019【大地震☆】
☆ヘレ=アリスティア
私は何処にでもいる少し優秀だと言われるただの子供だった。人より少しだけ成長が早く、人より少しだけ頭が良く、人より少しだけ身体を動かすのが得意だった。それも特別に凄いという程ではない、あくまで少しだけ、学校のテストで言えば全部九十点を取れ、通知表は五以外ない程度で飛び級をしたり特別な才能が有ったりしたほどではない。
それも全て才能があったからという訳ではなくただ頑張ったからの結果で得られた物だった。お父さんとお母さんは私の事を良く褒めてくれる、褒めてくれる時だけ私を見てくれる。成績が下がる、通知表に四が出る、そんな事があると急に私を見る事を止めて次は頑張りなさいの一言しかかけてくれなくなるのだ。
だから頑張ったのだ、子供心にそうすればお父さんもお母さんも笑ってくれて私を褒めてくれる、頭を撫で食事に連れて行ってくれたり遊びに連れて行ってくれたりするからだ。ただ私は特別な子供ではない、それだけの結果を出す為に必死に頑張るのに時間が掛かる、その結果私は常に勉強をし、頭が疲れたら身体を動かし、体力が限界に来たらまた勉強をしという生活を繰り返していた。一人で。
友達などいた事はない、友達を作る時間はない、それ以外をやる時間など一切ない。だからそれをしないで遊んだり食事をしたり外に出れる時間、お父さんとお母さんが求めてくれたからという免罪符をもってゆっくりできる時間が楽しみだった。
あの頃の私はもうそれ以外何も考えられなくて、必死にただ頑張る事だけが目標になっていた。ゆっくりする時間が欲しいからなのか、お父さんとお母さんに褒めて貰いたいからなのか良く解らないが、それを気にする余裕もなくなっていた。
そしてそんな時間が続いていって、私が九歳の頃だ。誰もが知っているあの大地震が私の住んでいる場所を襲い、全てを奪い壊し解放してくれた。あの時の事はまだ覚えている、最初は小さな揺れだった、それが徐々に時間をかけて大きくなっていったのだ。お父さんもお母さんも驚き慌て私等気にせず避難しないとと騒いでいたのを覚えている。
自身が家が揺れ始める程大きくなり、長い時間揺れる事でお父さんとお母さんは顔を青くしていたのがいまだに印象に残っている、私には見向きもしてくれなかったのも、覚えてる。そのお父さんとお母さんは家の中にある隠してあるへそくりや貴金属の類、お金や通帳を持って逃げ出そうと荷物を纏め終わった所で震えて部屋の中で蹲り頭を抱えている私に気付いた。
「ヘレ、何をしているんだい、逃げるんだよ、そんな所で蹲ってないで早く来なさい、置いていくよ」
「何をしているの? ほら、早くなさい。それとこれを持って頂戴」
そう言いながら揺れが大きくなる中で無理やり私は立たされ、泣いているのを無視して荷物を預けられる。ずっしりと重たい荷物、リュックにいっぱいいっぱいに積み込まれた貴金属だったが、その時の私はそれを見る事も出来ずに解らなかった。私はお父さんとお母さんの言葉に反した言葉を投げると冷たい視線を投げられ溜息を吐きながら呆れられるのを知っていた。だから怖い、嫌だ、助けて等という言葉や重たい等という言葉を一つも吐く事が出来ずに、その二人に遅れて家を出た。
少し歩くだけで汗が噴き出て息が上がる、まだ九歳の身体で体力も九歳の人並みより少しある程度、そこに自分の身体と同じくらいの大きさのリュックいっぱいに貴金属が詰められたそれを背負って歩いているのだ、仕方がなかっただろう。
それでも弱音を吐く事だけは出来ず、お父さんとお母さんが遅いぞ! と怒りながら足を止めずに私に振り返り怒鳴ってくる声を聴いて、必死に足を動かしていた。だがそれもそこまで長い時間は続かなかった。お父さんとお母さんは地下シェルターを所持しており、家から少しだけ離れた場所にそれを置いている。詳しく聞いた事はないが何やら色々複雑な事情があったらしい、家の敷地が何だこうだと言っていた様な覚えがある。
そこに向かう最中でとうとう立っていられない程の大きさに地震はなっていく。と言っても立っていられないのは私や子供位であって、大人のお父さんやお母さんは普通にまだ歩けているのが見えていた。倒れた私を見て舌打ちをしながら何をやってると怒鳴られた。早く起き上がってついてこいと私からかなり離れた距離で怒鳴り、更に先に進んでその地下シェルターの入り口に辿り着いたのが見えた。
私は起き上がれなかったので、泣きながら這いでそこに向かったのを覚えてる、膝や肘、腕等を大きく擦りむいた痛みは中々忘れられない。それ以上の痛みを何度も経験したが子供の頃のあの頃に経験したあの痛みはまた別なのだろう、どうしても思い出すたびに痛みがぶり返す気がする。
お父さんとお母さんは私が這いで進んでいるのを見て舌打ちをしながら言い争っているのが見えた。
「だから子供にあんな貴重品を預けずにお前が持っていればよかったんだ! 戻ったら私達まで危ないかもしれないんだぞ! 戻れない、あのままあの子が死んだら損ばかりではないか!?」
「仕方ないでしょう! 私は余り重たいものを持った事がないのよ!? あんな重たい物を持って歩くなんていやよ! それなら貴方が持てばよかったじゃない!」
「両手にもう荷物を持っているだろう!? お前はバック、それも普段持ち歩いているそのバック一つしか持っていないではないか! っ!? と、取りあえず中にはいるぞ! おいっ! 早くここまできて中に入るんだぞ! お前が持っているその背中の荷物は大事な物なんだからな!」
「もぅ! 解ったわ! 貴方のせいよ! 貴方が転んだりしないで早く動いてれば私が怒られる必要もなかったのに! 全く良く出来た子供だと思っていたけどそんな事なかったわ! 早く来なさいよ! 間違っても来れないなんて事だけは無いようにしなさい!」
お父さんとお母さんはそんな事を言い合いながら必死に這いながら進んでいる私に最後にそう怒鳴りつけるとその地下シェルターの中へと入っていった。
「ま、待って! ごめんなさい! 転んでごめんなさい! 遅くてごめんなさい! 言うとおりに出来なくてごめんなさい! だから、だから待って! お父さん! お母さん!」
必死に揺れが酷くて立ち上がれない中で立ち上がろうと頑張った。何とか立ち上がって、一歩進もうとしてやはり揺れが酷くて転び強くお尻を打った。痛くて怖くて寂しくて、そして見捨てられたような気持で独りで凄く泣いた。それでも、言われた通り這いでその近くまでいこうと頑張った。
この時の私にはお父さんとお母さんが全てで、二人に言われる事が正しくてそれに背く事は全部間違っていると考えていた。だから全部私が悪いんだ、お父さんとお母さんに早く謝らないとと思っていた。
その想いは報われず、その願いが叶う事は無くなったのだけど。
「何っ! もぅ何なのっ! やだよ! 怖いよ! 助けてよぉ! やぁぁぁぁ!」
自身の大きさが大きくなりすぎ、這う事すら出来ず周囲の地面が割れ始める。建物があちこちで崩れる音がなり、火の手が上がり黒い煙が空を覆いつくしていくのが見えた。あちこちでサイレンの音や何かがぶつかり合って爆発する様な音も聞こえて来た。それに怯えて限界が来た私はその場で丸くなって目を閉じて頭を抱えてただ大声で泣きじゃくる事しか出来はしなかった。
そしてその時が訪れる、すぐ近くで大きな音がなる。思わず頭から手をどけてその音がなった方向を見てしまう。そこはお父さんとお母さんが逃げ込んだ地下シェルターがあった場所、そこが大きく地割れを引き起こし深い深いそこが見えない程の割れ目となって途切れていた。
その割れた中にお父さんとお母さんの姿が見えた、恐らく二十メートル以上は下がっていた場所、大きな灰色の外壁に覆われたそこは割れ砕けすでに元の役割を成してはいなかった。その崩れた場所、地下へ続く深淵へと続く深い割れ目に堕ちそうになってしがみついているお父さんとお母さんが見えたのだ。
二人は何やら喚き散らしているのが見えたが、お父さんが何とか必死によじ登りシェルターのまだ無事な場所へと避難したのが見えた。そしてそのお父さんはお母さんを見た後、少し考えた様なそぶりを見せて見捨ててそのまま奥へと逃げ出した。
「えっ?」
てっきり私はお父さんはそのままお母さんを助けると思っていた私はそれを見て怖かったのも痛かったのも何もかも忘れて茫然としてしまった。お母さんは泣きながらお父さんの名前を呼んでいるのだろう、泣き顔から凄い顔になってそして、そのまますぐに力が尽きてその深淵の中に呑み込まれていった。
「おか、お母さん! おかあさぁぁぁん! お母さんっ!」
それを見て私はただ泣きながらそれに近づこうとするが、自身は続いている。動く事すらままならずそれが出来やしなかった。寧ろ出来なかったことが幸いだったのだろう、出来ていたら私は今ここにはおらずお母さんと一緒にあの何処まで続いているか解らない深淵のそこに飛び込んでいたのだろうから。
お父さんはそれからよたよたと地下シェルターのあった入り口から出てくるのが見えた。何で? どうして? という考えしかその時は思い浮かばなかった。
「お父さん! お父さん! お母さんがっ! なんでっ、何で助けてくれないのっ!」
私の声が聞こえたのか、地下シェルターから抜け出したお父さんは深淵が続く地割れから離れようとし、こちらを振り返る。地割れを挟んでこっちに来れないのは解っていたが何か言ってくれるのかとお父さんを見れば、憎々し気に、厄介な物が残っているという様な視線で見つめられた。そして私の背中に目を向けてその表情を変える。
「ヘレ! 良かった、あれは仕方がなかったんだ、お前も見えていたんだね、あれは仕方がなかったことなんだよ。でもヘレが無事でよかった、取りあえずその背中の荷物を持ってあっちにいくんだ、私もそっちに向かうからそっちで合流しよう」
お父さんは私を見ずにただ背中にあるリュックを見ながら話していた。そしてお父さんが指さしたのはずっと先に見える地割れがないお父さんがいる場所と私のいる場所がつながっている場所だった。何もかもが解らなくなっていた私だが、お父さんの言う事は聞かなければいけないという想いだけはまだ残っており、ただそれに従って動こうとする。
大地震は少し収まってきており、まだ立ち上がれはしなかったがゆっくりと動く事が出来る位にはなっていた。私はまた泣きながら必死に言われた場所へと向かう。お父さんは普通に走ってそこへいき、私より先に着いた。そのままこちら側にきて、私に向かって走り寄る。
「リュックは無事なようだな! 良かった!」
リュックが傷ついておらず、中が漏れていないのが遠目に見えたのか安心したようにお父さんはそう叫び、そして姿を消した。地震が一瞬収まったかと思った瞬間、また大きく揺れ動きお父さんが走ってきた場所に大きな穴が開いたのだ。
お父さんは何かを言う事なくその穴に吸い込まれ消えて行った。叫び声も聞こえはしなかった。
「あ、れ? あれ? おとう、さん? おとうさん、お父さんっ!? 何で! 今、今! 今直ぐそこにいたのにっ! なんでっ!?」
その穴は私のすぐ近く、距離的に十メートルも離れていない距離だろう。そこに出来ていた。そしてそれは自身が大きくなると共に広がり、私の傍まで徐々にその穴を広めて行っていた。私はただ泣きながらお父さんお母さんと喚き、とうとう私の場所までその穴が広がった。
「おとぐぇっ!」
泣き叫んで、穴が広がった瞬間私はその穴に落ち、その壁にリュックが挟まり変な音が喉から飛び出した。地震がそして収まり、あちこちで悲鳴や叫び声、赤く燃える炎や黒い煙が立ち上る中で泣き叫んでいた私の頭の中に変な人の影が浮かび上がり、頭の中に直接話しかけて来た。
『神秘を忘れ、大地に対する感謝を無くした者共よ、汝らに生きる資格は無しとした。私はそれゆえこの世界を滅ぼし新たな世界を作りだす、そう決めようとした。だが汝らの中にもまだわずかに神秘を持ち、大地に感謝する者達がいたのを私は確認した、故に最後の機会を与えよう。この世界、ありとあらゆるすべての地、海、空を消し去り一つの大陸を作りだす。そこに集いそこにある試練を見事抜けてみよ、さすれば汝らに生きる資格ありとしその地に残る事を許そうではないか。私は汝らにこう言われる者也、神と。私の言葉を聞き願う物は連れて行こう、今より七日、辿り着けた者は受け入れよう。今より七日後、この世界はその地ノアを残して消滅する、生き残りたくば努力せよ、忘れた物を思い出しそこにある者に感謝を捧げ、そして生きている事を思いだすが良い』
その次の瞬間、私は穴に落ちたと思ったら、良く解らない柔らかい草の地面の上に座り込んでいた。それに気づいたのはそれからしばらくして泣き疲れ眠りに落ちて、起き上がってまた泣いて、また泣き疲れて起きた後だった。そこがその頭の中に聞こえた声の神と名乗った者が行った場所、ノアだという事が解るのはそれからずっと後の事になる。
何で私がそこに来れたのか良く解らない、私以外にも八歳から十二歳位までの親がいない子供が同じように突然此処に来たという事を後々噂話や本人から話しを聞いて知った事だった。年齢が理由なのか、親がいない事が理由なのかその辺りは未だに解ってはいない、でも、私以外の人は友達がいたり、知り合いがいたり、面倒を見てくれる人がいたりしていたのを私は見ている。
私には誰もいなかった、誰も手を差し伸べてくれなかった。背中に背負ったリュックの中身だけが私の全てであった。それからその背中の荷物を使って、騙されたり盗まれたり色々しながら頑張って生き残る為に頑張って、十五年、貴方に会えた。
私を見てくれた、私を助けてくれた、私の名を呼んでくれた。
私に暖かさをくれた、私に居場所をくれた、私を一人じゃ無くしてくれた。
貴方に会えた。お父さんにもお母さんにも与えられなかった暖かさがある事を初めて知った、こんな事をして貰える事を初めて知った、知らない事ばかりだという事も改めてしった。
そして貴方は私をまた一人にすると言った、一人ぼっちに。私はもう、一度知ってしまったそれを手放す事なんて出来る訳がない。知ってしまったから知らなかったら我慢が出来た、もしくは知らないまま死ぬ事が出来ただろう。
そんな事に気付いたのもついさっきだ、自分の想いすら気づけなかった。でも気付いてしまった、もう駄目だ。私はもう一人では駄目なのだ。一人は嫌なのだ。
だから、だから、だから。
お願いです、私を一人にしないでください、貴方が望むような私になります。貴方が好むような私になります。貴方が認めてくれる私になります。だからお願いです、もう、私を、一人にはしないでください。
頑張ります、何でもやって見せます。だから、これからも、お願いします、一緒にいてください。




