休息
「グウィン……?」
ソフィアが呼びかけると、グウィンは気まずそうに肩を揺らした。
「すまない、ソフィア。私もまた、犯人に復讐したい人間の一人だ」
軽蔑してくれて構わない、と言ったグウィンにソフィアは眉を下げた。
「どうして軽蔑するの? グウィンが犯人を許せないのは、当たり前のことよ」
なぜグウィンがこんなに不安そうな顔をするのか、ソフィアには分からない。
「復讐だぞ?」
「そうね」
「私が恐くないのか?」
「どうして?」
びっくりして聞き返すと、グウィンもまた目を見開いている。
グウィンが犯人を許せないのは、当然のことだ。もし、ソフィアが家族を殺されたとしたら、同じように死刑を望む。
「……そうか」
ぽつりと呟いて、それきりグウィンは黙ってしまった。
どうしようかとソフィアが辺りを見回すと、いつの間にかアルマは部屋を出て行ったようだった。グウィンの言葉を、聞き入れてくれたのだろうか。
アルマの姿が見えない事を告げると、グウィンは小さく嘆息した。
「そういえば、今日は婚約式の打ち合わせがあったのよね」
婚約式といっても、ごくごく内輪の集まりが催されるだけであるのだが。
むしろ社交界の新聞に記事が載ることの方が重要で、正式に婚約が告知されるまで、あと十日ほどに迫っていた。
グウィンの訪問の理由を思い出して口にしたソフィアの言葉に、「……ああ」と頷くグウィンはどこか歯切れが悪い。不思議に思ってグウィンを見れば、彼は見慣れない籠を持っている。
おやと小首を傾げると、グウィンが恥ずかしそうに視線を逸らした。
「いつもソフィアばかりが用意するのは、不公平だからな」
もごもごとそう言ったグウィンの顔は赤い。
首を傾げながらグウィンと手元の籠に視線を何度か往復させた後、ソフィアはあっと気がついた。
途端、クスクスと笑い出したソフィアに、グウィンは不機嫌そうな顔をする。けれど、それが彼の照れ隠しなのは明らかだった。
「ありがとう。せっかくだから、庭で食べない?」
一緒に食事をとろうという約束を、グウィンは覚えていたのだ。そのことが嬉しくて、どうにも頬が緩んでしまう。ソフィアは心からの笑顔で微笑むと、グウィンを庭へと連れ出した。
新市街の一等地に居を構えるオールドマン邸の庭は、広大である。
区画によって異なるテーマで造園されたこの庭園には、小川や橋、神殿を模した建物などが精緻に配置されている。それぞれの区画は、曲がりくねった小路やトンネルで繋がっていた。
ソフィアが気に入っているのは樫の木が植えられた一角で、高い木々に囲まれた空間にいると自然と心が落ち着くのだった。
ガゼボと呼ばれる東屋まで来たところで、二人は腰を下ろした。
ベンチの上に料理を広げていると、不意にグウィンが口を開いた。
「ソフィアの力に頼るのは、もうやめようと思う」
グウィンを見れば、彼は視線を下に落としている。長い睫毛が、白い肌に影を作っていた。
「どうして……?」
「死者を見るというのがどういうことなのか、全く分かっていなかった。ジョエルのことがあって、甘く考えてたんだ。アルマのような死者もいることを、理解していなかった」
私はまた間違えた、という呟きは苦々しい。「悪かった」と謝罪したグウィンに、ソフィアは首を振った。
「私が勝手にアルマを探すって言ったのよ。謝らないで」
「しかしーー」
「謝るのはもう禁止。私達は将来、結婚するんでしょ?」
助け合うのは当たり前だと、そう言ってしまってから、あれと思った。
自分がたった今口走った言葉に、ぐわっと体温が上がる。結婚の一言を妙に意識してしまい、頬を真っ赤に染めたソフィアに、グウィンの顔もこころなしか赤くなる。
「ああ、その、ありがとう」
その言葉に、ソフィアは顔を赤くしたまま、こくこくと頷いた。
それからはぽつぽつと二人はお互いのことを話した。家族のこと、友人のこと、好きなもののこと。
こんな風にゆっくりと気負わずにグウィンと話をしたのは、初めてだとソフィアは思う。
パブリックスクールの話をするグウィンは、事件を追いかける大人びた少年ではなく、歳相応の男の子に見えた。
特にグウィンの表情が柔らかくなったのは、バスカヴィル領の話をしている時だった。美しい領地とそこで過ごした家族との幸せな思い出を語るグウィンは懐かしそうで、でもどこか物悲しくて。
グウィンの横顔を見ながら、ソフィアの胸はきゅうと切なくなった。
「秋はいちょう並木が、黄金色のトンネルを作るんだ」
それをソフィアに見せたいと、グウィンは言った。どこか遠い目をしたグウィンの心は、バスカヴィル領へ向かっているのだろう。
「うん。私も見たい」
ーーそれは、未来の約束。
にっこりと微笑んだソフィアに、グウィンもまた笑みを返した。
グウィンの心を捉えているものは、まだ解決していない。
それでも、今だけは心の枷を忘れてくれたらとソフィアは願う。
空は晴れやかに澄み渡り、心地よい風が二人の頬を撫ぜる。
つかの間の休息は、ゆっくりと過ぎていった。