予言
ソフィアがレイモンドを訪ねてから数日後、セントラル鉄道とティトラ・スチールの大型契約が大々的に発表された。
疑惑の渦中にあるオールドマン家にとっては、巻き返しの一手といえる。これでオールドマン家に吹く逆風が少しでも和らぐようにと、ソフィアは願った。
思わぬ騒動に巻き込まれたことで、家族の絆は更に強固になっていた。既に家を出ている兄姉達は頻繁に実家に顔を出すようになり、全員が今自分にできることを粛々とこなしていた。
レイモンドの屋敷から戻った後も、ソフィアはバーシルト家の調査を続けていた。
先日の襲撃事件では、結局ロムシェルの関与を立証できていない。バーシルト家の不正を明らかにすることが、やはりセオドアの無実の証明になるとソフィアは思う。
レイモンドの事とは関係なく、これはソフィアの戦いだった。
アルマに頼んでロムシェルの監視を続けていたソフィアだが、その日、珍しく日が沈みきる前に帰ってきたアルマの顔には、当惑が浮かんでいた。
「エレン・ラングレイのことだけど」
開口一番アルマが口にしたのは、ロムシェルの名ではなかった。
「彼女がどうかした?」
ソフィアが聞き返すと、アルマは困惑した顔のまま「ソフィアの話が出てきたの」と口にした。
「私?」
「……そう。ソフィアの事だと思う……多分」
そう言ったアルマの歯切れは悪い。自分でも上手く状況を整理できていないようだった。顔に疑問符を浮かべたままソフィアが重ねて尋ねると、途切れ途切れにアルマが話し出した。
アルマが監視を始めてから、ロムシェルは2度、エレンの元を訪ねている。一度目は先週、二度目は今日だ。
ロムシェルがエレンを訪ねた理由は、降霊と占術のためだとアルマは言った。
「一度目の時は、大したことは何もなかったの」
だから特に重要な事だとは思わなかったと、そう言ったアルマはソフィアから視線を逸らすようにした。確かに先週、アルマからエレンの話は聞いていない。証人襲撃の件でソフィアに余裕がなかったこともあって、アルマなりに伝える情報を選別していたのかもしれない。
「降霊も失敗していたし、占いだって平凡な事しか言わなかったわ。なんていうか、誰にでも言えそうなことよ」
アルマはエレンの言葉を諳んじた。
『この先の一週間は、慎重に行動して。そうしないと計画が頓挫するわ』
エレンの口調を真似て紡がれた言葉に、ソフィアは渋い顔になる。慎重に行動した結果が、証人襲撃であるのなら随分皮肉だ。どうやらロムシェルは、エレンの忠告を聞かなかったらしい。
「彼女に気づかれたりしなかったの?」
ソフィアが心配して尋ねると、「それは大丈夫」とアルマは自信たっぷりに頷いた。
「私の姿は、エレンには感じ取れないんだと思う」
アルマがエレンに近づいても、まるで反応が無かったという。
「以前見た降霊術は成功していたけど、失敗することもあるみたいだし、やっぱり大した力はないかもね」
アルマはエレンに対して手厳しい。間近で見たエレンの力は本物だったとソフィアは思うが、話が進まなくなるのでアルマに先を促した。
「それで、今日は何があったの?」
急かすようにそう言うと、「それがね」とアルマは話を戻す。
「今日の占いの内容が、どうもソフィアの事を言っているみたいなの」
「……どういうこと?」
「『金色と灰色を纏った少女が、探しものを見つけてくれる』って」
「それってーー」
「ソフィアの事だと思うでしょう?」
アルマは真剣な顔になった。
『ーー貴方はもう、その少女に出会ってる』
続けられた言葉に、ソフィアの肌が僅かに粟立つ。それは確かに、ソフィアの事を指しているように思える。
「……探しものって何かしら?」
首を捻ると、アルマが「それは多分、サムだと思う」と口にした。
「サム?」
初めて聞く名に、ソフィアの混乱は深くなった。アルマの説明は、時として要領を得ないことがある。
「先週と今日と2回、ロムシェルはエレンに降霊を頼んでるの。まぁ、2回とも失敗してたけどね。その呼び出そうとした相手が、サムよ」
「待って。そのサムという人は、亡くなってるの?」
「そうよ! だからソフィアが見つけるんじゃない」
アルマはひとり納得したようにうんうんと頷いているが、ソフィアは話を整理するのに必死だった。
つまりそのサムという名の死者をソフィアが見つけるという予言が、エレンの口から出たということか。
「そのサムって一体誰なの?」
愛称だろうか。サミュエル、サマンサ……とソフィアは口の中で候補をあげていく。
「分からないけど、ロムシェルは以前からエレンに降霊を頼んでいるみたいだったわ」
実際に見たわけじゃないからただの推測だけど、とアルマは言った。
ーー誰かしら?
ソフィアを悩ませたサムの正体については、意外なほどあっさり判明した。その夜、11時をまわって戻ったセオドアが、疑問の答えをくれたのだ。
「それはきっと、サミュエル・バーシルトのことだろう」
「バーシルト?」
「そう。サムというのは、ロムシェルの孫の名だ」
ソフィアは息を飲んだ。セオドアは何かを思い出すようにしながら、少しだけ顔を顰めて説明を続ける。
「ソフィアはまだ小さかったから、知らないと思うが。12年前、サミュエル・バーシルトは誘拐されたんだ」
「誘拐……」
「犯人はロムシェルに恨みを持つ男だった。それで、当時4歳だったサミュエルを誘拐したんだ」
12年前は新聞でも大きく取り沙汰されたという。「かなり騒ぎになったから、その話は有名だな」とセオドアは言い添えた。
「犯人の男は、サミュエルを誘拐して1ヶ月後に、国境を渡ろうとしたところを捕まった。逮捕された時男は一人で、サミュエルの姿はなかったんだ。犯人は逮捕後サミュエル殺害を自供したけれど、遺体の場所については最後まで明かさないまま、自殺した」
酷い事件だった、とセオドアは痛ましそうに顔を歪めた。12年前ならソフィアは6歳。事件を覚えていなくても、当然かもしれなかった。
まさかあのロムシェルに、そんな悲しい過去があったとは。
ーーでも何故今更。
それが、腑に落ちない。
12年前に死んだ子供の降霊を、何故今になってやるのだろう。それともロムシェルがエレンと知り合ったのは最近で、これまでやりたくとも機会がなかっただけだろうか。
「心配なのは、その予言だな。ロムシェルがエレンの言葉を信じているなら、向こうから接触を図ってくるかもしれない。分かっていると思うが、ロムシェルには近づいてはいけないよ」
念を押すようにそう言ったセオドアに、ソフィアも真面目な顔になる。
「はい」
「後はソフィアの力がバレていないかどうかだな。エレンは特にソフィアの力については言及しなかったんだな?」
「ええ。アルマの話を聞く限り、今のところ大丈夫かと」
ソフィアは安心させるように頷いた。エレンの力がどの程度のものか分からない以上、不安を完全に拭うことはできないが、エレンがソフィアの力を知っているのなら、もっと警戒されているだろう。
「予言が当たらないことを祈ろう」
心配そうに呟かれたセオドアの言葉が、耳に残った。




