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ソルランデットを見とめると、クルゼンシュテルンは物も言わずにエディラを男達に任せて、脇に差していた剣を構えた。長身のクルゼンシュテルンに相応しく、その剣も滅多にお目にかかれないほど大きいものだった。傍目にもソルランデットとの力量差が感じ取れる。緊迫した空気の中、意外にも最初に動いたのはクルゼンシュテルンだった。その激しい一撃を、しかしソルランデットは正面から受けずに流した。そのまま、スピードに乗って脇を攻めるが、クルゼンシュテルンも読んでいたとみえて体を交わして避けた。そして、反対に上段から大きく切りつけてる。受け切れないと判断したソルランデットは大きく後方に飛んだ。そして、反撃に出ようとしたソルランデットの肩口をクルゼンシュテルンの大剣が切り裂いた。
「!」
ソルランデットの判断は正しかったのだが、クルゼンシュテルンの剣の長さは想像の範囲を越えていた。悲鳴をあげかけたエディラの口を慌てて周囲の男達が押さえる。衝撃で地面に投げ倒されたソルランデットは、しかし激痛に耐えて立ち上がった。肩からは見る見る血が吹き出してくる。再び剣を構えたソルランデットを見てクルゼンシュテルンは止めを刺すべく一歩踏み出した。
「よせ!相手はまだ、子供だろ!」
エトワールの声に振り返ったクルゼンシュテルンは、周囲の注目が集まり始めた事に気付いた。
「行くぞ」
鋭く言い捨てると、一団を取り纏めてその場を急いで立ち去った。
「……ま……て……」
血は後から後から流れ出している。ソルランデットは剣を支えにしたままずるずると地面に伏していった。
「どうなってんだよ!」
船に戻って来たなり、出港を指示したクルゼンシュテルンにハインガジェルは噛付いた。まだ手配した積荷はすべて揃ってはいない。
「予定が変わった。追っ手が掛かる前にここを離れる」
ハインガジェルは首を振って、他の船員に合図した。じきに出港準備が始まった。
「そりゃあ、アンタの船だからオレがどうこう言う話じゃあ無いが、人数が増えるとは聞いていないぜ。しかも、紅い魔女じゃないだろうな?」
ハインガジェルはエディラを見て薄気味悪そうにあごをしゃくった。当のエディラは気を失っているようだった。
「紅い魔女?」
クルゼンシュテルンはハインガジェルの言葉を繰り返した。
「その昔、島にいた大陸人を皆殺しにした女だよ。いわゆるイングリアの王族だな」
「本当か?」
首を巡らしてエトワールに尋ねるが、しかしエトワールは顔を背けた。
「今、僕はあなたの配下じゃないから、答える義務は無いよね……」
「なんだとぉ!?」
いきり立つハインガジェルを無視してクルゼンシュテルンは船室に向かった。
「予定外とは言え、本当なら使える。まずは合流点へ向かえ」
「このまま連れて行くのか?魔女と一緒じゃ何が起こるか分らないぜ」
既に船は静かに滑り出していた。まだ、港には追っ手らしき姿は無かった。




