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頬に当たる風の心地良さにサグレスはゆっくりと目を開いた。空の青さが目に痛い。雲一つ無い青空は眩しい陽光をやや翳らせていた。そのままサグレスは大きく伸びをする。背中が冷たい床に当たって気持ちいい。伸ばした手の先に触ったのはシナーラだった。シナーラは寝返りを打った処ではたと目を開けた。周囲ではもぞもぞと人の気配がする。
「あ・・・・・・おはよう・・・・・・?」
口を開いたラディックの言葉に二人は顔を見合わせて笑い出した。つられて皆笑い出す。笑いながら候補生達は次々に甲板に起き上がった。
「あれぇ・・・・・・?風がありますねぇ!」
ラディックの声に嬉しそうにグロリアが上を見上げた。少しでも風を受け止めようとぴんと張られた帆は、先程まではだらりと重そうに下がっていたのに、今ゆったりと張り始めている。慌ててデワルチは幾つかの帆のロープを緩め始めた。緩めた分だけ帆は更に風を受けて膨らんでいく。サグレス達もそれぞれ幾つかの帆を緩める。徐々に船体は前に進み始めた。
「へぇ。案外やるもんだな」
舳先からサグレス達を見ていたゲオルグは呟いた。傍らに立つエスメラルダが微笑む。
「これならいけるかな?」
振り返ったゲオルグにエスメラルダは静かに肯いた。イーグルも笑いながらサグレス達を呼び集めた。
輪になって集まった所でゲオルグは地図の一点を指差した。
「計測に間違いが無ければ、現在地点はこの辺りだ。単純計算でザルベッキアまで7日の距離になる。これを海流を使って、3日にする。ただし、途中には岩礁が多い。陸が見えるまで全員不眠の見張りに立つ事になる」
微かに候補生達にざわめきが広がったが、すぐに静まった。その後をエスメラルダが引き取った。
「このまま進めば、日が沈むまでに海流に乗る事が出来るはずです。グロリアとラディックは右舷をデワルチとグァヤスは左舷をそしてサグレスとシナーラは見張り台に入ってください。操帆はイーグルと私が。操舵は総長が執られます。何か質問はありますか?」
さっきよりやや大きなざわめきが広がった。それぞれの胸に不安が過ぎる。ふと、ラディックが訊いた。
「シークラウドは?」
「腹が減ってはなんとやら・・・・・・」
ゲオルグの呟きで張り詰めていた空気が和らいだ。




