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結局、エディラ王女の私室の前まで戻ったソルランデットは次の行動を決めかねて扉の前をうろうろしていた。そのうちにどこから現れたのか、いつのまにか子犬が足元にじゃれついていた。
「あ、ダメだよ……シッ!」
小声で諭すソルランデットの気も知らず、子犬は嬉しそうに吠えている。
「どうしたの?戻っておいで!」
奥から声がしたかと思うと、突然ソルランデットの目の前の扉が開いてエディラ王女が顔を覗かせた。エディラはソルランデットがいる事に驚いた様だが、すぐに満面の笑みをたたえてソルランデットを部屋に招き入れた。
室内のソファに腰掛けると、エディラはソルランデットを促した。
「それで、どうだった?」
にこにこと今までに見た事の無い笑みを浮かべているエディラは本当に綺麗だった。しかし、それに応えられないソルランデットの表情は曇っている。すぐにその様子に気付いてエディラの口調はいらいらと詰問調になってきた。
「まさか、セドフ様に会えなかったとでも言うの?」
「いえ……そんな事は……」
「では、どうだったの?ゲオルグの様子は訊けて?」
「……それが……父上が……」
「だから、何なの?会えたのなら容態ぐらい教えてくださったのでしょう?」
ソルランデットは小さく首を横に振った。それを見たエディラの顔色がみるみる変わって行く。エディラ王女のやや縮れた癖のある紅い髪が燃え上がるように感じられる。
「なんですって?あなたは一体何をしに行ったというの!?」
2人の様子をみかねた女官長が口を挟んだ。
「陛下が緊急の御前会議を召集されたそうですから、ソルランデット様とお話されるお時間が無かったのでは……」
「だからと言って、一言も話せないなんて事は無いはずでしょ」
「それは……」
「お前は黙ってなさい。あなたは私の用事を果たせなかったのね」
これ以上小さくなれない程、小さくなったソルランデットはいっそこの場から自分が消えてしまえば良いのにと、それだけを念じていた。エディラ王女の怒りにはこの場の誰も逆らえない。
「もういいわ!皆お下がりなさい!」
エディラの剣幕に皆、とりなす間も無くエディラは私室の奥へと消えてしまった。ソルランデットは涙目で目の前の扉が冷たく閉じるのを見つめていた。




