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「あ……っつ……」
うだるような暑さの中でサグレスは目を覚ました。喉が焼けつくように痛い。口の中に残る海水のせいで喉がひりひりしている。周囲を見回すと、まだ皆寝入っているようだった。よろよろと水を求めてサグレスは部屋を抜け出した。かといって、時間外にあのシークラウドが水をくれるとは到底思えなかったので、サグレスの足はそのまま甲板に向かった。甲板の幾つかの桶を覗くとどの桶も雨水で満水の状態だった。これなら怒られる事もあるまいと、サグレスは口を付けて飲み始めた。とにかく暑かった。夏が近いとは言えこんなに暑いのは始めてだった。滝のように流れる汗を拭って舳先の方を見たサグレスの目には一人の見慣れぬ男が目に入った。
「あれ……は……?」
サグレスの脳裏に嵐の時の事が甦った。慌てて、男の傍に寄る。確か男はゲオルグと言った。
「あの!ありがとうございました!」
サグレスは深々と頭を下げたが、ゲオルグはちらと振り向くとすぐに視線を戻して、
「もっと鍛えとけ」
と、だけ言った。その息は微かに酒の匂いがした。
「なっ!」
そのそっけない態度にサグレスが口を開こうとした時、背後に現れた人影に呼びとめられた。イーグルだった。
「サグレス。何処も異常は無いか?」
「あ、はい」
サグレスの様子に何も変わりが無いのを見て取ると、イーグルはゲオルグに向き直った。
「総長。この状態をどうする?」
「ふん?どうにもならんだろ」
「そうだな。……それはそうと、副長は?」
「ん?まだ、寝てるみたいだったな」
やっぱり……と顔に書いてイーグルは小さく溜息をついた。シークラウドが嬉々として鍋に何かを放り込む姿が目に浮かぶ。
「後は整備ぐらいでいいな?」
「そこらの汚ったないのも洗っとけ」
ゲオルグは海に向けた視線を動かさずに、僅かに頭を振る。これには思わずイーグルが笑ってしまった。
「了解」
そういうと、イーグルは笑いながらサグレスの襟首を掴んで引っ張った。
「な……な……何だよ!」
「少し遊んで来いってさ。服は脱ぐか?」
「え……え!?」
その時、丁度候補生達が甲板に上がって来たのを見て、イーグルは呼び止めた。
「皆、海に入れ!綺麗に垢を落として来いよ!」
「こんな時に、何言ってるんだよ!イーグル」
サグレスはイーグルの手を振り解いた。イーグルの目がやれやれと言っていた。
「よく見ろよ。今は風が止まっているんだ」
「え?」
サグレスが海を覗くと、海面は鏡のように照り輝いていた。この暑さは風が無いためだった。
「……風が無い。いつから……?」
「明け方見回った時にはもう無かったな。空の様子から考えても暫らくは、無い」
そういうと、イーグルはサグレスを摘み上げて海上へ落としてしまった。他の候補生もそれを見て次々に海に飛び込み、じきに歓声が聞こえて来た。
「暫しの休息だな」
「よぉ!」
船内から酒瓶を振り回しながら、シークラウドが上がって来た。
「まだ、飲むのか?」
「とっときだぜぇ。眠り姫が起き出す前に空けちまおう」
至極ご機嫌なシークラウドは各々にグラスを渡すと、勢いよく栓を開けた。空も海も青一色である。




