招かれざる客
「随分なご挨拶ですね。私は今日の主役の後見人ですよ」
オズワルドの言葉に、グウィンは不快そうに顔を歪めた。
あの男を後見人にした覚えなどない。そう言ってやりたかったが、グウィンの代わりに口を開いたのはセオドアだった。
「それは初耳だ。バスカヴィル卿の後見人には、私がなっている」
セオドアがどこまでも冷淡に言い放つと、オズワルドの眉がピクッと動く。「そうなの?」と問うようにソフィアがグウィンの方を見てきたので、小さく頷きを返した。
「ーーそうでしたか。しかし、今日は甥の婚約式。叔父が出席するのは当然ではないですか?」
「招待客のリストには入っていなかったはずだが。私はグウィン殿と縁を結んだ気はあるが、甥を利用して勝ち馬に乗ろうとするような男と縁を結んだ覚えはないのだが」
セオドアの痛烈な皮肉に、オズワルドの頬に朱が差す。
プライドの高いオズワルドは、恥をかかされるのを何よりも嫌う。グウィンを利用してオールドマン家に取り入ろうとしていると、侮蔑を込めた目で見られるのは、オズワルドにとっては屈辱だろう。
二人のやりとりを見ながら、相手のコンプレックスを的確に攻めるセオドアの手腕に、グウィンは感心した。
ーーさすがだ。
その呟きが漏れていたのかソフィアは隣にいるグウィンの脇腹を小突くと、非難がましい目を向けた。その目が「あんなやり方見習わないで」と言っている。
いつまでもセオドアばかりに任せるわけにもいかなかったので、グウィンはソフィアに「ここで待っていろ」と言い置いて、その場を離れた。
「叔父上。ここは祝いの席です。祝辞の一つも言えないのなら、お帰り下さい」
「よう、グウィン」
二人に歩み寄って声をかけると、軽薄な笑みを浮かべてオズワルドはそう言った。オズワルドから微かに酒の匂いがして、グウィンの眉間の皺が深くなる。
「なぜ、ここが?」
少なくともグウィンは言っていないし、オズワルドに話すような親族はこの場に呼んでいなかった。
「新聞に載ってたからな」
なるほど一日掲載を遅らせるべきだったと、グウィンは内心舌打ちをした。忌々しく顔を顰めたグウィンに、会話の主導権は自分にあると思ったのかオズワルドが言う。
「で、お前の婚約者ってのはどこにいる?」
きょろきょろと辺りを見回すオズワルドに、「叔父上に紹介する気はありません」とグウィンは冷然と言い放つ。
けれどグウィンの言葉など聞いていないのか、出席者の中に視線を送っていたオズワルドは、やがてソフィアの姿を見つけてしまった。
グウィンと年が近く、ひと目で主役と分かる出で立ちをしていたのは、彼女一人だったから。
「へぇ」
ソフィアの姿を見て、にたにたと笑うオズワルドの顔は俗悪だった。
彼はセオドアには聞こえないようにグウィンの耳元に唇を寄せると、小さな声で囁いた。
「後五年したら、俺好みの女になりそうだ」
その言葉を聞いた途端、かっとなってオズワルドの胸ぐらを掴んだグウィンに、オズワルドは厭わしそうな顔をした。
グウィンの瞳に浮かぶ色は、相手を射殺さんばかりに強い。
「そういう目をすると、兄貴にそっくりだ」
もう死んだがなと笑ったオズワルドに、グウィンは湧き上がる怒りを抑えられなくなった。
今にも手を出しそうなグウィンを、セオドアの声が制止する。
「自分の足で出ていく気がないなら、追い出すまでだ」
オズワルドと会話するのも億劫そうなセオドアは、周りにいる屈強な使用人達に視線を送る。
主人の命令を速やかに遂行すべく、優秀な使用人達はオズワルドの両脇を抱えてその場から連れ出してゆく。オズワルドは特に抵抗することなく、下品な笑いを口元に浮かべながら去って行った。
「あの男を通した人間は、後で説教だな」
セオドアが呆れて言うと、グウィンが頭を下げた。
「身内がご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」
「厄介な親族というのはどこにでもいるものです」
気にする必要はありません、とセオドアは言う。
「さ、気を取り直して婚約式の続きを!」
パァンと一つ手を叩いて、セオドアが張りのある声で告げる。場の空気を支配することに長けたセオドアに、それまでの張りつめていた空気は霧散し、場は再び穏やかな雰囲気に戻ったのだった。
***
オールドマン邸を出た後、オズワルドは酒場で一人祝杯を上げていた。
ーーグウィンはなかなか上手くやった。
よもやオールドマン家の娘と婚約するとは。国内有数の大富豪。金なら余るほどあるだろう。
『もう金はやらん。いい加減、まともな職につけ』
そうオズワルドの顔を見る度、口にしていた兄アドルファス。数年早く生まれたくらいでくどくどと説教する兄を、どれほど疎ましく感じていたか。
幼い頃は、神童と呼ばれていたのはオズワルドの方だったのに。爵位を継ぐというだけで、周りから持ち上げられ、いつの間にか褒められるのは兄ばかりになっていた。
アドルファスと同じものを与えられれば、兄以上に上手くやれる自信がオズワルドにはあった。ーー機会さえ与えられれば領地を治めるのだって俺の方が上手くやれるのだ。
兄の死後、今は生意気な甥っ子が当主の座に就いているが、オズワルドの知らぬところでグウィンは思わぬ大物と知り合いになっていた。
セオドア・オールドマン。
縁を結びたいと願ったからといって、知り合いになれるような人物ではない。
自分の能力を示すには、絶好の相手だとオズワルドは思う。初対面では失敗したが、これから近づく機会はいくらでもある。なんといってもグウィンを通して縁者になるのだ。
セオドアに認められれば、バスカヴィルの小さな領地などにこだわる必要はない。
ーーやっと俺にもツキが回ってきた。
薄ら笑いを浮かべたオズワルドに、近くにいた給仕の少女が気味悪そうな顔をした。
バスカヴィル家の男達に共通する黒目黒髪に美形の血。その特徴を彼もまた受け継いだにも関わらず、内面からにじむ卑しさが、オズワルドの印象を軽薄なものに変えていた。
結局、その日店を出るまで、オズワルドの怪しげな笑いが止まることはなかった。