020【分断】
「っはっはっはっはっはっぁ!」
ヘレは荒くなる息を吐きながら必死に逃げる。そしてそんな逃げるヘレの前に立ちふさがるように現れるオークの足を斬りつけ転倒させると、振り返る事なくまたその足を動かしていく。背後からはまだ元気なオーク達の群れがヘレを追いかけて駆けてきているのが見えていた。
「(どうしてっ! 育真さん、助けて、助けて育真さんっ!)」
瞳に涙を貯め、零れ落としながら必死に前を向いて走り続ける。息は既に上がり汗は吹き出し全身が濡れそぼっている。心の中で必死に育真へと助けを求めながら、ヘレがちらりと振り返るそこには豚の顔、突き出た腹、ピンク色の素肌を茶色く砂や土で汚したオークが十体以上が追いかけてきている。
「(何でこんな事にっ! 私が、私が油断して罠に引っかかったから……でも、だからって! 怖い、怖いです育真さん、助けてっ!)」
足が震えはじめる、オーク達からヘレが逃げ始めてから既に二時間近くが経っている。瞳は涙を流したせいで赤く染まり、手に力も入らなくなりつつあった。それでも死にたくない、一人で死にたくない、誰も見ていない所で寂しく死にたくないとヘレは必死に足を動かし続けた。
涙を流しながらこんな事になった原因を思い出し、何度も自分を責めながら助けを求めて。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
育真とヘレがPTを組みながら迷宮へと潜るようになって二ヶ月程の時間が経っていた。そこそこヘレも迷宮内での動き方、罠の発見、周囲の警戒も様になりつつあり順調に成長を続けている。
この二ヶ月でヘレも最初の頃よりは落ち着きを見せ、育真の姿が見えなくとも取り乱したりはしなくなる程度にはなっていた。育真から家の鍵を作られ手渡されたのも大きな理由だろう。一人で買い物にいったり、お使いをしたりする位は問題なく行えるようになっている。
それでもまだ一日以上離れる等と言った行為は出来ない程にヘレは育真にべったりではあるのだが。
「これで五層が終わりだな。意外と早くマップが埋まったもんだ。ついでに軽く六層を見てから明日辺りで一度引き上げるか」
「はい! 私も少しは慣れてきてお手伝いが出来るようになってきましたから頑張ります」
「おう、頼むな」
そんなやり取りをして五階層の階段を降りて六階層に足を踏み入れたのだ。
六階層は深い森が広がるマップとなっていた、育真とヘレはその森の中に足を踏み入れ警戒しながらマップを埋めていく。そして少しして初めての六階層での戦闘が開始された。
「オークか、モンスターに関してはあっちとほぼ違いがないんだな……まぁ、どうでも良いか。ヘレ、あいつはオークって言ってやったらと耐久力が高い、自然治癒能力も持ってる上に怪力もある、見た目に反して足も速いぞ、ステータスで言うBはある筈だ。その上に、あいつらは意外と勘が良い、咄嗟に避けられるという事も油断しているとあったりするな、まぁ油断さえしなければ大丈夫だろうが、ヘレの場合だと獲物がナイフだからな、少しばかり倒すのが大変かもしれないが、一匹なら何とかなるだろう。頑張って見ろ」
「わ、解りました」
ヘレは少しオークの見た目にしり込みしながらも、育真に言われ瞳に力を籠めナイフを構えて一歩踏み出す。オークの見た目は身長が二メートル半ば、腹がどぷんと飛び出し中に人間の大人が一人位入っているのではないかと思わせる大きさで、ピンク色のそれがぷるんぷるんと動くたびに動いている。あれ全てが脂肪だとするならばあの辺りを刺した所で致命傷は不可能だろう。
オークもヘレに気付きその手に分厚いヘレと同じくらいの大きさの棍棒を構え向かってきている。ヘレはオークのその姿を確認しつつ、どこを攻撃するかを考える。自分の身長ではオークの首を狙う等という事は現状不可能、ならば狙いやすく態勢を崩せる足からか、そう思いながらオークの動きを見ながら息を吐き出し飛び出していった。
『GUAGOOO!』
「っぁ!」
オークが振り下ろす棍棒をその瞬間に速度を一気に上げ前に転がりながら躱していく。そして転がりながらも視界はしっかりとオークの狙うべきと定めた足、そのアキレス腱と呼ばれる場所を見つめ切り付け起き上がりながら飛びずさり距離を開けて行く。
『GUAGUUU!』
次の瞬間にオークは一瞬膝をつくが、すぐに起き上がり憎々し気にヘレを睨み付ける。
「あれで、結構深く切れたと思ったのにあれで直ぐに治るんですか」
驚きながら斬りつけた筈の場所を見れば、既に血が止まりまだ動かせはしないまでも支える事位は出来そうだという事がうかがいしれた。ヘレはこれはかなり厳しいと思いながらも育真が出来ると言ったのだから何とかなるのだろう、ならばそのための方法を考えろと自分の頭を回していく。
だが考えた所で難しい事等考えつきはしない、当たり前の事、ヘレは今の自分であればそれが出来るであろうという方法しか思いつかなかった。そしてとにかくやってみる、そう思いながら飛び出していく。
『GAAAAA!』
飛び込んで来たヘレに、潰してやると言わんばかりに轟音を立てながら棍棒が振り下ろされる。それを今度は転がる事なく再度ステップで避けながら足元へと近づこうとした。
「きゃぁっ!?」
だが振り下ろされた棍棒の威力は中々の物だったらしく、サイドステップでギリギリでよけたのが仇となり棍棒が振り下ろされた地面が弾けた衝撃で少しだけ態勢を崩してしまう事になっていた。女の子らしい悲鳴を上げながら、オークは嬉しそうにニヤリと笑う。そして棍棒を持ち上げながら足を態勢を崩したヘレを踏み潰す為にと踏みつけようとする。
「っっ!」
それをゴロゴロと転がりながら避ける。
「ぐっ! っきゃぁぁぁぁ!」
だが避けた場所にオークの棍棒が再び襲い掛かる。転がった儘の状態でそれを躱しきる事が出来ず、ヘレは必死にそのナイフでそれを受け止めようとし、受け止めきれずにそれでも辛うじて直撃する事だけは避けて行く。だがそれの被害は大きい。ナイフは折れ、ヘレは大きく吹き飛ばされた。
幸い木に当たる等という二次的な被害はなかったがそのままゴロゴロと転がり顔に身体に切り傷擦り傷を作っていく。ヘレは息を荒くしながら、傷ついた事を無視して立ち上がる。そこに諦めの表情も何もない、ただ純粋に今度はしっかりとやって見せるという意思だけが感じられる。
育真はそれを見ながらやっぱり強い子だと思いながら、他の近寄ってきたオークを始末していっていた。
「やぁぁぁ!」
ヘレが気合を入れるように叫びながら新しいナイフをマジックリングから取り出し構え、オークに向かいまた突っ込んでいく。オークは嫌な笑みを浮かべたまま棍棒を振り下ろし、躱されるのが解っていたように、躱したヘレにその足を振り上げるように蹴り上げる。
「っなん、どもっ! やられませんっ!」
だがヘレは今度はしっかりと態勢を崩すことなく棍棒の一撃を躱し、その蹴り上げて来る足の一撃も躱しきる。そしてチャンスだと言わんばかりに振り上げた足が降りる前に支えているもう片方の足を斬りつける。一度二度、三度四度、連続でオークが動く前に、倒れる前にと素早く切り付け直ぐに距離を開けるように離れた。
『GUAGUGUGU!?』
そして足から大量の血を流しながら完全に態勢を崩したオークが尻もちをつく様に地面に倒れ込む。その拍子にオークは棍棒を手放し咄嗟に地面に両手を付けて態勢を整えようとしていた。ヘレは今がチャンスだ! そう思いながら一気に近づき倒れて手が届くようになった首に一撃を加えようとし、すぐに考えを改め顔にそのナイフを突き刺していく。狙ったのはその両目、オークも必死にそれを避けようとするが態勢を崩し切り真面に両手も使えない状態で躱しきれずにそれは深く突き刺さる。
汚い悲鳴を上げ叫び、オークはゴロゴロと転がりながらその貫かれた両目を両手で抑えるように包み込む。これにはヘレも困り、咄嗟に距離を開けてどうした物かと考える。あの巨体と体重ではヘレでは抑えきる事も支えきる事も出来はしない。あれに巻き込まれれば命の危険がある、それが解ってしまうからだ。
「上手くいくと良いけど」
そう呟きながらナイフを腰の鞘にしまい、マジックリングからコンポジットボウを取り出していく。小型のと言ってもヘレが持つとそこそこ大きく見えるそれを構え、弓をつがえて行く。ぎりぎりと全力でその弦を引き放つ。最近ようやく引けるようになったそれは真っ直ぐにオークに向かい深くその身体に矢が突き刺さる。
「当たった! あっ!」
上手く当たった事に喜びながら、転がり続けるオークの精で突き刺さった矢がおれて壊れる姿を見て声を上げる。それを見て肩を少しだけ落としながら打つ場合は完全に使い捨てになっちゃうのかと内心で為気を付いた。だが今はそれよりも倒す事に集中するべきだとすぐに頭を切り替え次々に矢を放っていく。
そして十本、それだけの矢を放ち、二本ほど外しながらもオークは動きを止めた。荒い息と既に声を上げる元気もなくなっているのかただただ明かりを灯す事さえない潰された瞳で空を見上げている様子を見せている。
ヘレはそれに近づき油断なくその首を切っていく。斬り落とせるわけはない、それでも太い血管を斬りつければそこから更に血が大きく流れていく。徐々に荒い息が静かになり、やがて止まる。完全に止まってからも二度、三度と確認する様に首を顔を斬りつけてみるが反応が一切ない事を認め、倒せたことを確信する。
「っはぁ! 出来た、何とか、倒せました」
「おう、ナイフだけでも行けたとは思うが、ちゃんと様子を見て弓を使った判断も悪くはないと思うぞ。まぁ矢は少しばかり勿体ないが命には代えられないからな。良くやったな」
「あっ、は、はい、ありがとうございます」
ふへへと頬を緩ませながら育真に頭を撫でられて嬉しそうに微笑むヘレ。それは直ぐに収まり少し残念そうに離れていく手を見つめながらすぐに表情を引き締め育真の視線を辿る。そこにあるのは今ヘレが倒したばかりのオークの亡骸だ。
「オークは骨と肉を買い取ってくれるからな、ヘレはそれを何とか切り分けてくれ。俺はちょいと別の場所から剥いでいくから」
「解りました」
そしてヘレはオークに近づきながら大振りのナイフでそのお腹に着いた肉を切り落としていく。その間に育真はオークの下半身の袋をいやいやながら切り落とし袋の中へと入れていく。薬の材料となる為意外と高く買い取ってもらえる素材なのだ。流石にヘレにこの辺りをやらせるのはまだ早いかと考えた役割分担であった。
その後剥ぎ取りを終えれば、もう少し周囲を調べて一夜明けたら帰ると決めて動き始める。そしてそれから数時間で問題なく周囲のマップを書き終え地図を作り野営を始めて行った。パチパチと弾ける火花を作りだし、育真は今日もまた頑張ったから取りあえず先に寝ておけとヘレを寝かしつけて行く。六時間ばかりヘレを寝かせ、育真はその後に三時間ばかりの睡眠をとる。
日が開ければそろそろ帰るかと、来た道とは別の場所を辿りながら入り口を目指し、そしてその時が訪れる。
「っヘレ! 罠だ、止まれ!」
「えっ? あっ、きゃぁぁぁぁ!?」
育真はヘレの後ろにつきながらヘレが主導して罠の発見、周囲の警戒を続けて帰り道を進んでいた。だがヘレは気づかず、育真もまた少し距離を開けて進んでいたために気付くのに遅れてしまった。その為ヘレが足を踏み入れるその瞬間に気付き声を上げるが遅かった。
その罠は発動し、一瞬光ったかと思うとその場からヘレの姿が消えていた。
「ヘレっ!? くそっ! まさかこんな浅い階層にこんな罠があるなんて、油断していたなんて言い訳にもなりゃしねぇ!? 糞がっ!」
そして育真は改めて走り寄りその罠を調べる、単発の罠でありそれは既に機能を失っている。転移の罠。調べてみれば違う階層に飛ばされる程の大がかりの者ではない事だけが解る。
「同じ階層、ってのはまだ救いだが、くそ! ヘレ、無事でいてくれよっ!」
そう叫びながら育真は駆けだしていく。育真が目指したのは見える範囲で一番背の高い木があるその場所だ。そこから木の上から探ろうというのだろう。心の底から育真は願う、どうか無事でいてくれと。その額に大きな汗を浮かび上がらせ、今までに見た事のない程必死な表情で育真は駆けて行くのであった。




