013【手を眺めて】
「ん……あ、れ? ここ、は……あっ」
寝ぼけ眼で目を覚ましたヘレは目をこすりながらぼんやりと周囲を見回し、外にいる事に不思議がりながら育真の姿を見て少し考え思い出す。今は迷宮の中にいて私は彼に助けて貰ったのだと、そして警戒していた筈なのに熟睡していたことに恥ずかしくなり距離を開ける。
「おはようさん」
それを気にした様子も見せずに育真はヘレに朝の挨拶をしていく。それに戸惑いながら、一人慌てている自分が馬鹿みたいではないかと少しだけふてくされ、おはようございますとヘレは返事を返していく。
その後パンに干し肉を薄く切ってハムの様な状態にして食べながら水を飲み朝食を済ませて行く。それら全てが育真の持ち物から賄われている、ヘレは申し訳なさから何度も頭を下げ礼を伝える。流石にここまでされて少しは信用しても良いのかなと考え始め、でもまだ解らないと自分でももてあましがちな感情を抱えて行く。
「さて」
食事を終え、焚火の後を始末した後に育真はそう言いながら立ち上がる。それを見てヘレは思わずあっと今まで自分から逃げていたにも関わらずまってと、置いていかないでと言わんばかりに思わず手を伸ばす。そしてそれに気づき真っ赤になってすぐに手を下げて自分も立ち上がった。
「帰るか、見た所立ち上がる事は問題ないようだけど歩けるか? 多分一日休んだし歩くくらいは行けるかと思うんだが」
無理ならしょうがないから背負っていく事になるぞと言いながら育真が確認すれば、ヘレは何度か足踏みし、屈伸したりした後に問題ないと答えていく。
「まだ少し身体が重たいですし怠いですが普通に歩く分には問題ないと思います」
「なら良かった、さて帰りは少し勉強しながら帰るとするか」
「え?」
「昨日の話しを聞く限り今回が初めての迷宮探索なんだろう? 罠を見破る技術、解除する技術、警戒の仕方、歩き方から気配の消し方、隠れ方、しっかりとした罠の造り方、それに武器の扱い方も何も解らないんだろう? 帰るまでの少しだと出来る事に限りはあるが今日の所は取りあえずなるべく疲れない歩き方と周囲の警戒の仕方を練習しながら帰るとしようと思ってな」
「あの、そんな事までして貰う理由がないです。私は迷惑だけおかけして何もお返し出来る物が……」
「いや、別にアリスティアの身体が目当てって訳じゃないから安心しろよ。信じられないかもしれんがまぁあれだ、俺はアリスティアを助けた、そして俺が見た限りアリスティアはこのままじゃほぼ確実に迷宮で倒れる。折角助けた奴がそんな有様になるのが解ってて放っておけるほど人を捨てちゃいないってだけだ」
「ですが」
「ああもう! ならこう言おうか、俺はアリスティアを助けたな? その礼をして貰おう。一ヶ月の間で構わん俺の言う事を聞け! って言っても絶対にって訳じゃねぇ嫌な事は嫌って言っても構わんし、どうしてもだめだと思ったら断っても良い。俺も変な事を言ったり無茶をさせたりしたい訳じゃないからな」
「……何が、目的なんですか?」
「ああもう、はっきり言うぞ? 今のアリスティアに何か裏がある目的で近づいて得をする事があるか? まぁ貞操を奪うという事が目的であればあると言えるのだろうが、それならすでになくなっているだろう、今なくなってないって事は俺はそれをする気がないって事だと思って貰いたいな。それ以外にだ、それ以外に何かこれだと思う理由は思い当たるか? 思い当たらないなら唯のお節介だと受け入れろ、名前を知っちまった相手、助けた相手が死ぬのが解って放っておけないだけなんだよ本当に」
「……ほん、とうに? 本当に、本当にただそれだけなんですか?」
育真の言葉に信じられない、でもとヘレは困惑した表情を浮かべて行く。今まで生きて来て見返りなく助けてくれた人等大地震が起きてから今まで誰一人いなかった。誰もが両親が残してくれた貴金属を狙いそれを目的に近づいた、自分の身体を目的にそれを狙いに近づいた、それ以外の目的で近づいてくる事は誰一人いなかった。
仕方ない事だという事は解っている、誰もが自分が生きるだけで精一杯、自分以外に手を差し出せるとしたらそれは家族や絆を紡いできた友人等、その全てがない見ず知らずの自分に手を貸してくれる、助けてくれる存在等いるわけがない。
ヘレは大地震から十五年、ただ一人で必死に生き延び、何度も騙され、危ない目に合っては逃げるを繰り返しそれを実感していた。だからこそ今こうして手を刺し伸ばしてくれる人がいるという事を信じ切れない。
「まぁ信用も信頼もしなくて構わんさ、最初から何て無理だろうからな。でも少しでも生き延びたい、生きていきたいと思うなら受け入れろ。アリスティアが言う通り助けてくれる人や助言をくれる人がいないのであれば猶更だ。俺がアリスティアに最低限生きていけるだけの技術を教えてやる」
真っ直ぐにヘレを見つめながら育真がそう言い切った。それを見て、瞳を見つめ合い、ヘレはその姿が眩しく見えた。
「(本当かどうかなんて解らない、今までだって良いことを言って近づいて騙してきた奴がいる。でもそれは私がまだお金を持っていたからで、今の何もない私にこうして手を差し伸べてくれる。信じて、良いのかな? 本当に、信じても良いのかな? 今度こそ、私を助けてくれる人なのかな? 解らない、解らないよ……でも、信じたい、な。信じてみたい、だって、一人ぼっちは寂しくて疲れたから……)」
そしてヘレは頭を下げる。
「あの、色々疑ってばかりで本当にごめんなさい、でも、それでも助けてくれるならお願いします。助けて、助けてください」
「おうよ、やっと頷いてくれたな、それじゃあそういう事で改めて宜しくな」
「はい、あの、宜しく、宜しくお願いします!」
育真が笑みを浮かべてヘレの言葉に頷けば、ヘレもまた顔を上げ、その笑みを見て久しぶりに生気に溢れた声を上げる。いつ以来だろう、ヘレは思う。自分がこうして元気に誰かに返事を返すなんてことは、いつ以来だろう私が思わず笑えたことは。どうか、どうかお願いします、私を裏切らないで。
ヘレはそんな事を願いながら、育真が助けてから初めて見る笑みを浮かべたのだった。
その後二人は帰途に就く。育真が歩き方と一緒に周囲の警戒の仕方などを教えながら。
「良いか? 歩くときにまず足から動かすんじゃない、まず身体から動かすんだ。前の方へと身体を傾ければ態勢を維持するために自然と足が出るだろう? それによって自然と歩ける歩幅で無理せずに歩く、後は足先だけ、かかとだけ等ではなく足の裏全体を使いしっかりと地面を踏みながら歩け、力を入れろって事じゃないからな? 慣れるまでは意識しながらじゃないと大変だろうが、慣れれば自然と出来るようにある筈だ。慣れてきたらもう少し進んだ歩き方、移動の仕方を教えるがまずはそれからだな」
「今はまだ難しいだろうが歩きながら風の向きと、その風に乗って漂う匂いに気を配るんだ。こうした外だと少しばかり大変で例え異変が起きても何処からか判断がつきづらい時がある、そういう時は風の向きを見て風上の方と大雑把に辺りを付けて逃げろ。無駄に命を張る事はないんだ、無理せず安全にやるに限るからな。それと視界は遠くと周囲共にしっかりと確認しながら歩くんだ、少し離れているがあそこに罠がある、解るか? 解らないか、あの周囲の草が少し周囲の草より背が低くなっている、あの周囲の草が少し倒れているのが良く見れば解るだろう? 俺は此処からでも見えて罠があるのが解るが、解らない場合はあるかもしれないと注意しながら確認するんだ。必要なければ回避しても構わないけどな。難しいのは獣やモンスターが通った跡があるかどうかだな、それがあるとそれらが通ったせいで倒れている、短くなっている、違和感があるとなっちまう。そういう場合はその倒れている部分の周囲に気を配れ、自分達が歩く道に罠を仕掛ける事はあまりない、あっても比較的解りやすいから余程注意不足で歩いていない限りは気づけるはずだ」
そんな事を実際にやってみせ、罠等は見つけたそれを実際に近づき見せた後に解除をして見せる。と言ってもこの辺りの罠は簡単な結びの罠と落とし穴程度、結びの罠はそれに紐などがついていないかを確認した後にざっくりとショートソードで斬ってすて、落とし穴は迂回したり、必要であれば周囲の地面から問題ない程度まで埋めていく。
スコップとかは色々便利だからお勧めだぞという言葉も育真から飛び出たりしていた。ヘレはそれを真剣に聞きながらぶつぶつと口の中で繰り返し忘れない様に記憶していく。育真が言ったのは一ヶ月、それ以降は一人にまたなってしまうかもしれないのだ。
「(……一人、か)」
そしてヘレはそんな教えてくれている育真をそっと見つめる。この人は自分の傍にいてくれる大地震が起きてから初めての人だったなと。そしてこの人と離れるのを考え、酷く寂しく心許なくなる感情を覚える。
「(あれだけ失礼な態度をとって、警戒しっぱなしで何を考えてるんだろう)」
ヘレは軽く頭を振って育真の言葉に再度耳を傾けていく。今は考えない様にしよう。自分が覚えた感情に蓋をしてヘレは必死にその教えを覚えながら迷宮を後にするのだった。




