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イーグルが部屋に入った時、ちょうどエスメラルダは包帯を巻き終わったところだった。濡れた服も、むろん着替えている。
「調子はどうだ?」
振り向いたエスメラルダにイーグルは持って来た盆を掲げて見せた。
「んー」
寝床に座らされて、渋々手当てを受けていたらしいゲオルグは面白く無さそうに返事らしきものをした。その腹部にはかなり広範囲に包帯が巻かれている。
「メシ、持って来たぞ。特製、だそうだ」
ゲオルグは運ばれて来た盆の上の粥を見ると、更にひどい渋面を作ってみせた。
「酒は?」
「何て事言ってるんですか!」
「ダメなら、せめてディンでもいいんだが……」
「お酒はダメです」
エスメラルダの叱責に遭い、ゲオルグは首を竦める。その様子を見て、イーグルはエスメラルダの背中越しに隠し持っていた酒瓶を振って見せた。ゲオルグはそれを見ると、エスメラルダの目を盗んでイーグルに笑って見せた。それには気付かなかったのかエスメラルダは手近な台に盆を載せると、粥の皿と匙を手に取ってゲオルグに向き直った。つと、ゲオルグは手を伸ばすと、皿を受け取ると見せかけてエスメラルダを抱き寄せた。
「え!?」
「そんなに心配するな。もう、大丈夫だ」
素早く、ゲオルグはエスメラルダの耳に口元を寄せるとささやいた。突然の事に皿を抱えるのが精一杯だったエスメラルダは慌てて体を引き起こした。しかし、その顔は真っ赤に染まっている。
「……そんなに元気ならご自分でどうぞ」
エスメラルダはゲオルグに皿と匙を押し付けると、踵を返して扉に向かった。慌てて道を空けたイーグルの姿を見とめると、エスメラルダは躊躇したもののしっかりと酒瓶を取り上げてから部屋から出て行く。
扉の閉まる音が響くと、ゲオルグが盛大な溜息をついているのが聞こえた。イーグルはそれを聞いて吹き出しそうになった。
「……自業自得……って言わないか?」
イーグルは窓辺に近付きながら呟いた。しかし、ゲオルグはまだワザとらしく溜息をついている。室内には全ての窓に板が打ち付けてあった。そのために灯りの届かない所には夜よりも濃い闇が潜んでいる。いままでエスメラルダはその闇の中に一人でいたのだった。しかし、その闇はもう必要無い。板のひとつにイーグルは手をかけた。
「ひとつ、外しておくか?」
「ん。そうだな……」
上の空でゲオルグは返事を返した。皿は手も付けずに置いてある。イーグルは窓に打ち付けられた板を外しながらさり気なく切り出した。
「もしかして、見えてないんじゃ無いのか?」
上手くごまかしてはいたが、イーグルにはさっきの一件が目測を誤ったとしか思えなかった。
「……さあね」
薄暗い室内では離れてしまうと互いの表情まではよく判らない。しばらく、室内には板を外す音だけが響いていた。やがて、一枚分の窓が現れ、外の光が差し込んできた。まだ雨は降り続いていたが、そろそろ夜が明けるようだった。イーグルは外した板を抱えると、無言で扉に向かった。いつの間にかゲオルグは寝床に横になっている。
「……あれには言うなよ」
イーグルが扉を開いた時、ゲオルグが呟いた。




