面会記録
その後二週間が経っても、セオドアの怒りは解けなかった。グウィンは毎日オールドマン家に通い続けたが、初日以降セオドアはグウィンに会ってさえくれない。
もとよりセオドアは忙しい身である。帰宅が日付を跨ぐこともしばしばで、多忙なセオドアをつかまえるのは容易ではなかった。運良く屋敷にいても、グウィンは面会を断られ続けていた。セオドアに会えず帰路につくグウィンを、ダイアナは申し訳なさそうに見送る。
「ごめんなさいね。あの人も頑固だから」
「いえ」
また来ます、と言ってグウィンは屋敷の外に出た。庭に出て後ろを振り返ると、自分の部屋の窓から、ソフィアがグウィンの方を見つめていた。グウィンがソフィアのいる二階に手を振ると、彼女も小さく手を振り返す。
セオドアは、ソフィアがグウィンと会うのを禁じているらしかった。オールドマン家を出て行くグウィンに手を振るソフィアは、どこか寂しそうに見える。なんとかセオドアを説得してソフィアを安心させてやりたい、とグウィンは思った。その為にも、一刻も早く事件を解決しなければならない。
バスカヴィル邸に戻ったグウィンは、書斎で新聞を広げていた。目の前には、高級紙、タブロイド紙、地方紙に至るまで、あらゆる階級向けの新聞が山と積まれている。三年前の鉄道建設計画について、調べようというのである。
当時10歳であったグウィンは、アドルファスがこの計画にどのように携わっていたかを知らない。まずは情報収集をしようと、彼は三年前の記事を集めていた。グウィンは机に積まれた記事を、一つ一つ丹念に読み進めていく。
首都エルドから東部の都市オーフェンまで、全長400kmにおよぶ鉄道建設事業。それが、計画の概要だった。
国を挙げての大事業の受注を争ったのは、バーシルト家が支配する北部シュタール鉄道と、オールドマン家が創設したセントラル鉄道の2社である。両家はいずれも、鉄道事業で財を成した国内有数の資産家。
その名の通り、バーシルト家は北部、オールドマン家は中央部の鉄道網を独占している。これに東部を加えたい、というのが両家の悲願であった。
記事を読み進めながら、オールドマン家の名前が出てきたことにグウィンはひやりとした。高級紙が計画の全容を客観的に伝えているのに対して、タブロイド紙の内容はよりセンセーショナルだった。
バーシルト家とオールドマン家の熾烈な争いを、面白おかしく書き立てたのである。曰く、両家は国内鉄道事業の覇権を手に入れる為、裏で金をばら撒いている。老獪なバーシルト家の家長ロムシェルと、若き鉄道王セオドア。
二人の対比もあって、どちらに軍配が上がるのかと紙面には刺激的な見出しが踊る。
じっとりとグウィンは手に汗をかいていた。言いしれない不安が、頭をもたげる。イライアスの言葉が自然と思い出された。アドルファスが裏金を受け取ったという、あの疑惑である。勿論グウィンはその話を信じてはいないが、何かそれに近しいことは運輸省内であったのではないだろうか。巨額の金が動く鉄道事業。アドルファスは、何を知ったのだろう。
三年前の記事からは、その後の顛末も分かった。最終的に受注を勝ち取ったのは、バーシルト家の北部シュタール鉄道だと、記事には書かれている。セオドアは、この受注競争に破れていたのである。そのことを意外に思いながら、グウィンはどこかほっとしていた。裏金を渡していたのは、バーシルト家の方だという疑いが強まったからだ。
東部の覇権争いに破れながら、今のセオドアはその影響を微塵も感じさせない。彼の手腕に、グウィンは改めて舌を巻いた。自分はとんでもない人間を相手に、説得をしようとしているのかもしれない。
二時間ほど集中して新聞に目を通した後、グウィンは眉間を揉むように指で抑えた。少し休憩にしようと、用意された紅茶を一口啜る。
ひとつ息を吐くと、グウィンは引き出しの中から一枚の写真を取り出した。
バスカヴィル領の館で見つけた家族写真。グウィンもジョエルもまだ幼く、この写真を撮ったことさえグウィンは忘れていた。四人で撮った唯一の写真を、グウィンは持ち帰っていたのである。グウィンは写真のアドルファスを見つめ、心の中で問いかける。
ーー父上、あなたは何を知ったのですか。
この屋敷にも、バスカヴィル領の館にもアドルファスが見つけた証拠は見当たらない。
思いつく場所は、しらみつぶしに探した。もし本当に証拠が存在するなら、アドルファスが意図的に証拠を隠しているとしか思えなかった。
ーー誰か信用できる人間に預けた? いや、それならいまだに名乗り出ないのはおかしい。
顎に手を当てて考え込むも、答えは出なかった。
その日の夜遅く、イライアスがバスカヴィル家を訪れた。彼の顔は青ざめ、困惑しているようにも見える。大丈夫かと心配そうに尋ねたグウィンに、椅子に座ったイライアスは一杯の水を頼んだ。
「悪いね。少し混乱していて」
渡された水を一気に飲み干すと、イライアスは口を開いた。
「一体、どうされたんです」
驚いて尋ねるグウィンに、イライアスは真剣な表情になった。
「緘口令のせいで職員から話を聞くことができないと、前に話した事があっただろう?」
「はい」
「人から話を聞けないなら別の方法はないかと、アドルファス君と接触した人間を調べていたんだ」
そう言って、イライアスは一枚の紙をグウィンに差し出した。
手渡された紙にさっと視線を走らせながら、グウィンは首を傾げる。
「これは?」
「運輸省内での面会記録だ。外部の人間が省内の人間を訪れた時に、記録される」
ここを見てくれ、とイライアスはある一点を指差した。アドルファスの名前の横に、訪問者の名が記されている。
グウィンもその箇所に視線を動かして、次の瞬間固まった。
「一年前の面会記録だから、警察も見落としていたんだろう。実際、これが事件と関係しているかは分からない」
しかし気になる名前だったから、とイライアスは言った。しかしその言葉は、既にグウィンの耳には入っていない。先程感じたひやりとしたものが、再びグウィンの背中に這い上がる。
グウィンの視線は、手元の紙に注がれていた。なぜと、回らない頭で考える。
『セオドア・オールドマン』
手渡された面会記録には、その名が記されていた。
 




