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<我が女神号>はシスヴァリアス提督の突然の来訪で落ち着かない雰囲気があったものの、航海中では無い為に手の空いた者から休憩の許可が出ていた。サグレスも倉庫の片付けを終えて、船室へ戻る途中で厨房に差し掛かっていた。中からは良い匂いが漂ってくる。開いている戸口を何気なく覗いて、サグレスはしかし大いに後悔した。
「よぉ、坊主。いい所に来たな」
中にはいつの間に戻ったのか、シークラウドが盆を持って奥から出てきたところだった。
「オレは坊主じゃありません!」
「あぁ?オレは偉くないヤツの事まで覚えられねぇんだよ。そんな事より、これを貴賓室まで持って行け。くれぐれもソソウの無い様にな。それと、このティーセットは女王陛下から下賜されたものだからな。傷でもつけたら覚悟しておけよ!」
「なっ!」
そういうとシークラウドは盆をサグレスの手に押し付けさっさと自分は奥へ引っ込んでしまった。
「大事な物なら自分で行けよ!ったくぅ」
周りを見まわしても、誰もいない。仕方なくサグレスは慎重に盆を運び始めた。しかし貴賓室に今、誰がいるかを思い出してサグレスは急に嬉しくなって来た。
貴賓室の扉の前には先程提督と共に来た側近達が立ち塞がっていた。しかし、サグレスの持つ盆を見ると無言で通路を開けた。側近たちの襟章と銀ボタンがキラリと光る。階級を確認する余裕も無くサグレスはその間をおっかなびっくり通り抜け、貴賓室の扉を叩いた。直ぐに中から返事がある。
「失礼します。士官候補生のサグレスです。お飲み物をお持ちしました」
サグレスは扉を開けて中に入った。中ではシスヴァリアス提督とセドフ船長が椅子にかけていた。どちらかと言うと友好的な雰囲気が感じられる。そう言えば2人は古くからの友人と聞いた事があった。
サグレスが入っていくとシスヴァリアス提督は顔を上げた。サグレスが緊張しながらも卓に飲み物を置いて立ち上がった時、シスヴァリアス提督はサグレスに声をかけた。
「君がサグレスか?<青鷹>を見つけてくれたそうだね。行方不明で探していたのだ」
「あ……いえ。その……」
舞い上がっているサグレスにセドフは促した。
「エスメラルダを呼んで来てくれないか」
「はい」
提督の自分の名を呼ぶ声が頭の中をこだまする。サグレスは完全に舞い上がって部屋を出た。




