疑惑
「馬鹿げてる」
グウィンが吐き捨てるように言うと、イライアスも頷いた。
「私もそう思うよ。アドルファス君は、汚職に手を染めるような男じゃない」
「なぜ、そんなことになっているんですか」
「最近、警察に匿名の告発があったようなのだ」
ーー三年前の鉄道建設計画に絡む不正を、警察が嗅ぎ回っている。
そんな噂が一ヶ月程前、省内を駆け巡ったのだという。噂を裏付けるように、警察が職員に接触を図ったという話があちこちから聞こえ始める。恐れをなした上層部は、すぐに内々に調査を命じた。
調査を進める内、アドルファスが鉄道会社から巨額の裏金を受け取ったという疑惑が持ち上がった。
アドルファスは当時、鉄道会社の選定に携わっていたのだ。
「担当だったというだけで、父が賄賂を受け取ったと?」
抑えきれない怒りを孕んだ声でグウィンが問うと、イライアスは悲しげに眉を下げた。
「上はアドルファス君の死をいいことに、彼に全ての責任をなすりつけようとしているのかもしれない」
容疑者死亡で警察には押し通すつもりなのだろう、とイライアスは言う。グウィンは手を握りしめ、下を向いた。
ーーそんな暴挙が、許されてなるものか。死んだ人間の、名誉まで傷つけるというのか。
「アドルファス君は省内の不正を調べていると、以前私に相談したことがある」
その言葉にはっとして、顔を上げる。イライアスは淡々とした口調で続けた。
「彼はむしろ不正を暴こうとしていた側だった。ーー彼の死には、この件が関係してるんじゃないかと私は思う」
「その事を警察には?」
「無論話した。ただ私はアドルファス君が何を探っていたのかを知らなかったからね」
警察が真剣に取り合ってくれたかは分からないと、イライアスは言った。
「グウィン君。私は彼が何を探っていたのか突き止めたいと思ってる」
「フェラーさん」
「私に協力してくれないか。父君が何を調べ、何を知ったのか解明したいんだ。それが、彼の無実を証明することにも繋がると思う」
「なぜ、そこまでしてくれるんですか」
グウィンが疑問を口にすると、イライアスは後悔の滲む声で言った。
「アドルファス君から相談を受けた時、私は彼を止めたのだ。内部告発など、出世の足枷になるだけだから止せと」
結果、アドルファスは一人で不正を調べることになった。そして何かを知って殺されたのではないか、とイライアスは言った。
「彼の失望した顔が頭から離れんのだよ。だからこれは私なりの贖罪なのだ」
イライアスの言葉を聞いて、グウィンはゆっくりと頷いた。
「分かりました。それで、私は何をすれば?」
「アドルファス君は何か決定的な証拠を掴んだのではないかと思う。それを探してもらいたい。省内のことは、私が調べよう」
「実は家族の死後、屋敷の中は徹底的に調べたんです。けれど、そんな証拠は見たことがありません」
「念入りに隠してあるのかもしれない。それにもしかしたら領地の館の方に証拠を隠した可能性だってある」
「確かにそうですね……分かりました。もう一度調べてみましょう」
グウィンは真剣な表情でそう言った。事件解明の新たな手がかりを得たことに、胸には期待が満ちる。
その後二人で墓参りをした後、グウィンは帰路についたのだった。
翌日、グウィンはソフィアの元を訪ねた。バスカヴィル領に行くからしばらく首都エルドを離れると、彼女に伝える為である。
「父上が掴んだ証拠がバスカヴィル領の館にあるかもしれないんだ。だから、1週間ほど留守にする」
イライアスの話を説明した後そう言ったグウィンに、ソフィアが口にしたのは意外な言葉だった。
「私も行くわ」
「ーーは?」
たっぷり数秒固まった後、グウィンは言った。
「一人で事件を調べるのは駄目だって言ったじゃない! もう忘れたの?」
「いや、待て。そういう問題じゃないだろう」
いくらなんでも、ソフィアを連れて行くのはまずいだろう。
そもそも彼女の両親が許すはずがない。
「そういう問題です。それに考えてみれば領地の館の方に、グウィンのご両親の霊がいるかもしれないわ」
自分を連れて行かないと見られるものも見られない、とソフィアはグウィンを説得にかかる。
「ソフィアの両親が許すわけないだろう」
「勿論、説得するのよ」
だからグウィンも協力してね、とにっこりと彼女は微笑んだ。その眩しい笑みに、グウィンはそれ以上の言葉を飲み込む。
ーーどうせ、許可など下りない。ここで無理に反対する必要もないだろう。
その見込みが甘かったことを、グウィンはすぐに悟る事になる。
その日の夜。
グウィンは夕食をオールドマン家でとったあと、セオドアの帰りを待っていた。バスカヴィル領に二人で行くことの許可を得るためだ。
十時を過ぎて屋敷に帰ってきたセオドアは、こんな時間にグウィンがいることに目を丸くした。話があると言ったグウィンに、セオドアは「とりあえず座ろう」と席に座るよう促す。
オールドマン家の居間。グウィンの隣にはソフィアが、向かいにはセオドアとダイアナが腰をおろした。
「それで、何かあったのか?」
セオドアの質問に、グウィンは慎重に口を開いた。
「正式に婚約をしましたので、彼女に一度バスカヴィル領を見てもらいたいと思っています。私がパブリックスクールに戻ってからでは、なかなか時間もとれませんから」
ソフィアを連れて行く許可をいただきたい、とグウィンは続けた。
勿論これは、ソフィアの両親を説得するための方便である。
ソフィアの能力の事も、グウィンが事件を調べていることも伏せるとなると、これしか説明のしようがなかったのだ。
ソフィアの両親を前に、真面目な顔で願い出たグウィンに、珍しくセオドアは戸惑った顔を見せた。
「あら、素敵じゃない」
嬉々としてそう言ったのは、ダイアナだった。
「ダイアナ。何を言ってる?」
焦った声のセオドアに、ダイアナは余裕の笑みをみせる。
「婚約したんだもの、別におかしいことじゃないわ。将来ソフィーはバスカヴィル領でグウィン君を支えるのよ。あらかじめ見ておいて、損はないでしょう?」
「二人で旅行なんて、早すぎるだろう」
「無論護衛はつけますし、バスカヴィルの館でもソフィアに不自由はさせません。使用人達は誠心誠意努めてくれるはずです」
自身もダイアナの反応に困惑しつつ、グウィンはそう説得した。想定していた展開と随分違う、とグウィンは思う。
「ほら、グウィン君もこう言ってるし。鉄道で半日の距離じゃない」
大したことはない、とダイアナは言った。
「いや、しかしだな……」
「もう! この婚約を押したのはセオドアでしょう。二人が仲良くしていて、何が不満なのよ」
セオドアの態度に、ついにダイアナが怒りだす。その様子に、隣のソフィアも口を挟んだ。
「お父様、お母様。私、将来暮らすバスカヴィル領を今から見ておいて、心構えをしておきたいんです」
「ソフィアの考えは立派だがね……」
尚も渋るセオドアに、ダイアナは爆弾を落とした。
「駆け落ち同然で私をエルドに連れて来たのはあなたじゃない。グウィン君はきちんと許可を得てる分偉いわ」
意外な事実にグウィンだけでなく、ソフィアも目を丸くした。「そうなんですか?」とぱちくりと目を瞬かせている。ぐっと言葉に詰まったセオドアは、しばし沈黙した後口を開いた。
「……分かった。許可しよう」
「ありがとうございます!」
嬉しそうなソフィアの声を隣に聞きながら、グウィンは天を仰いだ。
ソフィアとともにバスカヴィル領に行く。それを嬉しく感じている事が、自分でも意外だった。