを浮かべる心。それが許されたか許されなかったか、それは家から出る時に頭を押さえ涙目になっていた心の姿が全てだろう。

 そして少年、いっくんと呼ばれていた彼、折曲育真おくせいくまは心、森中心もりなかこころと共に迷宮、ディスペアホープに再び挑むべく家を出る事になったのだった。

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