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そのまま、甲板で待っていても港へ去った船は戻って来ない。
「この前はすぐ港に着けたのに・・・・・・」
ラディックが心細そうに呟いた。側にいたデワルチが笑いながら応じた。
「コルミナは小さな港町だからな。ザルベッキアは違うぜ。沿岸部最大の交易都市なんだ」
「デワルチは来た事があるの?」
「あぁ、ここには親父の店があるんだ」
「わぁ。すごいなぁ」
「ザルベッキアに入る船の数は半端じゃないから、見慣れない船はこうやって外洋に待たせてすぐには港に入れないんだ。海賊だったりしたら困るだろ」
「なんだい。自慢か?」
得意げに話すデワルチを横目で睨むとグァヤスは呟いた。
「なんだと!?聞えているぞ」
「文句あるか!?」
あっという間に掴み合いになるデワルチとグァヤスを慌てて他の候補生たちが引き離した。
「だめですよぉ。私達は見張られているんですから」
グロリアが珍しく慌てながら注意を促した。その視線の先には沿岸警備隊の小船があった。その時、船内からイーグルが上がって来た。
「何してる?そこにいても仕方ないから、呼ぶまで休んでいろ。あ、サグレスとシナーラはエスメラルダが呼んでいる」
「はい」
状況を察したらしいイーグルはくすりと笑うと船尾に消えた。デワルチとグァヤスは決まり悪そうにそっぽを向いている。慌ててサグレスとシナーラは船内に向かった。
サグレスとシナーラは今はゲオルグが占有している貴賓室の前で立ち止まった。中からは人の気配がする。
「あ!そのままじゃ・・・・・・待ってください!せっかく・・・・・・ダメです・・・・・・」
微かに洩れて来る声はどうやらエスメラルダのようだった。こんなに慌てたエスメラルダの声を聞いた事が無い。サグレスとシナーラは顔を見合わせたが、結局、サグレスが扉を叩いた。
「失礼します」
室内に目をやったサグレスはさすがに言葉を失った。シナーラも同じだったらしく、後ろで息を呑む音が聞える。そこには、うるさそうな顔のゲオルグと彼の喉元のカフスを止め直そうと悪戦苦闘中のエスメラルダがいた。どちらも真っ白い正式な士官の儀礼用の制服に着替えていた。




