027【噂話】
「いっくーん! こんにちはー! いるー?」
育真とヘレが昼食を食べている所、突然家の外からそんな叫び声が聞こえてくる。ヘレは驚きながら少し固まり育真を見て、育真は小さく溜息を吐きながら箸をおく。そしてそのまま玄関へと赴き扉を開けていった。
「毎度毎度子供みたいな呼び出し方をするな、チャイムは無いがドアノックがあるだろうが」
「あっ、いたいた! こんにちは、迷宮から戻ってきたから様子を見に来たんだよ。まぁそうなんだけど、癖みたいな物だしごめんねー」
「ったく、こんにちは、だ。取りあえず今は飯を食てるんだ、喰い終わるまで少し待ってろ、茶くらい入れてやるから」
「はーい! 残念、ご飯食べて来なければ良かったなぁ」
「残念ながら余分はないからな、食べて来てなくても出して何てやれなかったぞ」
「そかそか、おじゃましまーす?」
そんなやり取りをしながら心が家の中へと入ってきて、疑問の声と同時に首を傾げヘレの姿を見つめる。そして育真を見てヘレを再度見る、何度か繰り返した後に最後育真へと振り返り詰め寄っていく。
「いっくん! どこから拾ってきたの! 駄目だよ誘拐は!?」
「ちょっとまて、馬鹿、止めろ! 何で第一に誘拐って言葉が出てくんだよっ!」
「だって、いっくんだよ? フラグは立ててもへし折ってずっと誰も一緒にいなかったいっくんだよ! 突然こんな可愛い子! それもこんなに小さい子を家の中に入れて食事中だよ! 色々疲れてとうとうおかしくなってついつい浚ってきたのかとか思うよ!」
「思わねぇよ! この馬鹿!」
心は育真の胸元を掴みながらがくがくと揺らし、混乱したように捲し立てて行く。育真は最初の内は言葉で否定をしていたが、止まらない心にしびれを切らし、頭に拳骨を落しながら涙目になって蹲る心から距離をとる。
「ったく、落ち着け馬鹿、こいつはヘレだ、今はなんだ、一応俺の弟子ってやつだ」
「…………」
突然の暴走染みた心の行動に茫然と食事の手を止めて育真と心を見つめるヘレ、育真のその言葉に少し正気を取り戻し育真を見つめ直す。
「ああ、ヘレ。こいつは心だ、一応俺の友人って事になる。普段は此処まで馬鹿みたいな暴走をする奴じゃないんだが、まぁ俺が珍しい事をしているから暴走しちまったみたいだな。実力は今のヘレじゃ足元にも及ばない程度にある探索者だ、怪しい奴では……多分ないぞ」
「っっいったぁ、もぅ! 何その紹介の仕方!? 怪しい所なんて一切ないでしょ私に! っと、えっとぉ、ヘレちゃんって言うんだね、私は心、森中心だよ。いっくんとは結構長い付き合いでお友達なんだ、宜しくね! にしてもいっくんが弟子? ……そか、そっかぁ、ふふ、良かったね」
「……ぁ、私はヘレ=アリスティアです。育真さんに三カ月ほど前からお世話になっています。宜しくお願いします」
育真の紹介の仕方に文句を付けながら心は改めてヘレと向かい合い名を名乗っていく。ヘレもそれに向き合い、警戒心をにじませたように見つめながら名を名乗っていく。心は苦笑を漏らしながら育真に再度向き直り笑みを浮かべながら良かったと言葉を投げて行く。
育真はそれに返事を返さず、台所でお茶を入れ心へと差し出して食事を再開した。
「迷宮から戻ってきたって事だが何階まで行ってきたんだ?」
「んーと、今回は二十五階まで取りあえず進んで、二十六階の階段を見つけて覗いてきたところで帰ってきたよ」
「たった三ヶ月でそんなに潜れるのか?」
「まぁ、敵が敵だったしねぇ。まだ比較的余裕があるよ。多分五十か六十位までは余裕じゃないかな? 今の調子でいけばだけど」
「そうか、先の迷宮はどんな感じだったんだ?」
「そだね、いっくんは今どこまで進んでるの?」
「俺達はまだ十階にも進んでねぇよ」
「ふみゅ、なら十階、十五階、二十階でそれぞれ変化が起きてるよ、ニ十階までは五階層毎にでニ十階からは多分十階おきになったのかな? 二十五階と六階で変化はなかったからね。モンスターはまだニ十五階でオーガが出て来た所だね、正直私達今回はマップを埋める事よりも先に進む事を考えて潜ったから見落としが酷いと思うだ。モンスターの情報に関しては期待しないでね」
「あいよ、取りあえず見たモンスターだけでも教えてくれよ」
「はーい」
二人はそんなやり取りをしながら迷宮の話しを続けていく。ヘレはその話しを聞きながら羨ましそうに心を見つめ、それに気づいた心はニコっと笑いながらウインクを返す。直ぐにヘレは視線をそらし、少しだけ頬を赤く染めながら恥ずかしそうに食事を再開していく。
「って所かなぁ? ヘレちゃんと一緒で十階の話題が出たって事はそれに近い階層まで進んでるんでしょ? 大丈夫? 無理させてない? 私やかなちゃんとは違うんだから無理させたりは駄目だよ?」
「まぁ、最初に少し体作りできつい所をやらせたが、迷宮内では無理はさせてねぇよ。まぁそれでも危険な事にはなったりはしたがな」
「また、いっくんは教えるってなるとスパルタすぎるんだから! ヘレちゃんにもそんな事やったんでしょ? まったく! 迷宮内に関してはもう仕方ないと思うけど、ちゃんと守ってあげるんだよ」
「わぁってるよ、俺の目の前で俺より先にやらせるかよ」
「違う! そうじゃないよ、いっくんも一緒に頑張って安全に帰ってこないと駄目だよ、何かあったら自分を犠牲に護ろうとかやめてよね、そういうのはもう飽き飽きだよ」
「……悪い、そうだったな」
少し空気が重たくなり、育真とヘレは食事を終えて行く。ヘレは片づけてきますねと言いながら食器をもち台所へと向かっていった。
「そういえばいっくん最近の噂話って知ってる? 迷宮から戻ってきて広間で聞いたんだけど」
「知らないな、どんな話だ?」
少し気まずそうな二人だったが、心が話題を反らすようにそんな会話を始めて行った。ヘレはその会話が始まってすぐに洗い物を終えて戻ってくる。ついでにお茶を育真と自分の分を入れ、心のお代わり分も持ってきながら。
「あっ、ありがと! うん、それで噂話だけど最近迷宮の浅い階層でモンスターの多発が起きてるみたいなんだよね。三階位でゴブリンの群れが出たとか、八階位でオークの群れが出たとかそういう話しが出てるよ」
「群れねぇ? どの程度の規模なんだ?」
「ゴブリンは五十体規模、オークは三十体で更に奥や周囲から近づいてくる気配があったって話しだよ。結構あの辺りを潜ってる子達だときつい相手だよね。リーダーが少し見回ってみるかって言ってたから五階層より上はこれから数ヶ月は私達が見て回ってみるけど、六階層より下は気を付けてね? 流石に手が足りなくてそっちまでは見て回れなそうだから」
「おう、まぁオークだけならぶっちゃけ問題ないんだがな」
「いっくんはそうでもヘレちゃんはそうじゃないでしょ! 解ってるくせに」
「わ、私は大丈夫です、頑張ります」
「もぅ! ヘレちゃんも頑張りますで片づけられるレベルじゃないと思うよ! しっかり自分の力量を把握したうえで、出来る出来ないははっきりさせておかないといざという時にいっくんもヘレちゃんも互いに危険になるんだからね? 気を付けてよ?」
「……はい」
心の言葉にヘレは少し悔しそうに、それでも言われた事が正しくて言い返せずに、少し言葉を濁らせながらも返事を返していく。それを心は心配そうに見つめながら懐かしいなぁという様な思いを抱いていた。
「(私もあんな時期があったなぁ、でも、ヘレちゃんは幸せ者だねいっくんが傍にいる、本当に危ない時は助けてくれる人が傍にいるんだから)」
そんな事を思いながらヘレの姿に自然と笑みがこぼれて行った。それを見てヘレがますます不機嫌そうに視線をそらし、育真は苦笑を漏らす。
「あっ! 後ね、スライム、スライムを九階層と八階層で見た人がいるみたい」
「はぁ!? まじで? あいつらがそんな階層にいるのか此処」
「解んない。見間違いかもしれないし、私達が知ってるスライムとは別かもしれない。でも念の為に気を付けてね? 私達も一度見に行きたいけど、それよりも先に上層の安全確保をしておきたいから」
「おう、流石にスライムはな、今のあの辺りを潜ってる奴等だと絶望的だろう」
「あの、スライムとはどんなモンスター何ですか?」
育真が驚き心が真剣な表情で話し合う中にヘレが首を傾げながら訪ねて行く。
「ああ、ヘレは知らないか、スライムってのは液体モンスター? モンスターなのかあれ? 取りあえず液体状のモンスターでな、知能はたぶんねぇ、痛覚もねぇ、物理的な接触はほぼ不可能、倒すには高温の炎、零度以下での氷結、焼け焦げ灰に出来る電圧の雷、真空状態に出来るレベルの圧縮した風、そんな物が用意できないと倒せない理不尽モンスターだ。倒した所で何かが手に入る可能性は非常に少ない、一万程倒して一匹位がコアの欠片が残れば御の字ってレベルの本当に酷いモンスターだ。まぁその欠片が手に入れば凄い金になるだろうがな」
「あいつらって触れた物を溶かす酸の身体で出来てるからね、間違えて触れたら一瞬で骨まで溶けるんだよ。その上で粘着性が高いから一度引っ付いたら中々剥がれない、鋼鉄位なら一瞬で溶かしちゃうから人間なんて十秒もあれば完全に溶けてなくなっちゃうんだよね。ヘレちゃんもスライムに限らずそういう液体状のモンスター、後気体状、霧状のモンスターを見かけたらまず逃げた方が良いよ」
「なにか、とんでもないモンスターですね」
「ああ、俺や心達なら何とか出来るだろうが、今の此処にスライムをどうにかできるレベルの奴等っているのか?」
「それは大丈夫だよ、下の階層を潜ってる人は最高で五十まで潜ってるみたいだし、スライムの討伐経験がある人も何人かいたから。これから頑張れば私達より強くなるかもしれない人達もいたよ」
「ほぅ、それは凄いな。ある意味安心出来るな」
スライムの話しが出た時は流石に育真も驚いていたが、その後に続く心の期待が出来るという言葉に育真は嬉しそうに笑う。ヘレはそんなとんでもないモンスターをどうにか出来るという育真と心にどれだけこの人達は強い人なんだろうという思いを抱きながら、自分もまけない様に、隣に立てるように頑張らないといけないと改めて気合を入れ直していくのであった。




