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指輪

 バスカヴィル領に来てから一週間が経とうとしても、目的の物は見つからなかった。

 日を追うごとに、グウィンは焦りと失望の色を濃くしている。

 ソフィアもまた、グウィンの両親の霊を探し求めたが、オーレリア以外、この地に死者の姿を見つけることはできなかった。


「これだけ探して見つからないなら、この家にはないのかもしれない」


 落胆した様子のグウィンに、ソフィアの気持ちも自然と沈む。居間で向かいあった二人は、同時に溜息をついた。書斎はもとより、館のあらゆる部屋は調べ尽くしてしまった。


「明日にはエルドに戻ろう。ソフィアの家族も心配しているだろうから」


 グウィンの言葉に、ソフィアは申し訳なく思う。


「無理を言ってついてきたのに、力になれなくてごめんね」

「そんなことはない。母上が死者を見ることができたと分かっただけでも収穫だ」

「でも、事件とは関係がないかもしれないわ」


 エミリアの能力は、事件と何か関係しているのだろうか。降ってわいたような新事実は、事件解決の手がかりにはならないかもしれない。


「たとえ事件とは関係がなくても、知ることができてよかったと思う」


 グウィンの慰めるような声に、少しだけ泣きたくなった。



 夕食後、帰りの支度をするため早めに席を立ったソフィアを、グウィンが呼び止めた。

 なんだろうと思ってグウィンを見れば、彼はひどく真剣な表情をしている。


「ソフィア、後で話があるんだが」


 そう言ったグウィンの顔は、少し赤い。

 思い詰めた表情のグウィンに、ソフィアの鼓動が早くなった。


「……どうしたの?」

「いや、後で話す」


 ぎこちない様子のグウィンに、ソフィアは頷いた。


「どこで話を?」


 そう聞けば、グウィンが指定したのはバスカヴィル家のバラ園だった。

 意外な呼び出し場所に、またとくんと心臓が跳ねる。

 じゃあ後で、とソフィアは言って落ち着きなく正餐せいさん室を後にした。


 ーー話ってなんだろう。


 廊下を歩きながら、自然と頬が熱くなるのが分かった。

 もうこの胸の高鳴りの意味に、ソフィアは気づきはじめている。



 一度自分の部屋に戻った後で、ソフィアはすぐにバラ園に足を向けた。グウィンとの約束は一時間後だが、部屋でじっとしていることができなかったのだ。

 バラ園に着くと、まだグウィンの姿は見えない。

 生前エミリアが気に入っていたというバラ園は、春バラが見頃を迎え、様々な品種のバラが目を楽しませる。けれど緊張しているソフィアは花を愛でる余裕もなく、バラを相手に独り言を呟いていた。


「グウィンの話って、なんだろう」


 緊張するわと、バラに向かって口を開くが、無論花は何も答えてはくれなかった。

 そわそわと落ち着かない気持ちのままバラ園を5周した頃、グウィンが姿を現した。


「悪い。待たせた」


 ソフィアを見るなり早足になったグウィンに、少し早く来ていただけだとソフィアは答えた。


「それで話って?」

「ああ、ーーソフィアに、謝りたくて」

「謝る?」


 意外な言葉にソフィアは戸惑う。


「私が事件を追っていることで、ソフィアには随分負担をかけているだろう? 一度、きちんと謝らなければと思っていた」

「謝る必要なんてないわ。自分の意思でやってることだもの」


 言いながら、段々悲しくなっていた。


 ーー私は何を、期待してたんだろう。


 グウィンがソフィアを呼び出した理由が謝罪だと分かり、高揚していた気持ちは急速にしぼんでいく。勝手に期待し、勝手に落ち込む自分自身に、ソフィアはがっかりした。なんて自分勝手なんだろう。グウィンは、ソフィアのことを気遣ってくれてるのに。


「前にも言ったけど、謝らないで。負担だなんて思ってないから」


 無理やり微笑んで、「もう遅いから、中に入りましょう」と続けた。グウィンの脇を通り過ぎて館に戻ろうとして、彼に腕を掴まれる。

 びっくりしてグウィンの顔を見れば、彼は伏し目がちに視線を下に向け、その表情を読むことはできなかった。顔の近さに、また胸が騒ぐ。


「まだ、話は終わってない」


 そう言ったきり、グウィンは一向に話し始める気配がなかった。


「グウィン?」


 ソフィアが訝しんで呼びかけると、やがて意を決したようにグウィンは顔を上げた。ずっと左手に固く握っていたものを、ソフィアの前に差し出す。


 それは、青い宝石をあしらった指輪だった。よく見れば、その小ぶりの宝石が希少なブルーダイヤであることが分かる。

 「これは?」と問うようにグウィンを見れば、彼は少し頬を染めながら口を開いた。


「証拠を探していて見つけた。母上の形見の指輪だ」


 これを持っていて欲しい、とグウィンは言った。


「そんな大切なもの、受け取れないわ」


 驚いて、反射的に答えていた。

 グウィンが持っているべきよ、と言うと彼は静かに首を振る。


「ソフィアに持っていて欲しいんだ。この指輪はいつか一緒になる相手に渡す物だと、小さい頃から耳にたこができるほど聞かされたから」


 その時のエミリアの言葉をいまだに思い出せると、グウィンは懐かしそうな顔をした。


「そのうちソフィアの物になる。だから、受け取ってほしい」


 そちらの方がエミリアも喜ぶからと言われては、ソフィアに拒否することなどできなかった。


 グウィンから差し出されたのは、むき出しの指輪。ソフィアが両手を出すと、グウィンはソフィアの手のひらにそっと指輪を置いた。指にはめなかったのは、今のソフィアではぶかぶかだからだ。


 手の中にある指輪を見つめながら、否定することのできない感情にソフィアは静かに向き合っていた。

 胸の奥からじわじわと溢れてくるこの感情の名に、ソフィアはもう気づいている。グウィンを見ると泣きたくなるような、切ない気持ちになるのはなぜなのか。ずっとグウィンの顔を見つめていたいのに、見られるのは胸が騒いで落ち着かないのはどうしてか。


 もっと笑ってほしいと思うのも、どきどきするのもーー好きだからだ。


 自覚した感情は、ソフィアの中で急速に輪郭を持ちはじめ、大きくなっていく。

 グウィンに手渡された指輪に視線を落とし、いつかこの指輪をつけていても恥ずかしくない女性になりたいと、ソフィアは思う。その時、隣にはグウィンがいて欲しい。


「ーー大切にするね」


 手の中で光る指輪を見ながらそう言うと、グウィンは照れくさそうに微笑んだ。

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