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「夜会?」


 目の前に座る友人の土産を広げながら、ソフィアは首を傾げた。彼女の名をヴァネッサ・モーソンという。黒い巻き髪に緑の瞳を持つヴァネッサは、3年前とある茶会で知り合った同い年の友人である。

 一時間前オールドマン家を訪れた彼女は外国旅行の話をひとしきり終えると、二週間後に開かれる夜会へと話題を変えた。


「そう。ソフィアもたまには参加したらどうかと思って」


 貴女が参加するならきっと楽しくなるわ、とヴァネッサは言う。ヴァネッサの言葉に、ソフィアは困った顔をした。


「ありがとう。でも、夜会は苦手なの」

「そう言うと思ったわ。でも今回の夜会は色々と話題だから、出ておいた方がいいわよ」


 ヴァネッサの含みのある口調に、ソフィアは手を止める。


「話題って?」

「最近噂になってるレイモンド・マックスウェルが来るらしいわ」


 初めて聞く名に怪訝な顔をすると、「なあに、ソフィアったら知らないの?」と呆れられた。

 珍しく社交界の話題にソフィアが興味を示したのを感じて、ヴァネッサは勢い込んで話し始める。


「最近社交界に出入りしてる留学生よ。ティトラからエルド大学に留学しに来てるんですって。最近は彼の話題で持ちきり。特に年頃の令嬢達が騒いでるわ」

「まだ学生なのでしょう? なんだかすごいわね」


 何か特別な人なのだろうかとソフィアがヴァネッサを見ると、彼女は秘密を打ち明けるように声を落とした。

 

「それが、ものすごい美形らしいの」

「ああ、そういうこと」


 途端に興味をなくしたソフィアに、ヴァネッサは食い下がった。


「もう! 目も覚めるような美しい人らしいわよ。しかもマックスウェル家の御曹司らしいの」

「それも噂?」


 ソフィアが胡散臭そうに眉を寄せると、「まあ、そうね」とヴァネッサは言い淀んだ。

 マックスウェル家は、トリオン大陸に位置する新興国ティトラを中心に活動している世界的企業の創業家である。

 鉄鋼業、金融業、郵便事業とその事業は幅広く、遠い異国の地シュタールでもマックスウェル家の銑鉄せんてつは供給されている。

 しかし誰もが知っているような名門の御曹司など、いかにも怪しげだった。


「大丈夫なの? みんな騙されてるんじゃない?」

「ソフィアったら夢がない! 謎の貴公子とのロマンスなんて憧れるじゃない」


 裕福な家の子女を狙った詐欺師ではと、疑うような表情のソフィアに、「噂になったのにはちゃんと理由があるの」とヴァネッサは声を大にした。


「レーヴ卿が連れてきたのよ」


 パトリック・レーヴは慈善活動に積極的な侯爵で、人徳者だと評判の良い人物だ。

 ヴァネッサによると、ひと月前社交界に突如として現れたレイモンドを、彼が知人に紹介して回ったのだという。


『知り合いのご子息なのだ。よくしてやってくれ』


 パトリックの紹介ならば、その素性に疑いの余地はない。それほど彼は人格者として有名だった。

 しかしよくよく聞けば、パトリックもレイモンドもマックスウェル家の血縁者だとは一言も言ってない上、マックスウェル家との繋がりを聞かれれば否定しているという。それなのに何故そんな噂がと疑問を口にしたソフィアに、「逆にそれが噂に火をつけることになったの」とヴァネッサは説明した。


「だって本当にマックスウェル家の御曹司なら、関係を持ちたいという人間が後を絶たなくて大変でしょ。面倒事に巻き込まれないよう本当のことを隠しているのだと言われているわ」

「それなら偽名を使えばいいじゃない。マックスウェルの姓を名乗っては、あまり意味がないと思うのだけど」

「留学生として来てるんだから、大学では本名を使うわけでしょう? 社交界でだけ偽名を使っても、すぐにばれるじゃない」


 マックスウェルという姓は、ティトラでは珍しくないという。本人の口からマックスウェル家との繋がりが語られない以上、彼の扱いはあくまでもただの留学生レイモンド・マックスウェルでしかない。けれどわざわざ侯爵が紹介して回る人物。ただの学生であるわけがない、というのが大方の見方だった。


「でもそんな噂になっているのなら、結局隠した意味がないわね。周囲が騒がしいでしょう」

「意外とそうでもないのよ。表向きただの学生だから、彼に話しかけるきっかけがなくて、貴族達が牽制しあってるわ」


 たとえ話しかけてもレイモンドがマックスウェル家との繋がりを否定すれば、それ以上問い詰める訳にもいかない。


「わざわざ身元を隠してまで、何故社交界に顔を出すのかしら」


 ソフィアが素朴な疑問を口にすると、「そこなのよ」とヴァネッサが我が意を得たりと笑う。


「マックスウェル家の御曹司がシュタールで花嫁を探しているんだって、女性陣が色めき立ってるの」


 留学中に将来の伴侶を探そうとしている、というのが彼女達の噂話のきもなのだという。それを聞いて、本当にマックスウェル家と無関係であれば、噂の渦中に立たされてさぞ迷惑だろうとソフィアは思った。


「身元を明かさないのは財産目当ての女性が嫌だからだとか、異国の地で運命の人を探してるのだとか、色々言われてるわ。若い娘は皆すっかりその気ね」


 ーー身分を隠した貴公子と恋に落ちる。確かにそれは少女達の憧れなのだろう。そう思いながらも、目に見えて興味をなくしていくソフィアの表情に、ヴァネッサは不満そうな顔をした。


「ソフィアってこの手の話に本当に関心がないわよね。でもうかうかしてたら、あっという間に歳をとるのよ! そろそろ私達も、将来の伴侶を見つけなきゃ」


 私は絶対恋愛結婚するわ、とヴァネッサは息巻いている。そんな友人を見ながらソフィアは小さく笑った。


「私には、婚約者がいるもの」

「またそれ? いい加減周りの男性達にはそんな言い訳、通用しなくなるって分かってるんでしょう?」


 その言葉に言い訳ではないのだけれど、とソフィアは思う。真実ソフィアは婚約している。けれど周囲からは結婚を嫌がるソフィアが、求婚者への断りの理由に失踪した婚約者の名を使っているように映るらしい。

 ヴァネッサは、グウィンを知らない。ソフィアとグウィンがどんな関係であったのか、ソフィアは彼女に話せていなかった。どう話せばいいのか、ソフィアにも分からなかったからだ。

 グウィンについて詳しい話を一度もしていないからこそ、ヴァネッサはこの婚約者の存在を名ばかりのものだと信じ切っている。いくら婚約者とはいえ、客観的に見ればソフィアとグウィンは5年も前の子供時代に、数ヶ月間一緒にいただけに過ぎない。ソフィアが未だに彼の帰りを待っているなどとは、ヴァネッサは想像もしていないだろう。


「最近求婚の手紙が増えているって、さっきダイアナ様から聞いたわよ」


 と、ニヤッと悪そうな笑みを浮かべるヴァネッサにソフィアは苦笑した。


「皆私ではなく、オールドマン家の財産を見てるのよ」

「そんな人ばかりじゃないわよ。家に閉じこもっていたら、本当の貴女を見てくれる人にも出会えないじゃない。だからほら、やっばり夜会に行かなくちゃ」


 このままでは行き遅れるわと、ヴァネッサは本腰を入れてソフィアを説得にかかる。結局押し切られる形で、夜会に参加することになってしまった。

 首を縦に振るまで帰らないと、ヴァネッサが食い下がったのだ。


「決まりね! 楽しみだわ」


 朗らかに笑う友人を見ながら、ソフィアは曖昧に微笑んだ。


 ***


 ヴァネッサが帰った後、ソフィアは自室で二人の死者と向かい合っていた。二人はそれぞれ、ルイスとロザリーという。

 半年前、ソフィアは彼らと知り合いになった。二人は火事によって亡くなった四十代の夫婦である。聖堂で二人を見かけたソフィアが話しかけたのだ。そこでソフィアはある頼みをする代わりに、彼らの願いを叶えると約束した。


 以来二人はソフィアに協力してくれている。椅子に座りながらルイスの話に耳を傾けた後、ソフィアは口を開いた。


「ありがとう。すごく助かったわ。約束通りお子さんには手紙とまとまったお金を、貴方達からだといって渡すわね」

「こちらこそ感謝する。君には世話になったな。息子には寂しい思いをさせるだろうが、生活に困窮することがないだけでも随分違う」


 あの子のことは私の母が面倒を見てくれるだろう、とルイスは言った。


「あなたのおかげだわ」


 ロザリーがそう言うのを、ルイスが優しい眼差しで見つめる。


「そろそろ行かねばならないようだ」


 ルイスが言い終わるやいなや、二人の身体が淡く発光しはじめ、やがて光とともに掻き消えた。その様子をソフィアは静かに見つめる。

 一人になった部屋でひとつ息をつくと、ソフィアはサテンウッドの机の前に腰を下ろした。机上にはタイプライターが置かれている。

 被せてあった布を外し用紙をセットし終えると、カタカタと音を立ててキーボードをテンポよく打っていく。

 二人から託された言葉をすべて印字し終え、給排部分から用紙を引き出すと、ソフィアはそれを念入りに見直した。内容に間違いがないことを確認した後、その手紙を丁寧に折りたたんで封筒に入れる。

 後はこれをオールドマン家の弁護士に渡せば終わりだった。彼が手紙を息子のもとに届けてくれる手はずになっている。両親の遺産があるとそう言い添えて。

 ルイスとロザリーの息子は、両親の最後の言葉をどう受け止めるだろう。この手紙がその子の救いになればいいのだが。

 そんなことを考えていると、やがて思考は深く沈んでゆく。


 ーーグウィンが失踪したあの日から5年。死者の力を借りてグウィンを探しはじめてからは、既に4年の歳月が流れていた。

 ソフィアは、諦めなかった。

 5年もの間気持ちに全く揺らぎがなかったといえば嘘になる。思うように調査が進まず、何度心が折れそうになったことか。

 もとより簡単に見つかるとは思っていなかったが、グウィンの捜索は想像以上に難航したのだ。


 当初の、アルマの力を借りればなんとかなるという期待は外れた。いくら彼女が普通の人間には入り込めない場所へ出入りできると言っても、たった一人をシュタール国で見つけ出すのは、砂漠で一粒の砂金を見つけるようなものだった。

 最初アルマに探ってもらったのは、グウィンの叔父オズワルドであった。グウィンの失踪後、首都エルドのバスカヴィル邸に移り住んだオズワルドのことをソフィアは疑っていた。オズワルドがグウィンをうとましく思っていたことは周知の事実。彼がグウィンの失踪に関わっているのではないかと、そう思うのは当然だった。

 アルマに監視を頼んで数ヶ月。しかしいくらバスカヴィル邸で監視を続けても、オズワルドに怪しい動きは見られなかった。


『毎日酒を飲みに夜出かけているだけね』


 うんざりしたようなアルマの顔を思い出す。

 アルマの表情には、疲労の色が見えていた。死者とはいえその身は一つ。魔法のように一瞬で何十キロも離れた場所へ移動できるわけではない。連日オズワルドを監視することは、死者にとっても楽なことではないようだった。驚くべきことに肉体を持たないにもかかわらず、彼らは時に食欲や疲労感、睡眠欲を感じる事があるらしい。

 精神が生きていた頃の感覚に引きずられるのかもしれない、とソフィアは思う。

 監視をはじめて4ヶ月が経つと、ソフィアは無収穫だったオズワルドへの監視について考え直さねばならなくなった。このままでは時間を無駄にしてしまうという焦り。アルマには、他の場所も探ってもらわねばならない。


 オズワルドからろくに情報を得られないと知った後、次にソフィアが考えたのは、アルマ以外の霊の助力を乞うことだった。協力してくれる死者の数を増やせば捜索範囲も広がる、と安易に考えたのである。しかしこの方法もまた、思い通りには事が運ばない。

 そもそも死者と出会う機会が少ないのだ。加えてセオドアは外出の度にソフィアに護衛をつけている。そんな状況では、死者と知り合う事も難しかった。

 どう死者と知り合い、協力を得るのか。ソフィアは頭を悩ませた。


 死者と知り合う場所については、聖堂や墓地が思い浮かんだ。シュタール国において、最も死者に縁のある場所である。祖母リリーの霊を葬儀の時に目にしたように、聖堂に通っていれば死者に出くわす機会も増えるのではないか。しかしソフィアが外出する際には、護衛が張り付いている。ならばアルマに頼もう。彼女に死者を連れてきてもらうのだ。


 死者の協力を得るには、何か見返りが必要になるかもしれない。死者の望みを叶え、その対価として己の頼みを聞いてもらうのだ。しかし死者の願いを叶えるのにソフィアが直接動くことは難しい。となれば何をするにせよ、まずは先立つものが必要だった。しかしオールドマン家の娘とはいえまだ子供のソフィアに、自由に使える資産などない。


 いかに資金を調達するか。次なる問題の解決策はふたつ。セオドアを説得して資金を出してもらうか、ソフィア自身が何らかの方法で稼ぐかである。

 グウィン探しを禁じるセオドアにそのための援助など申し出られるはずもなく、選択は自然後者に絞られた。


『アルマ、お願いがあるの』


 困ったソフィアは、再びアルマに頼むしかなかった。

 この時ソフィアが思い出したのは、セオドアの友人で取引相手でもある実業家マシュー・ロブソンだった。数日前オールドマン家を訪れたマシューが父セオドアを前に口にした言葉を、挨拶をしようと応接室に顔を出したソフィアは覚えていた。


『どうも最近、社内の情報が漏れている。従業員の中に、スパイがいるようなんだ』


 造船会社を経営するマシューは、セオドアに相談をしている最中だった。

 ここ数ヶ月の間に、汽船の設計図が二度ライバル会社に渡っていると忌々しげにマシューは言う。


『警察には?』


 セオドアの言葉に、「勿論相談したが、犯人は不明だ」とマシューが溜息をつきながら首を振った。


『悪い。愚痴になってしまった』


 違う話をしよう、と言った後それきり彼が再びその話をすることはなかった。

 その時のことを覚えていたソフィアは、アルマにマシューの会社を調べるよう頼んだのである。

 それから五日後、ソフィアはマシューに宛てて手紙をしたためた。そこに、ある男の名を記す。

 手紙の内容は男の身辺から目を離すなという警告と、手紙のことはセオドアには内密にして欲しいという頼み。そして記した男が犯人だと判明した暁には、情報提供の見返りが欲しいというものだった。我ながら情報提供に報酬を求めるのは浅ましい行為だと思ったが、今は気にしている場合ではない。

 早く早く。

 グウィンに届くために、もっと力が欲しかった。心の強さだけでは駄目だ。己の無力さを早くなんとかしなければ。日を追うごとに、焦りはつのる。

 時は確実に過ぎてゆく。


 マシューから返事が届いたのは、手紙を送ってから2週間が経った頃。

 ソフィアが封を開けた時、コロッと一粒何かが封筒から転がり落ちた。見れば、大粒のサファイアである。

 想像以上の報酬に目を丸くしたソフィアは、手紙に視線を落とす。

 ソフィアが書き送った人物が逮捕されたと感謝の言葉が綴られた後、同封された宝石についても触れられていた。


『謝礼として、受け取ってもらいたい』


 それがソフィアがはじめて情報を売った瞬間であった。

 本当にマシューがソフィアの言葉を信じてくれたのだろうかとか、セオドアには秘密にしてくれたのだろうかとかいう疑問は、後で解けた。

 感謝の手紙が届いてから1週間後、マシューから再び手紙が送られてきたのだ。


『ある人物のことを、調べてもらうことはできるだろうか』


 ソフィアへの調査依頼である。

 この手紙が送られてきた背景には、ソフィアの情報収集能力を試す意図があったのだと気づいたのは、マシューの依頼をやり遂げた後だった。彼はその後ソフィアの上顧客となる。マシューはセオドアの友人であると同時に、計算高い実業家。情報収集の仕事を依頼する一方で、裏でソフィアの情報源を調べようとしたから、心からの信頼はできなかった。己の能力の秘匿と、搾取されない関係の構築。遥か年上の男性を相手取って、ソフィアは目一杯頭を働かせなければならなかった。

 最後はしつこく探るならもう二度と取引はしないと伝えると、マシューはしぶしぶながら引き下がった。

 マシューはセオドアには言わなかった。言えばもうソフィアから情報を得られず、セオドアの信頼も失うからだ。


 それから何度か情報を売りながら、死者に交渉を持ちかけるようになった。アルマ以外の死者ともまともに交流が持てるようになるまで、それから1年。この時既にグウィンの失踪から2年が経ち、ソフィアは15歳になっていた。


 それほど時間がかかった理由は、協力を求める死者の見極めに苦労したからだった。

 死者が現世に執着し、死してなおこの地に留まる理由。憎しみによって縛られた死者の願いを叶えることは、難しかった。


 ーー奴を殺してくれ。

 ーー私を死に追いやった人間に制裁を与えたい。


 そんな願いに対して、ソフィア自身が手を下せるはずもなく、頼みをきいてくれるような裏社会への伝手つてもない。なにより関係のない人間を巻き込んで不幸にすることは、いくらグウィンを探すためとはいえできなかった。唯一復讐に手を貸すと約束したのはアルマだけ。グウィンの家族をあやめたであろうジャック・スミスは、ソフィアにとっても無関係の人物ではなかったからだ。

 結局ソフィアが協力を頼んだのは、愛する人間の行く末を案じてこの世に留まる霊に限られた。


 ーー愛していると伝えて。

 ーー残された家族が、路頭に迷わないようにしてほしい。


 そんな願いならば、ソフィアにも叶えることができた。

 死者の言葉は筆跡を隠すため、タイプライターを使って手紙にした。金銭的な援助は、情報を売って稼いだものでまかなう。

 手紙が死者からの言葉だと信じてもらえるか分からなかったが、死者からは礼を言われたから、きっと大丈夫だったのだろう。

 もっと早くこうしていれば良かったとソフィアは思う。


 1年の間に死者に騙されることも、憎悪を膨らませる霊にしつこくつきまとわれることもあった。幾度かの苦い失敗。それを経て、少しずつソフィアは死者との関わり方を学んでいった。

 協力してくれた死者達に探ってもらったのは、グウィンの行方と運輸省内部のことだった。グウィンの容姿については事件の時の新聞記事に載った写真を死者達に見せる。そしてもう一つ、運輸省についてはグウィンの父アドルファスが何を知ったのか、それを突き止めようと考えたのだ。

 しかし全ては遅きに失していた。不正があったという鉄道建設計画の頃から5年。現在の運輸省の人間関係や内部情報は分かっても、当時の不正の真実は分からなかったのである。


 それでもソフィアは調べ続けた。捜索網を広げるため、少しずつ繋がりを持つ死者の数と、情報の買い手を増やしていく。情報の買い手は、マシューが見つけてくれた。


 16歳になるとある程度自由になる資金と、協力してくれる死者を確保できるようになった。この頃になると、ソフィアは死者を見る力の有用性と危険性について考えるようになった。

 情報の価値について、理解するようになったのである。いかに早く、正確な情報を得るか。それが莫大な富と権力を生みだすのだということが、徐々にソフィアにも分かるようになっていた。例えば、企業の内部情報。事前に知っていれば、投資によって巨万の富を一夜にして得ることも夢ではない。この能力の使い方に如何いかんによっては、もはや情報の買い手を探す必要はなかった。ソフィアだけで途方もない富を手に入れることも不可能ではないからだ。

 普通の人間には入り込めない場所に行ける死者達は、諜報員として完璧な存在だった。見つかることもなければ、証拠も残らない。

 悪用しようと思えば、この力は悪魔的な能力を発揮する。ーーもし、誰かにこの秘密が知られたら。既にマシューにはソフィアが何らかの方法で情報を得ていることは知られている。

 そう思うと、心臓がひやりとした。言いしれぬ不安が胸にせり上がる。

 あり得ない想像のようにも思えたが、何事にも絶対などない。このままこの力を使い続けていいのか、ソフィアには分からなくなっていた。最悪家族にまで影響が及ぶかもしれない、と考えて迷いが生じていたのである。


 ーーお父様に話すべきだろうか。


 言いつけを破りこっそりとグウィンの行方を調べていたことに、セオドアは激怒するかもしれない。けれど言わねば家族に迷惑をかけることになる。沈黙するという選択肢は選べなかった。

 どう説明すべきか悩んだ末に、遂にソフィアはセオドアに打ち明ける決心をする。手にはセオドアを説得する材料を握りしめ、ソフィアは書斎へと足を向けた。

 セオドアが仕事から戻ったのを見計らって書斎のドアをノックすると、すぐに「入りなさい」という言葉が返ってくる。


『少し、お時間よろしいでしょうか』


 緊張を胸の内に隠し書斎に足を踏み入れると、ソフィアは口を開いた。視線はセオドアから逸らさない。

 ソフィア16歳の春。グウィンがいなくなって3年が経とうとしていた。

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