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闇の中、波の音だけが響いている。窓らしきものもあるにはあるが、厳重に内側から遮蔽されていると見えて、わずかに漏れてくる光もその輪郭を朧に浮かび上がらせるだけで、室内の様子を照らし出すには至らない。それでも、ここは他の船室よりは若干広いようである。
その中に時折、微かなうめき声がする。無論、その人物の姿は見て取ることは出来ないが、声の調子からどうやら横たわっている様である。
ちゃぷ……、ちゃぷ……、ちゃぷん。
暗闇の中、船べりを叩く波の音が響く。
「新しい子達が来ました……元気いっぱいで、可愛いですね」
闇を突いて、密やかに穏やかな声が響いた。その声は心なしか、羨む様でもあった。それはエスメラルダの声だった。しかし、その声に答えたのは波の音だけだった。
ふっと短い溜息が聞こえる。
その時、甲板の方が騒がしくなって来た。
「何事か、あったようですね」
エスメラルダは静かに椅子を引いて立ち上がると、そっと船室を出ていった。
「なんだとぉ!」
グァヤスは、本気で頭にきていた。デワルチの胸倉を掴むと、殴りかかろうとした。小柄なグァヤスに頭2つ分は大きいデワルチでは力の差が違いすぎるように思えるが、頭に血が上っているグァヤスはそんな事は気にも留めずに向かっていく。
「ちょっと!ちょっと待った!」
慌ててサグレスやグロリアが両側から止めようとしていた。しかし、揺れる船の上ではなかなか上手くはいかない。
「もういっぺん言ってみろ!」
「サイガニヤはイングリアの属国だって言うのは本当の事だろ!」
「それが、何だっていうんだ!母上の国を悪く言うな!」
「やめろよ!二人とも!」
シナーラも何とか2人の間に割って入ろうとする。ラディックはグァヤスを止めようとしているサグレスの加勢に入る。そもそも、喧嘩の原因は些細な事だった。しかし、折からの船酔いと空腹という一種の極限状態が、サグレス達6人の気持ちをギスギスさせていたことだけは確かだった。どさくさに紛れて誰かの腕だか足だかが誰かに当たって騒ぎは大きくなっていく。
その時、数人の船員が甲板に現れた。中の一人が甲高い耳障りな声で周囲の船員に話しかけた。
「役立たずの半人前が何を騒いでいるのかしらぁ」
語尾が妙に上がるのが何ともいえずに気持ち悪い。
「ここらで、一つこの船のルールってものを教えておきましょうか。ヴァーサ副船長」
船員の一人がおもねる様に答えた。
「そうね」
ヴァーサ副船長と呼ばれた男はは元々そのつもりだという態度を隠そうともせずニヤニヤ笑った。
「それでは……」
一人の声を合図に船員達はサグレス達6人を軽々と掴み上げて、次々海へ放り込んだ。
「うわぁー」
6人は何がなんだか判らないまま、気がついた時にはたっぷりと海水を飲むはめに落ちっていた。