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「マズイな……」
後輩達をどやしつけてから、直ぐに食堂を出たイーグルは一人呟いた。その顔には疲労の色がありありと浮かぶ。
「寝不足がこんなに堪えるとはな……」
ひとつひとつの判断に不安が付きまとう。一人前のつもりでいても、やはりどこかで士官達に頼っていたと言う事か。かといって、自分が動いて行かない限り何も始まらない。諭してくれる者は今のこの船には誰もいないのだから。それでも皆ギリギリの状態で、良くやっているとは思う。しかし、底無しの心細さが心臓を鷲掴みにしているようだった。体の芯に氷がある様な気がする。
息苦しく感じたイーグルが更に急いで甲板へ向かう途中、小さな物音がした。不審に思ってその扉を開くと中ではエスメラルダが机上の羊皮紙に向かって何事かしているようだった。
「おい?寝ていないのか?」
つい、イーグルの口調がきつくなる。扉を大きく開いて現れたイーグルに顔を上げたエスメラルダは驚いた様だったが、つとめて穏やかに口を開いた。
「この先の海域に気になるところがあったものですから、確認しておいた方が良いかと思……」
「何言ってるんだ!!」
イーグルは思わずエスメラルダに詰め寄り、拳で力いっぱい机を叩いていた。さしものエスメラルダも顔色を失った。
「そんなに周りが信用出来ないのか?なんでもかんでも一人で抱えこんで、オレは……」
はっと、次ぎの言葉が出てこなくなって、イーグルは机に顔を埋めてしまった。寸での所でエスメラルダを殴らなくて済んだなどと、醒めた気持ちが頭をかすめる。少し間を置いてエスメラルダはイーグルの肩にそっと手を置いた。イーグルは身動きもしない。
「海に出たらどんな事にも気を抜くな。そう教えられましたよね。ここには守るべきものが沢山ある。もう、私は後悔したく無いのです」
エスメラルダの瞳は限りなく優しく輝いた。




