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 エスメラルダは先程の事を考えると気が重かった。しかし、こうして扉の前でいつまでも立ち竦んで入いる訳にもいかずに思いきって戸を叩いた。

 中からは何の反応も無い。しかし、エスメラルダはかえってほっとして、静かに扉を開けた。慣れた部屋のはずなのに、灯が入るだけで今までと全く趣が異なっている。いつの間にか窓が1ヶ所開けられているせいなのかもしれない。

「……ゲオルグ?」

 寝床に半身を起こして目を閉じているゲオルグを見つけて、最初眠っているのだと思ったエスメラルダは、その膝の上に一冊の日誌が置かれている事に気がついた。それは今までエスメラルダが日々の記録をつけていた物だった。ちょうどその頁は青鷹の騒動の所が開かれている。

 そっと近付いたエスメラルダが日誌を膝から取り上げようとした時、その日誌がしっかりと押さえられた。ゲオルグが静かに片方の目を開けていた。つとめて冷静にエスメラルダは話しかけた。

「起こしてしまいましたか……?」

「いや。それのお陰で、今までの事がよく判る」

 エスメラルダが恥かしそうに日誌を取ろうとしたが、ゲオルグは渡さなかった。仕方なく諦めて、手にした盆を差し出す不安げなエスメラルダにゲオルグは薄く笑って見せた。エスメラルダの表情がやっと穏やかなものに戻る。しかし、ゲオルグはグラスを見ると妙な顔をした。

「2つ……?お前も飲むか?」

「はい」

 先程の件でゲオルグの機嫌を損ねていないようなので、ゲオルグにグラスを渡すとエスメラルダは嬉しそうに寝台に腰を降ろすと自分もグラスを手に取った。

「では……そうだな、航海の安全を祈って」

「海の王に」

 二人は軽く乾杯すると、ゆっくりと赤い液体を味わって飲んだ。それは細かな泡が舌を刺すような不思議な味がした。思ったほどは強くない。シークラウドが言った通りだった。

 一口含んだ所でエスメラルダは盆の上の小皿に幾片かの見慣れない葉が載っているのに気がついた。物珍しげに摘み上げる。

「これは……?」

「あ?あぁ。それは、口に含んで飲むと味が変わる……そうだ」

「ためされた事は無いのですか?」

「只でさえ、薄いのにますます薄まる……それに、甘いのは好きじゃない。」

 拗ねた様に日誌に目を落としたゲオルグに思わずくすりと笑うと、エスメラルダは試しに黄色味がかった葉を舌に載せてグラスの酒を飲んでみた。辛味の強かった味が只の葉一枚でこんなに変わるものかと正直エスメラルダは驚いた。甘いと言うより軽さが増して柔らかい味が故郷の葡萄酒を思わせた。エスメラルダはその美味しさに一息にグラスを空けてしまった。一方のゲオルグの方は大事に飲む事に決めたらしく日誌を読みながら、ちびちびと飲んでいた。これなら一杯と言わず一壜貰ってくれば良かったとエスメラルダは少し後悔していた。


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