016【続訓練】
迷宮で訓練を始めてから七日、最後の日。今ヘレは目隠しをした状態でゴブリンの相手をさせられている。
「(怖い、何で、どうして、あっきた、危ない! 何で私こんなひどい事やってるの? 危ないっ! 無理だよ、こんな状態でっ! 掠った! こんな状態でどうしろって言うの!?)」
内心で泣き叫びながらいっぱいいっぱいの状態で襲い来るゴブリンの攻撃を躱し逃げている。相手のゴブリンは二体、泣き叫びそうになりながらも息を必死に整え身体をとにかくしっかりと動かせる状態を保ちながら内心だけで叫び続ける。
だがヘレ自身混乱し、慌てふためいている為気づいていないが、実際に目隠しをされた状態でもしっかりとゴブリンの攻撃を躱しきれている。同時に攻撃されてかわしきれない状態となった時も咄嗟に構えたナイフで受け流し、直撃を避け掠る程度に抑え込めているのだ。
それに気づけない。
「逃げてばかりだと体力が尽きて終わりだぞ、少し落ち着け。自分の今の状態を冷静になって考えてみろ。落ち着けばすぐに片付くと思うぞ」
「(無茶な事ばっかり言って! これまでも酷かったけど最後のこれはとびっきり酷いですよ!)」
内心では文句をたれるが口から出る事はない。言いたい気持ちと世話になったという気持ちがせめぎあい、ヘレの中で世話になった気持ちの方がかなり大きい為に言えなかったのだ。もうもうととにかく一度落ち着く為にも距離を開けようと、ゴブリン達がいない場所に避け終えた後、一気に走り少し距離を開ける。
「(地獄の様な一週間が折角終わると思ったのに最後の最後でこれなんて)」
そしてヘレはこの一週間の記憶が蘇っていく。まず迷宮に入ってすぐに全身に重たい重りを付けられた。まだこれは体力をつける為だしと自分をごまかし納得しきれた。その状態で一日の三分の一は走りまわされながら一緒に周囲に気を配る訓練をさせられた。
どっちも一緒には無理だと、育真に訴えたがすげなく却下され限界間際、意識がもうろうとし始めた段階まで追い詰められた。何度も注意がそれている、上の注意がなってない、足元の罠があるのに気づかないから転ぶんだ等々怒られた。
とうとう倒れ相になったところで許しが出て休憩の時間となり、少し休んだ後はその重たくなり真面に動かせるどころか腕さえ上げる事が困難な状態でナイフの扱い方のレクチャーへと移っていった。初日はまだ握り方、ナイフでの切り付け方と刺し方、殴り方、腕の振り回し方や取り回し方等を実演しながら教えてくれただけだった。
二日目からは早速ゴブリン相手にそれをやらされる。勿論その相手をする前に走り回りながら警戒の訓練を続けるのは続いている、つまりボロボロの状態で真面に動けないとなっているのにそれをやらされている状態だった。
何度もゴブリンが持つナイフで切られ、刺された。その度に直ぐに育真の手によって傷は傷一つなく治され頑張れと見送られていく。ボロボロになりながらもゴブリンを倒し終えた時には全身切り刻まれたかのような傷痕だらけになっていた、服が。
そして三日目、意識がもうろうとする中で少し自然と足が止まったり時折育真が飛ばしてくる石ころを躱したりが出来るようになっていた。ヘレ自身はその時は無意識で気づいてはいなかったが、限界間際まで追い込まれているからだが否が応でも答えなければ死ぬと思ったのか、身体が自然と動き始めたのだった。
四日目あたりでその後のゴブリンを倒す数が増えた、二匹に。もう何を言ってもこの人は私のいう事を聞いてくれないのだとヘレは理解していた、故に痛い思いをするならその前にと動かない身体を無理やりに動かしてゴブリンに襲い掛かる。それを見たゴブリンは鬼気迫る勢いのヘレに怯えたのか後ずさり、さっくりと倒せたことにヘレは驚いた顔をした、が、すぐに育真がお代わりを持ってきて絶望の表情へと変わる。
五日目、ヘレは罠の解除の仕方などを教えて貰った、と言ってもこれに関しては結びの簡単な罠を元に近い罠でこういうのがある、罠をおいてそこを警戒させその手前で発動させる類の物等も多い等とどんな罠があるか等の口頭によるものが多かった。
それ以外は多少結びの罠を斬っての解除ではなく、それをヘレは自分の手で結びを解いての解除をやらされたり程度であり今までの訓練の中で一番心休まる時間であった。そしてそれに集中していると背中をナイフで斬りつけられた。ゴブリンに襲われたのだ。育真はそれを見てヘレに言った、罠だけに注意しているとそういう事になるから罠の解除中も警戒を解くと危険だぞと。
泣きそうになりながらも泣き叫んだところでどうにもならない、咄嗟に斬られた後身体はその後の追撃から逃れるように横に転がりナイフを構えていた。自然とそんな行動が出来た事に驚きながらも、驚いてばかりはいられないとヘレはゴブリンに襲い掛かり、その一撃で首の血管がある場所を斬りつけ距離を開ける。そして血が流れて徐々に動きが鈍くなるゴブリンを見ながら距離を保ちつつ動かなくなった後で止めを刺した。
その後も罠を見つけては解除と、その度に現れるゴブリンを倒しながらその日は終えた。ちなみに移動をする際は全部走ってだった。
六日目、ヘレは走りながらゴブリンの相手をし続ける事になっていた。次々に育真がゴブリンをつれて来てほぼ休みがない状態だ。今のヘレでは一体を倒すのも数分はかかる、そして育真が連れてくるのは数分から十分以内にどこかからともかくゴブリンをつれて来る。多い時では三体ものゴブリンを相手させられる事となっていた。
日が暮れて終わる頃には四体の相手をしており、その全ての攻撃を躱しながら躱しざまにナイフで斬りつけられる程度に動けるようになっていたが、その時のヘレにはもう自分が余計な事を考えている余裕などなかった。只管周囲の襲い来るゴブリンを倒す、傷を負わず、体力を使わず、少ない手数で確実に傷をつけ、隙を見つけて致命の一撃を放つ。それだけをただ考え実行していた。
それが最後にゴブリンの襲撃は終わり、暫くの間警戒したままナイフを構えじぃっとしていたが何も来ない事に意識をようやく取り戻し確認すれば育真が満足そうに頷きて微笑んでいた。そしてよくやったとヘレは頭を撫でられた。普段ならば子供じゃないと怒らないまでも不機嫌になるであろう扱いだったが迷宮に入ってから初めて褒められたという事実に頬をほころばせていた。
そして今に至る。
「(昨日も大変だったけど今日もこれはこれで酷いよね? まぁ褒めてもらうのは悪くなかったしこれが終わったらまた褒めて貰えるかもしれないから頑張るけど……って、何で褒めて貰えるから頑張るの? 私、もう自分の事が解らない)」
ヘレは何やら徐々にゴブリンが見えない恐怖とそれに襲われて死ぬかもしれないという恐怖から違う事へ思考が回り始めて行っていた。
「(子供扱いは余り好ましくない、でも頭を撫でて褒められたのは結構気持ち良かったって、だから違う! いや、違わないけどそうじゃない、あぁぁぁ! ゴブリン邪魔!)」
良く解らない自分の心に苛々し始めたヘラは近づいてきたゴブリンの首に一閃しその太い血管がある場所を斬りつける。そして直ぐに攻撃が来る可能性を考え転がり距離を開ける。息遣いが聞こえゴブリンが一体動きが鈍くなっているのがヘレには感じられていた。
「(私、どうしたんだろう。こんな事思ったり考えたりしたことなかったのに、子ども扱いとか撫でられた理とか褒められたりとか好きじゃなかった筈なのに……あぁもう、考え事してるのにこのゴブリンは!)」
そしてまだ傷ついていないゴブリンが襲ってきたのでヘレはそのままその一撃を躱して同じく首を狙い切っていく。血が被らない様にと直ぐにその場を離れ、距離を開けながらそのゴブリンと、先に斬りつけたゴブリンの動きが鈍くなるのを待つ。
「(と、とにかく今日でこれも終わり! ……おわ、り? あっ……そうだった、今日で私終わってまた一人になるんだ……)」
徐々に息遣いが荒く、そして静かになっていくのを感じながらヘレは力が抜けていくのを感じた。それを見ていた育真も首を傾げながらどうしたんだという様子で近づいていく。それにヘレはまだ気付けていない。
「(凄く辛かった、凄く逃げたくなった、何度も無理だと叫びたくなった。でも、それでも楽しかった、嬉しかった、何より折曲さんは暖かった……でも、それも今日で終わり、なんだよね)」
とうとうその腕から力が抜けだらんと腕を下げてしまう。ゴブリンは血を流し過ぎて後は自然死を待つだけになっており討伐という目的自体は達しているが、突然のその変化に育真は慌てていた。何かあったのかと慌てて近づいていく。
「(約束だったししょうがない、しょうがないよね、しょうが……ないなんて、言えないよ)」
「おい! アリスティア! どうした!? 何かあったか!?」
育真は近づき目隠しが黒く水で、涙で滲んでいるのを見て慌てて目隠しを取りながらヘレの様子を確認していく。身体に傷はない、苦しげな様子は少しあるがそれは泣いている時に見られる様子と変わりない。泣いているのだ。
「お、おい! 本当にどうしたんだよ突然!?」
「なっ、なんでも、なんでもない、です、なんでもぉ」
そしてヘレは育真に抱き付いて泣き始める、口では何でもないと言っていてもその行動は何でもないとは言い切れない、それが育真にも流石に解る。だがそれがどうしてなのかだけが解らない。
「た、頼む、俺はあれだ、こういう事には慣れてないんだ、どうしたのか教えてくれ」
育真はどうしてよいか解らず、頭を撫でてみたり、ちゃんとできていて良かったぞと褒めてみたり、きついことばかりやらせて悪かったと謝って見たりしても泣き止む様子を見せないヘレに困り果て、力ない声でヘレに直接訪ね直す。
「なんでもぉないのぉ。だって、だってぇおくせさんは、おくせさんはきょうでわたしからはなれてくんだ! また、またひとり、ひとりぼっちぃ!」
ヘレ自身自分がもう何を言っているのか解っていないのだろう、ただただ心に思い浮かぶ言葉が口から出ているだけ、目を真っ赤に染め上げながら育真の胸元に抱き付いて一人一人なんだっ! と泣き声を上げ続ける。
「(……あぁ、そういう事、か。こいつは一人でいる事を受け入れてた訳じゃなかったんだな。ってそりゃそうか、普通そんなのそうそう受け入れられる訳なんてねぇよな。俺だって完全に一人に何て事になってたら……はは! 俺は多分その時点で生きてないだろうな、そう考えるとこいつはすげぇな)」
抱き付いて泣きついて来るヘレに、育真はそっと頭を撫でながら眩しい者を見るような視線で見つめていく。そして軽く頭を振った後に尋ねて行く。
「アリスティア、アリスティアはどうしたいんだ? 一人は嫌だという、だが俺だって一緒に潜らなかったとしても縁が切れる訳じゃない、会いたいと思えば会いに来てくれても良い。これからしっかりと迷宮に潜れるようにもなれば一緒に行動する奴も増えていくだろう、実力があれば受け入れられる、上にいけばいくほどそういう奴は多くなる。だから一人に何てなりゃしないんだ」
「ちがっ! 違うっ! 違わないけど違うのっ! 違う!」
その違うしか言わない言葉にまた育真は困惑する。ヘレは頭が悪くない、むしろかなり良い方だろう。何せ教えた事を二度聞いて来ることが殆どない。流石に剣の振り方とかでの確認等の確認作業はあれど、どうだっただろうという様な類の忘れたり等がなかった程だ。
そのヘレは今育真が言った様な事は理解しているだろう、別れた後また少しの間一人になる事が怖いのかと思ったので来ても良いと言ったが、もしかしたらその間すら我慢が出来ない程一人で射る事が怖いのかと考える。
迷宮だって無理をしないで潜る程度であればその日の内に帰ってこれるだろう、深い場所まで行けば話は別だが一階ならいくらでもそうできる。だからこそ解らない、育真は困りながらあーとかうーとか言いながらヘレの頭を落ち着く様に撫でて行くだけだった。
「違うの、違う、私、私一人、折曲さんが、折曲さんだけが私を見つけてくれた、私を助けてくれた! だから折曲さんが離れると一人! 一人ボッチ!」
「だ、だからな? 俺は離れる訳じゃないって、ほら、会いたければ会いに来ても良いって言っただろう?」
「夜は一人! 朝も一人! 迷宮に潜ってる間も一人! 違う、私は一人になっちゃうんだ! やだ、もう、もう一人は嫌だよぉ!」
「は、離れないって! うん、一緒にいるから、だから落ち着け、泣き止んでくれ!」
「嘘っ! だって、だってだって一ヶ月って約束だからって、これが終わったら今日が終わったら終わりなんだ、私から離れて行っちゃうんでしょ!」
「う、嘘なんて言わないって、うん、な、なら改めて約束するぞ! 離れて行かないって一緒にいるって、それでどうだ!」
「ほ、本当ですか? 本当に? 約束してくる、の?」
「お、おう、約束するぞ」
「絶対ですか、嘘つきませんか」
「ま、任せろ! 約束は破った事……ほとんどねぇから」
「絶対です、絶対ですよ、絶対なんですよ」
「お、おう、絶対な」
「な、なら約束です。これから“ずっと”私と一緒にいてくれるって約束、これで私は一人ボッチじゃなくなる、一人じゃなく……」
「約束、うん約束だな」
そんなやり取りをし始めてようやくヘレの涙は収まりを見せ、真っ赤な瞳で育真を見上げ始める。そして何度も何度も核にするように約束という言葉を強調付けてそれを交わしていった。育真は気づかない、ヘレが言った“ずっと”という言葉の重さを。
取りあえず泣き止み、徐々に泣き疲れたのか緊張感が一気に着た後にほぐれた後遺症か、気を失ったヘレを抱きかかえながらほっとした様子で育真は目を覚ますのを待つのであった。




