46
その夜。
船内の修理や片付けにめどをつけたシークラウドは船長室の戸を叩いた。中には主だった士官達が狭い室内にひしめきあっている。その中心にいるのはヴァーサだった。
「あいつ等は何者だったんだ!?」
「何が目的だったんだ?」
皆、口々にヴァーサに詰寄るが船長の手前、手荒な事にはなっていなかった。しかし、一向に口を開かないヴァーサにクレオーレがついに問いただした。
「これ以上何も言わないなら、副船長といえど相応の報いは受けていただく事になりますよ。敵船にはエスネンの者が乗っていたという報告もあるようですし」
その言葉を聞くとヴァーサの肩が大きく震えた。助けを求めるようにセドフを見るが、その顔には深い渋面が刻まれている。
「あの者達はベリアの酒場で会ったのよ……ザルベッキア行きの船で働きたい……って話だったから……」
「それで、何者なんだ?」
「し、知らない……本当よ!」
そのままヴァーサは訳のわからない事を呟き始めた。この場の緊張感に堪えられなくなったらしい。自然、皆の目はセドフに注がれた。
セドフは大きな溜息をつくと、全員に聞こえるように言った。
「副船長の処分は本国の決定を待つ。それまで、閉じこめておけ」
それを聞いたヴァーサ逃げ出そうとしたが、すぐに取り押さえられ連れ出された。それを見送ってセドフはシークラウドに声を掛けた。
「状況は?」
「はい。被害は少なくはありませんが応急処置も済み、このままコルミナまでは問題無いと考えます。その後も補給が済み次第出港は可能です」
「よし。皆も疲れただろう。交代で休んでくれ」
「はい!」
その場にいた者達はそれぞれに散って行った。
後甲板には大きな焦げ跡がついている。穴が開かなかったのが不幸中の幸いだが、柱の一本が傷つき、応急的な処置が加えられていた。他の船員達に混じって後始末に追われていた士官候補生達は自然にその周りに集まっていた。
「よし、これで終りにしていいぞ」
イーグルが気づいて、やってきた。途端に候補生達から歓声が上がる。そこへエスメラルダもやってきた。
「グロリアは大事には至らなかったようですよ。皮が破れなかったのが良かったとか」
「へー。シークラウドがえらい勢いでなんかやってたお陰かな?」
ラディックが嬉しそうに言う。自然とその場が和んでいた。
「さて、サグレスとシナーラには申し訳無いのですが、このまま当直についてください。後の者はよく休んでください。次の交代を忘れないように。シークラウドが食事の用意をしているそうです」
途端にサグレスのお腹が大きく鳴った。その場のみんなが大笑いだった。戦闘の緊張がようやく解けていた。
「わーった。わーった。なんか差し入れてやるよ」
デワルチがサグレスにウインクすると、それを合図に士官候補生達は船内に降りて行った。サグレスとシナーラはそれを見送ると欠伸をこらえながら、船首へ向かって行った。
「少し休め。オレが変わる」
突然、イーグルはエスメラルダを見ずに言った。
「え?でも私の当直の番じゃ……」
「自分の顔色を少し見てみろ。ここ最近全然休んでいないだろう」
「……」
「なんかあったりしたら、オレが絞められる」
最後の方は冗談めかしてイーグルは船首の方へ向かって行った。
「ありがとう……」
エスメラルダは微笑んで船室に降りて行った。背中には隠しきれない疲労が滲んでいる。
今日は良い風が吹きそうだった。




