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述懐

 少年が口にした名に、メイソンは激しく動揺した。それはこの37年間、忘れようとしても忘れられなかった男の名前。


 ーーなぜ、ロムシェルを知っている?

 

 ロムシェルとの過去は周囲に明かしていなかった。己の過去を話したのは妻ステラだけであったが、彼女はすでにこの世を去っている。


『どうしてその名前を知っている……?』


 警戒するように問えば、少年は静かに告げる。


『私もまた、ロムシェルに因縁がある人間だからです。……私自身の復讐の為に、貴方に力を貸してもらいたいのです』


 そう口にした少年のアクセントに、ふと気づく。


『君は、シュタールの人間か』


 そう問えば、少年は曖昧な笑みを浮かべた。


『はい。貴方と同じ国の生まれです』

『君は、誰だ? なぜ私の出自を知っている?』

『今はレイモンドと名乗っていますが、シュタールにいた頃の名はグウィン・バスカヴィルといいます。貴方の事を知っている理由は……今は言っても信じてはもらえないでしょう』


 信じがたいような話ですから、とレイモンドは視線を落とす。

 後から思い返してみても、この時のレイモンドはただの一つも嘘を口にしなかった。全てをメイソンに語ったわけではなかったが、それでも嘘はついていない。恐らくレイモンドは分かっていたのだろう。一つでも嘘をつけば、この先メイソンの信頼を得られないということを。

 立ったまま話をしていた事に気づいて、メイソンはレイモンドを社長室の隅にしつらえた応接スペースに座るように促した。自身もレイモンドの目の前に腰を下ろす。


『なぜ炭鉱の権利書を?』


 改めて口を開いたメイソンに、レイモンドはその瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


『貴方に話を聞いていただきたくて。私のような子供が貴方に会おうとしたら、手土産がいるでしょう? それに貴方は炭鉱を欲していたはずだ』

  

 メイソンが意味を図りかねて訝しげな顔をすると、レイモンドは膝の上で手を組んだ。


『鉄鋼の原料調達から販売まで、製造工程の全てをティトラ・スチールに集約する計画があるのではないですか?』

『……何故そのことを?』


 原材料の確保から製造、販売までを自社で担う垂直統合。レイモンドが指摘したのは、メイソンが長年温めてきた構想だった。


『ここ数年で、貴方は鉄鉱石と石灰石を採掘できる鉱山を次々に手に入れていますよね。加えて今ディアビルからボリスへ石炭を運んでいる鉄道会社は、貴方と縁の深いビル・ヘインズ氏の会社です。鉄鉱石、石灰、鉄道。あと製鉄に必要なものは石炭だけだ』

『鉱山を買っただけで、私の意図を見抜いたと?』

『そんな大それたものではありません』


 少し考えれば誰にでもわかることです、とレイモンドは首を振る。


『ディアビルにある炭鉱を貴方に差し上げます。あの炭鉱の労働環境は劣悪です。何人もの孤児が奴隷のように働かされている』

『どうして私にそれを言う』

『貴方は恵まれない子供にチャンスを与える方だと聞きました。この権利書は私が持っていても意味のないものだ』

『だからといって、炭鉱などもらえんだろう』


 困惑してそう言えば、レイモンドは少しだけ表情を和らげた。

   

『それをどうするかは、貴方に委ねます。元より頼みを聞いてもらうための手土産のつもりでしたから。もしもロムシェルに復讐するつもりがあるのなら、グウィン・バスカヴィルという名を調べて下さい。それで私の事情を多少理解していただけると思います。もし私の話を聞いていただけるのでしたら、ここに連絡を』


 そう言って連絡先の書かれたメモをメイソンに渡すと、権利書を残したまま立ち上がる。


『今日はご挨拶だけのつもりでしたから、これで』


 さっと踵を返すと、レイモンドは躊躇いなく部屋を出て行く。嵐のように現れ去っていく少年の背中を、呆然としつつメイソンは見送った。先程耳にした言葉の意味を咀嚼したのは、少年が去った後である。強烈な印象を残して、レイモンドとの初対面は終わった。

 その後すぐにメイソンがレイモンドについて調べ始めたのは、当然といえよう。

 ポールに調査を頼んでから、約一週間。ポールは社長室に入ってくるなり、口を開いた。


『グウィン・バスカヴィルについての報告書です。現在、彼は失踪人扱いになっています』 


 そう言って差し出されたのは、茶色の紙ファイル。バスカヴィル一家の事件についてまとめられた報告書であった。メイソンはそれを手に取ると、ページをめくる。

 報告書に記された少年の人生は、壮絶の一言に尽きた。家族の惨殺、迷宮入りした事件、自身の失踪。一緒に綴じられていたシュタールの新聞記事には、少年の写真も載せられていた。

 そこに写った少年の顔を見た時、メイソンに湧き上がった感情は間違いなく同情だったのだろうと思う。喪服に身を包んだ少年の顔に浮かぶのは、見る者の胸をえぐるような深い悲しみ。

 記事にあるグウィン・バスカヴィルは、メイソンの前に現れた少年と間違いなく同一人物だった。成長してはいるが、まだ2年前の面影が残っている。記事はグウィンの失踪を報じるものを最後に途絶えていた。一番気になっていたロムシェルとの繋がりについては、報告書に記載はない。


『そしてこちらがティトラでの生活についての調査結果です』


 ポールはもうひとつ紙ファイルを取り出した。そこに書かれているのは、レイモンドがティトラに現れて以降の生活ぶりである。

 貧民街の廃屋で仲間とともに暮らしていたこと。劣悪な環境での炭鉱労働。炭鉱の事故によって、一緒に暮らす仲間を2人失っていること。レイモンドのこの国での暮らしぶりは、悲惨なものだった。

 貴族の少年がたった一人生き延び、遠い異国の地で貧民街に落ちる。一体どんな思いでここまで生きてきたのだろう。


『例の炭鉱の前の持ち主ですが、あのレイモンドがディアビルを離れる直前、行方不明になっています』


 そう言ってポールはディエゴ・マルサンという男についても言及した。孤児達を奴隷のように働かせるばかりでなく、自らの炭鉱で働く子供を鞭打つような男であったと、ポールは眉間に皺を寄せる。


『ディエゴ・マルサンが行方不明になった直後、あの少年が権利書を持って現れた。これが偶然とは思えません。あの少年がディエゴに何かしたと考えるべきです』

 

 ディエゴの悪行ぶりに眉をひそめながらも、ポールはレイモンドに警戒すべきだとメイソンに進言した。確かに話を聞く限り、権利書は真っ当な方法で入手したものではなさそうだった。ディエゴがレイモンドに権利書を譲るとは到底思えない。

 つい最近まで最底辺の暮らしだったにもかかわらず、メイソンの前に現れたレイモンドの服装が上等なものだったのもおかしい。

 無償で権利書を譲ると言うレイモンドの提案は破格の申し出ではあったが、これを受け取っては違法行為に加担することと同じだった。

 レイモンドの扱いをどうすべきか、メイソンは頭を悩ませる。正直レイモンドについては、分からないことだらけだった。ロムシェルとの関係やこの国に来た理由、そしてディエゴに何があったのか。聞きたいことは山ほどあった。


 ーーだがまずは、この権利書だな。


 翌日、メイソンはレイモンドを自邸に呼び出した。応接室でレイモンドと向かい合ったメイソンは、炭鉱の権利書をテーブルに置くと、口を開いた。


『これは返す』

『なぜです?』

『これは正規の方法で手に入れたものじゃないはずだ。受け取れない』

『ーーあの炭鉱で働く子供達を見捨てるのですか?』


 レイモンドの物言いに、メイソンは顔を顰めた。


『あの炭鉱は手に入れる。だがそれは、真っ当な方法でだ』

『と、いうと?』

『前の持ち主が消えて、今炭鉱の権利が宙に浮いているはずだ。ディエゴ・マルサンに子供はいないが、遠縁の親類はいる。権利書が見つからなければ、親族が炭鉱の新しい持ち主になるだろう。その者から炭鉱を買えば済む』


 だから君の持ってきた権利書は必要ない、とそう告げる。突き返された権利書を見ながらレイモンドが浮かべた表情は、メイソンの予想外のものだった。メイソンの返答にほんの一瞬、微笑したのである。レイモンドの顔に浮かんだ喜色に、権利書を受け取らなかったのに何故だろうと、メイソンは首をひねった。


『ーーそうですか。では、この権利書はもう必要ありませんね』


 そう言うと、レイモンドはその場で炭鉱の権利書をビリビリと破り捨てた。レイモンドは一切の躊躇いなく、権利書を紙くずに変えてしまう。その様子をしばしあ然と見つめながら、メイソンは唐突にレイモンドの行動の意図を悟った。


 ーーこいつ、私を試したのか。


 レイモンドは権利書を譲ると持ちかけて、メイソンがどうするのか見ていたのだと、気がついた。

 不正に取得されたものだと知りながら権利書を自らの懐に入れるのか、それともレイモンドの提案を突っぱねるのか。

 メイソンの人間性と、欲望を前にした時の自制心。それをレイモンドは試したのだ。相手に対して警戒心を持っていたのは、なにもメイソンだけではない。レイモンドもまたメイソンがどういう人間か測ろうとしたのだ。

 その事に気づいて、メイソンは内心唸った。試された事に腹は立ったが、反面この少年に興味が湧いたのである。


『私を試したんだな』

『……申し訳ありません。貴方がどういう方か、街の噂だけでは分からなかったので』


 あっさりと謝罪したレイモンドに、メイソンは溜息をついた。レイモンドは申し訳なさそうな顔になる。


『本当に申し訳ありませんでした。ですがこれから私が話すことは、信頼できる方にしか話せない内容なのです』

『それは君の家族が亡くなった事件と関係している話か?』

『はい』


 レイモンドは神妙な面持ちで頷いた。


『君の事を調べた。どうやら君がグウィン・バスカヴィルである事は間違いないようだ。だが分からない事がある。君の言っていた復讐とは、どういう意味だ? ロムシェルとの繋がりは? ディエゴ・マルサンに何があった?』


 矢継ぎ早に質問するメイソンに、レイモンドは表情を引き締める。


『全てお話しします』


 そうしてレイモンドは、報告書にはなかった自らの身の上を語り出した。事件の経緯、真犯人の名前、犯行の動機。ロムシェルはどうやら事件のきっかけになった収賄に関わっていたらしい。長い歳月の間にロムシェルが故国で相当な地位と財産を築いた事は知っていたが、その人間性は変わっていないようだった。レイモンドの話を聞きながら、メイソンの心の古傷がずきりと疼く。

 銃で打たれ、生き埋めにされたとレイモンドが口にした時には、同情という言葉だけでは言い表せないような憐憫の情が湧き上がった。


『……それでよく生きていたな』

『自分でも奇跡としか思えません』

 

 その後のティトラでの生活ぶりはポールの報告で既に知っている事だったが、その事を告げると『それは昼間の姿に過ぎません』とレイモンドは首を振った。


『夜は違法行為に手を染めました』


 自身の罪について、レイモンドは一切の隠しだてをしなかった。ディエゴにした事を語る時、メイソンが顔を顰めたのを見ても、レイモンドは言葉を止めない。ディエゴが犯した殺人とそれを見抜いたライアンの能力。そうしたすぐには信じられないような話も、レイモンドはするすると口にした。


『私が君を警察につき出すとは思わないのか』

『通報されて当然の事をした自覚はあります。それでもこれから私がする事に、何も知らせないまま協力してもらう訳にはいきませんから。それに仮に警察に通報されても、証拠は見つからないはずです』


 それを聞いて、メイソンの口から再び溜息が漏れた。

 

『君は復讐すると言っていたな。何をするつもりだ?』

『私の家族の死に関わった人間を、罰したいのです。相応の苦しみを、奴らに与えたい。特にイライアスとナサニエルは、どうあっても許せません』

『それは君自身が手を下すという意味か?』

『法が奴らを死刑にできなければ、そうすることも辞さないつもりです』


 漆黒の瞳の奥には、復讐の炎がごうごうと燃えているようだった。獣のように暴れ回る激情が、レイモンドの身に巣食っている。それはメイソン自身にも覚えのある感情だった。

 

『故郷に無事を伝えたい相手はいないのか? ーー君には婚約者がいただろう』


 話題を変えると、レイモンドは初めて黙り込んだ。


『きっと君の事を心配しているはずだ』


 重ねて言えば、レイモンドはポツリと呟く。先程までの様子が一転して、迷うような、弱々しい調子である。


『迷惑をかけたくないんです。私の復讐に、巻き込みたくない』

『会いたくないのか? このままでは、君は忘れられてしまう』


 あと数ヶ月もすれば、レイモンドが失踪してから2年が経過する。レイモンドは手元に目線を落とした。


『私のことなど、忘れた方がいいんです。不義理な婚約者の事など忘れて、幸せになるべきだ。彼女が幸せに、この世界で笑ってくれていれば、私にはそれで十分です』


 彼女が幸せならばそれでいい。まるで自分に言い聞かせるように、レイモンドは繰り返した。

 目線を落としたレイモンドの顔に浮かぶのは、何かを諦めたような、辛く苦しげな表情である。そんなに辛そうな顔で会えなくてもいいと言われても、まるで説得力がない。


 ーーこの子は不思議な子だな。


 復讐に身を染めながら、誰かを想ってこんな表情もするのか。レイモンドの中にあるのは、憎しみと悲しみだけではないのかもしれない。

 レイモンドの数奇な人生を知って、メイソンの中には様々な感情が生まれている。同情、憐憫、自身の過去をレイモンドに重ねて共感もした。レイモンドの過去を知れば協力してやりたいという思いはあるが、同時に一時の感情に流されてはいけないと警戒もする。

 レイモンドの危うさ。復讐の為に全てを捧げる覚悟は、同時にそれ以外のものに心をかけない冷血さにも繋がる。ロムシェルがかつてウィスラー家を裏切ったように、レイモンドがメイソンを裏切らないとなぜ言える? ロムシェルとの間にあった苦い経験が、この時メイソンを慎重にさせた。


『君の話は分かった。だが復讐に手を貸すなどと即決はできない。君がどういう人間か私は何も知らないのだから』

『どうすれば、信用してもらえるのです?』

『君が私を試したように、私にも君が信頼に足る人間か、見極める時間が必要なんだ。そうだな、とりあえずは私の下で働きなさい』

『……働く?』

『そうだ。言っておくが、他の子供達と区別はしないぞ』


 メイソンが経営する幾つかの会社の内、どこか一つで働くようにと口にする。


『午後は近くの学校に通うんだ。シュタールにいた頃どの程度まで学んだか知らないが、私の元にいる子供は全員、中等教育までは修めてもらう』

『孤児もですか?』


 レイモンドは目を丸くする。

 公教育はティトラでは初等教育までが一般的で、それも通常は中流以上の家庭の子供が通うものだ。現にディアビルでは学校に通う孤児などまずいなかった。それがメイソンは、中等教育まで通えという。


『以前は初等教育までで終わりにしていたが、やはり中等教育まで修めた方がいい。能力さえあれば、高等教育機関や大学までの学費は援助している』

『……貴方の元にいる孤児は恵まれていますね』

『教育しなければ、優秀な人材は育たない。何も慈善活動のためだけにやっているわけではない。最終的には会社に優秀な人間を集めることにもなるのだから』


 教育を受けた子供達が、後々ティトラ・スチールを支える力になるのだ。たとえボリスを離れたとしても、学んだ事は無駄にはならない。


『復讐するにせよ、権力者と渡り合うには君自身それなりに力をつけるべきだろう。君はまだ子供なのだから、いますぐにどうこうしようとするのは早計だ』

『分かりました』


 レイモンドは納得したように頷いた。


『それで君が働く場所だが……』

『できれば製鉄所で働きたいのですが、かまいませんか?』

『いいのか? もっと楽な仕事もあるぞ』

『かまいません。働かせてください』


 それ以降、レイモンドの新しい生活がはじまった。ライアンという仲間の少年とともに、朝は製鉄所、昼からは学校に通う。

 朝は誰より早くやって来て仕事に取りかかり、学校が終わると再び製鉄所に戻って製鉄の工程を学ぶ。意外にもレイモンドは机上で理論を学ぶより、現場で製鉄の仕組みを理解することを好んだ。休憩時間に隙を見ては現場で働く人間に教えを乞う。それまでメイソンの元にいた孤児達の誰よりも早く、レイモンドは仕事を覚えていった。

 学業面でも、レイモンドは優秀だった。抜群に記憶力がいいのだ。シュタールで学校に通っていたのは13歳までだったにもかかわらず、中等教育相当の知識をレイモンドは既に修めていた。それでも学校に通うことをレイモンドは無駄だとは考えていなかったようで、メイソンが一度その事を尋ねると「いくら新しい知識を習得しても、土台が脆くては意味がないので」と言っていた。基礎基本の重要性を、レイモンドはよく分かっていたのだ。

 努力をいとわず、我慢強い。周囲から認められるようになるのに、時間はかからなかった。


『あのレイモンドとかいう坊主、銑鉄せんてつの脱炭方法が知りたいって言いましてね。転炉を見せてやったら、しきりに感心してましたよ』


 そう嬉しそうにメイソンに語ったのは、製鋼技師の男だった。日に焼けた顔に笑みを浮かべて、「あいつは見所があります」と製鉄所にいたメイソンに話しかけて来たのである。


『物覚えもいいし、教えたことに対して反応が素直だ。この前学校が終わった後で俺の仕事を手伝いたいと言っていたんですが、かまいませんかね?』


 許可を求めた男に、「仕事の邪魔にならないならかまわない」とメイソンは答えた。こんな風にレイモンドの話を聞くのは、それが初めてではない。製鉄所でのレイモンドの評価は概ねこのようなもので、表情に乏しく愛想がないにもかかわらず、現場で働く者達からは随分と可愛がられているようだった。

 レイモンドは誰彼となく教えを乞い、学んだことを素直に吸収している。かつて貴族でありながら、レイモンドは身分や生まれに頓着するということがなかった。誰からでも学ぶべきことがあるーーレイモンドの根本にはそういう考え方があるようだった。心根の部分で人を公平に見ているから、淡白な態度のわりに周囲が手を貸してくれるのだ。

 レイモンドの態度は、同じ孤児の子供達に対しても平等だった。誰の言葉にも耳を傾け、最後までその話を聞く。自分の意見を口にはするが、それを人に押し付けることはない。

 ふと気づくとレイモンドの周りに子供達が集まっている。そういう姿を目にする事が増えていく。


 ーーなぁ、レイモンドはどう思う?


 まるで口癖のように、子供達はレイモンドにそう尋ねるのが常だった。いつの間にか子供達の間で、レイモンドは一目置かれる存在になっていた。


『随分子供達から好かれているようじゃないか。どうやったんだ?』


 ある日からかうように聞けば、レイモンドは心底びっくりしたような顔になった。


『好かれている……?』


 怪訝そうなレイモンドの顔を見て、メイソンは思わず吹き出した。どうやら自身の振る舞いに対して、レイモンドは無自覚だったようなのだ。


 ーーおもしろい少年だ。


 レイモンドはロムシェルとは違う。数ヶ月が経つ頃には、その事がメイソンにも分かるようになっていた。復讐に燃えながら、恐るべき自制心と理性の力でそれを抑え込み、今己がやるべきことに集中している。人に対する態度も公平で、驕ったところがない。


 ーー私も絆されているのかもな。


 レイモンドを気に入っていることに気づいて、メイソンは苦笑した。いつの間にかメイソン自身、レイモンドに情が移っている。意外にも人たらしだなと、メイソンは思った。

 レイモンドが来てから3ヶ月目。遂にメイソンは決意する。少し前から考えていた計画を実行に移すことにしたのである。

 社長室にレイモンドを呼び出したメイソンは、緊張した面持ちの黒目黒髪の少年に真面目な顔つきで語りかけた。一語一語噛んで含めるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


『提案があるんだ、レイモンド。お前、私の息子にならないか?』

『ーーえ?』


 思いがけないメイソンの申し出に、レイモンドの口から小さく言葉が漏れ聞こえ、漆黒の瞳が驚きに見開かれた。

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