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「何の用だ」
クレオーレがとげとげしく尋ねた。サフランは全く無視してエスメラルダを見ている。
「聞いているのか!」
クレオーレが腕を振り上げたが、しかしサフランはそれを器用に避けた。様子を見ていた双方の船員達の間に険悪な空気が流れ始めた。その時、セドフ船長が甲板に上がって来た。クレオーレは許可を求める様にセドフを見たが、セドフは赤い船に向かって最敬礼をした。
「!?」
<我が女神号>の誰もがこの行動を不審に思った時、新たな人影が赤い船の船上に現れた。それは2名の配下を従えたイングリア海軍提督シスヴァリアスその人だった。壮年というにはまだ十分に若々しい姿である。
「ごくろう」
シスヴァリアス提督は2つの船の間に渡された渡り板を通って、ゆっくりと<我が女神号>へ移って来た。最後にはセドフ船長自ら、手を貸して船へ渡していた。提督は甲板上を一瞥すると、セドフ船長に導かれて船内に消えて行った。サグレスは初めて会うイングリア提督に興奮を隠せなかった。
(オレだって、いつか……)
そして、提督が片足を微かに引き摺っていた事にサグレスは気がついた。
「貴女もこちらでお茶でも?」
エスメラルダはにこにことサフランを誘った。途端にサフランの機嫌が良くなる。
「あんたがお酌してくれるんなら、大歓迎なんだけど……まだ、契約の途中なんでねぇ。残念だけど……」
いつの間にかサフランはエスメラルダの手を取っている。
「契約ですか?」
「セドフを探してあのおっさんを届ける……ってのは見ての通り済んだんだけど、イングリアまで送り届けるとこまでが契約なんだよねぇ。まぁ、うちのは船足速いからね、頼りたいのは当然の事として、今のうちに整備と商売を済ませとかないとね」
サフランは大げさにため息を付くとエスメラルダを上目で見上げる。普通に並べばサフランの方がやや背が高いはずなのであるが、そのあたりはサフランの方が上手く調整しているようである。エスメラルダの方もまんざらではないのか、なすがままにさせている。
「そうですか。では後でお酒でも届けましょう」
「ありがたい!イングリアの酒は美味いのが多いんだよねぇ」
甲板上には既に人影が疎らになりつつある。しかし、サフランは急にエスメラルダに顔を寄せて声をひそめた。
「なんかヤバイ事になってない?」
「え?」
困惑するエスメラルダに素早くサフランは口付けた。




